16話 使い魔はオタクである
「ぁ゙〜気持ちい〜。」
大理石の浴槽にもたれ掛かりながら、私は呟いた。
足を伸ばし、全身の筋肉を緩める。
湯舟に肩まで浸かると、温かいお湯が肉体と精神の両方を癒してくれた。
どれだけ高度な回復魔法でも心までは治せない。
そんなものを魔力を使わずに作れるんだから、人間というのは偉大である。
「……にしても広いな。」
本来は多人数を想定している大浴場。
筋骨隆々の男達が集う場所を、華奢な女が一人が占有しているのだから、どうしてもスペースを持て余してしまう。
「やっぱ、カニス君でも誘えばよかったかも。」
まぁ絶対来ないだろうけど。
私の入浴中は男子禁制らしいし、わざわざルールを破るタイプでもないだろう。
「………髪伸びてきた。」
視界の端にブロンドの前髪が映リ込む。
今まではミーシャが切ってくれていたが、これからは一人である。
とはいえ、自分でするのは流石に怖いな。
「美容室とかあればいいけど……まずはお金か……居住区の方でバイトとかないのかな……。」
体勢を動かし、浴槽の縁に向かってしなだれかかる。
筋肉だけでなく魔力すらも弛緩していく。
すると突然、深みのある渋い声が脳内に聞こえてきた。
『いやはや。これ程の絶景を見られないとは、可哀想ですぞカニス氏……あ、やべ。』
「!?」
驚いて辺りを見渡すが、浴場には相変わらず私しかいない。
しかし、声が聞こえたのだから誰かは居るハズだ。
「魔力の揺らぎは感じるけど、位置が掴めねぇ。」
『ムム、それは当然ですな。なぜなら吾輩はシャロン嬢と一心同体。一心…同体…ムホホホ!」
「そこかぁ!」
『ゴホォ!』
眼下の影目掛けて拳を振り落とすと、魔力を込めた手が何者かにヒットした。
私の影から黒い猫が這い出てくる。
この猫は確か……。
「教官が貸してやるって言ってた使い魔。」
『猫を物みたいに言わないで欲しいですぞ!あ、しかしシャロン嬢に物扱いされるなら、ご褒美ですな。』
興奮した様子で尻尾を振る黒猫。
「ニャー」と鳴いているだけなのに、言葉の意味が脳に伝わってくる。
というか…なんか発言一々がキモいなこの使い魔。
『ムホォ!汚物を見るようなその眼!吾輩滾ってきましたぞぉ〜!』
「滾るのは勝手だけどさ。あと、いきなり殴ってごめん。でも、どうして急に話しかけてきたワケ?」
『独り言だったのですがな。入浴でシャロン嬢の気が緩んでいる内に吾輩とのリンクを強化していたら……魔力波の相性良すぎて、儀式レベルの主従契約になってしまいましたぞw。いやぁ、失敬失敬!』
「それって、つまりどういうコト?」
『吾輩はシャロン嬢の使い魔に永久就職。あのハゲ主人との契約は切れて、綺麗なおにゃのこに一生隷属の猫生が決まりましたな。ムホホホホ!やったーー!』
「何を勝手に進めてんだよ!」
正気かこのオタク猫。
一生付きっきりとか嫌すぎるぞ。
本来はザッパ教官の使い魔なんだし……いや、まてよ。
教官の…使い魔…。
バケモンみたいに強い…教官の…!
「お前!確か名前はハンゾウだっけか!」
『厶?そうですが、どうされました裸のまま突然立ち上がって。あ、見えた。』
「教官の使い魔だったってことはさ、あの人と同じくらい強い?」
『むしろ本来の実力は吾輩の方が上ですぞ。いやぁ〜絶景絶景。』
「よし!やろう!」
『やる……ヤる?……戦る!?』
素早く戦闘態勢になった私に対し、ハンゾウは慌てた様子である。
『いやいや!吾輩、今は力を制限されてまして……』
「制限って、どのくらい?」
『野良猫と喧嘩してもワンネコパンで負けますな。』
それは……戦うわけにもいかないか。
私自身が強くなりたいのであって、無抵抗の相手を嬲る趣味は無い。
気分が湯冷めした私は、再び湯舟へと浸かった。
「どうして制限なんか付いてるんだ?」
『大昔に厄介な魔物がいましてな。そいつに当時の主人ごと力を封じられたんですぞ。』
「そっか……。今も生きてるなら是非とも戦ってみたいな、そいつ。」
『恐れ知らず過ぎて怖い。しかし、当分は不可能ですぞ。こちらは存在ごと奴を封印した故、まぁ結果は痛み分けですな。』
残念。
ザッパ教官と手合わせしてからというもの、格上との戦闘への欲が、ふつふつと湧き出ているというのに。
『とはいえ、吾輩にも少なからず魔力はありますからな。シャロン嬢の冒険者ポイントの管理くらいはお茶の子さいさい。ダンジョンで活躍するシャロン嬢と、それを支える吾輩。二人三脚ですぞぉ!ムホホホ!』
「そうだ!ダンジョン!」
『ムホ?』
「訓練用のダンジョンがあるんだろ?今から行けるか?」
『まぁ何時でも出入りは可能ですが、もう夜遅いですし…。というか、ダンジョンに入るならまずはパーティメンバーを4人集めてですな……。各々のポジションが……。』
「一人じゃないと修行にならないって!よし、とっとと着替えるか!」
『それに戦闘服だってまだ……。あ、もう聞こえてないや。』




