1話 前世での顛末
「お前女みてぇなんだよ。」
小学生の時、その言葉から僕に対するイジメは始まった。
華奢な体躯。長く伸ばした黒髪を、後ろで結んでいた。
中学、高校へと進み、イジメはなくなるかと思いきや、寧ろ過激化する一方。
学校が変われば、生徒等の顔ぶれも当然変化する。
だが、容姿に特徴のある者が排斥されやすいのは、何処であっても同じらしい。
思えば、後ろ向きな人生だ。
複数回の転校、遠く離れた街への進学。
当然、変わろうと思った事は何度でもある。
筋トレをして体を大きくしようと思ったし、髪を短くしようとも思った。
しかし、その為の最初の一歩が、どうにも踏み出せなかったのだ。
今までの自分から変化するには勇気が必要である。
大学生2年生の現在。
僕、天音ヒナタは、今日も女性の様な名前、女性の様な容姿のままであった。
軽い弄りや本格的なイジメなど、沢山経験した。
最初に僕をイジメたのは誰であったかも、もはや憶えてはいない。
イジメてきた人に復讐してやろうとか、そんな事も思わない。
ただ漠然とーー
「変わりたい。前へと進みたい。」
そう思い続けるのであった。
ーーー
7月の中頃。
暑さが本格的にやる気を出してきた。
過去を思い出し、物思いに耽っていたところ、僕は自分が気温の高さに頭をやられていることに気がついた。
祖母の家へと向かう道中。
僕以外誰もいない、静かな田舎のバス停。
屋根は無く、直射日光が僕の全身を照らす。
こんな場所で長時間バスを待っていれば頭も焼かれてしまうだろう。
バスがやって来た。
乗車した車内には意外にも2名ほど先客が座っていた。
最前列に座る髪の長い人物(座席から後頭部がはみ出ている)が一人と、そこから数列後ろに、ガタイの良い男が一人。
車内の最後尾、空いていた席に僕は座り、窓を開いて外の景色を眺める。
「寧ろ、自分が実は女性だったって方が納得するかも。」
先ほどの続き。
物心がついてからずっと、僕は違和感を感じている。
身体が自分に合っていないというか、器と中身を間違えている様な、そんな感覚。
この違和感が無くなった時、その時初めて、僕は本当の自分で居られる気がする。
ふと、僕の数列前に座っている男が動き出した。
何やらモゾモゾしており、ここからでは見えない。
手元を動かしており、落ち着きがない。
僕は気になって、男にバレないよう体を動かし、手元を覗き込む。
すると、そこには拳銃が握られていた。
(は?)
口に出さないようにするのが精一杯だった。
僕が呆気に取られている中、銃口は最前列に座っている二人目の乗客の頭に向けられた。
どうする?いや、どうにかできる状況じゃない。
この男がなぜ最前列の乗客の命を狙っているのか、2人はどういう関係なのか、不明な事ばかりだが、一つ明確な点がある。
(少なくとも今はまだ、ターゲットは僕じゃない)
狙われているのは他人であり、銃口はそちらへと向けられている。
その次に自分が標的にされる可能性を踏まえると、今のうちにどうにか逃げ出す方法を考えるのが得策だ。
幸いなことに、バスはゆっくりとしたスピードで進んでいる。
これくらいなら、仮に窓から抜け出しても、大怪我をする可能性があるくらいだ。
死ぬよりかは何倍もマシだろう。
周辺の林へ逃げ込めば、うまく身を隠しながら逃げられるかもしれない。
この場に留まるより、生存率は上がると思われる。
今までだって、そうやって逃げる事で身を守ってきた。
だがしかし、先ほどの思考が頭をよぎる。
「変わりたい。」
そう口にした時には、席を立った男の方へ脚を踏み出していたーー
血だ。
何をされたかなんて明確だ。
そうなる事を理解してなお、脚を踏み出したのだから。
惜しむべくは、ようやくその一歩を踏み出せたのに、この先へは進め無いということ。
そして、勇気なんか無くても、前へ歩き出せると理解した時には、全てが終わってしまっていたこと。
ああ、叶うなら、叶うことなら、
進み始めた道の先、僕は更に前へと行けるのか、どこまで辿り着けるのか、それを知りたかったーー