0話 天色の少女
ドゴォォォン!!!
凄まじい衝撃音とともに、少女の華奢な体躯が吹き飛ばされる。
男が用いた〈スキル〉「障壁」によって、少女の特攻は見事に弾き返されたのだ。
宙を舞う少女の身体は、周囲を取り囲む壁に衝突すると思われた。しかし、少女は寸前で身を翻し、ブロンドの髪を揺らしながら低姿勢で体勢を整えた。
「うぉぉぉー!!」と歓声が沸く。
強靭な肉体を鎧で包んだ男が用いた〈スキル〉「障壁」は、攻撃から身を護るだけでなく、受けた攻撃を同程度の威力で弾き返す。
つまり、先ほど少女が受けた強烈な衝撃は、少女が繰り出した攻撃の威力をそのまま表していた。
だが、2階から見守る観客達が沸いたのは、少女が女性の身でありながら、それほどの攻撃を繰り出したからではない。
当然、その事への賞賛も含まれはているがーーー
「おい見ろよあれ!」
「あぁ!白だ!」
男達が沸いたのは!少女が身を翻した結果!スカートが捲れ!中に履いていた下着に挟まったからであった!!
そもそもがここ「闘技場」において、男性以外がいる事自体が異様であった。
女性達の花園「学園」の真反対に位置するこの場所に、観客としてでも女性が出入りするのは珍しい。
絶賛戦闘中の、件の少女ほどの美少女が現れるなど、まず無い。
しかも、観客ではなく選手としての出場だ。
本来あり得ない事態に加え、さらに少女は見事なまでの特攻を繰り出した。
そして最後には下着を露わにしたのだ。会場のボルテージは最高潮である。
一方少女はスカートの事など気に留めない。
否、おそらくは気づいていないのだろう。
相手の分析に意識を集中させる少女。軍服を思わせる黒い服の上から、サイズの合わない、これまた黒い大きなコートが靡く。
コートに袖は通さず、肩に掛けているだけであった。
「タイムラグ無しの障壁かぁ〜。意識した瞬間には障壁が展開されてそうだなぁ…。」
思考の海に潜る。
作戦はどうする?
「障壁」を常時展開しない辺り、相手が〈スキル〉を発動していられる時間は短そう。
恐らく、極めて短い発動時間と引き換えの無敵〈スキル〉だ。
こちらの攻撃に合わせて「障壁」を出しているのなら、タイミングを悟らせない必要がある。
こちらも〈スキル〉を使う?もちろん使えない。
魔法で意識を逸らす?もちろん使えない。
「意識……?そっか!意識か!」
プランは決まった。
というより、元より自分に出来るのはこれしか無い。
思考の海から顔を出し、ふと意識が緩んだその時、少女はスカートが捲れている事に気がついた。
「………。……//……。」
低姿勢だった身体を正し、服装を整える。
前世の事もあり普段なら気にしないが、これだけの大衆の目に触れていると思うと変な気分になる。
刃を剥き出しにしていた刀も一度鞘に戻す。仕切り直しだ。
改めて、姿勢を低く構える。
片方の足は後ろに。もう片方は大きく膝を曲げる。
今度は更にスピードを上げるため、下半身に意識を集中させる。
刀身は鞘に納め、腰にかけたまま柄を握る。居合の構えだ。
「スゥー…。」
両眼を閉じ、大きく息を吸う。そしてーー
「さぁ…!!」
開いた眼は常人のものではなかった。
瞳には歯車の形をした黒い紋様。
その眼の正体は膨大な魔力炉である。
眼を駆動させると、瞳の中で紋様が回転し、天色の澄んだ瞳は輝きを灯す。
そして、膨大な魔力が身体の隅々まで行き渡る。
少女はグンッと脚に力を込めた。
一閃。
少女が前へと踏み出したその瞬間、地面はえぐれ、稲妻の様な速さで男を斬り抜け、背後へと移動した。
遅れて突風が吹き抜けた後、少女は後方の男へ振り向いた。
「簡単な話!意識出来ないスピードで切ればいい!」
不敵に笑う少女に対し男は、
「おま…それ…!作戦もへったくれもね…!」
言い終わる前に、男の意識は途絶えた。
魔法による回復を施されるとはいえ、暫くは目覚めないだろう。
「うぉぉぉー!!」と本日2度目の歓声が沸く。
しかし今度のそれは、ただひたすらに少女に対する賞賛の嵐であった。
闘技場での試合のすぐ後ーーー
僕が私になってから暫く経った。
前世での一歩、胡散臭い司書との出会い。
色んな事が重なって、この場所までやってきた。
冒険者として、強さを追い求める旅が、ここから始まる。
……。…。
私以外男性しかいないけどね!!!