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第24話 大型犬

 市場に足を踏み入れた瞬間、ヴェルディの歩幅が妙に大きくなった。


 いや、正確には――

 エリファーとの距離が一気に近い。


「……ちょ、近くない?」


「え? そう?」


 そう言いながら、まったく離れる気配がない。

 むしろ人混みを避けるように、自然な動作で前に立つ。


「人多いからさ。ぶつかったら危ないだろ」


 言い方は軽い。

 気取った感じも、下心もない。


 ただの世話焼き。


(あー……この人、こういう人だったわ)


 エリファーは内心でため息をついた。


 ヴェルディは昔からこうだ。

 困ってそうな人がいれば放っておけない。

 頼まれてもいないのに手を出す。

 しかもそれを「親切」だとすら思っていない。


「ほら、段差ある」


 言うが早いか、軽く腕を引かれる。


「ちょっと! 引っ張らないで!」


「え!? あ、ごめん!!」


 即座に手を離し、目に見えてしょんぼりする。


(いや、落ち込むの早っ)


 エリファーが何か言う前に、ヴェルディは話題を変えるように市場を指差した。


「腹減ってない? あそこの串焼き、うまそうだぞ!」


 声がでかい。

 テンションも高い。

 さっきまでの反省はどこへやら。


「……デートって、まず食べるものなの?」


「そりゃそうだろ! 腹減ってると楽しいことも楽しくなくなるし!」


 理屈は雑だが、妙に納得できる。


 屋台の前に立つと、ヴェルディは迷いなく店主に声をかけた。


「これ二本! いや三本! ……いや、四本!」


「多くない?」


「いいんだよ! 食べきれなきゃ俺が食う!」


 即決。

 財布を出すのも早い。


 受け取った串を一本、当然のように差し出してくる。


「はい」


「……ありがとう」


 エリファーが受け取ると、ヴェルディは自分の分をかじりながら、満足そうに頷いた。


「うん、うまい!」


 その顔があまりにも素直すぎて、エリファーは思わず吹き出した。


「なに?」


「いや……なんでもない」


 こんなに分かりやすい人、逆に珍しい。


 計算も駆け引きもない。

 ただ一緒にいて、楽しいかどうかだけ。


(これ……デートっていうより、散歩じゃない?)


 そう思いながらも、エリファーは串をかじった。


 ――確かに、美味しい。


 その横でヴェルディは、エリファーがちゃんと食べているかを何度もちらちら確認している。


「……さっきから何?」


「いや! ちゃんと食ってるなーって!」


「保護者?」


「違う!!」


 即否定。

 でも否定したあと、なぜか耳まで赤い。


(……ほんと、大型犬)


 エリファーは、ヴェルディのその態度に

恋心が混じっていることなど、微塵も気づいていなかった。


エリファーがふと視線を横にやると、通りの向こうを王騎士団の紋章を掲げた馬車が進んでいくのが見えた。


 黒を基調にした重厚な車体。

 護衛の騎士たちは背筋を伸ばし、周囲の空気まで引き締めている。


(……王騎士団)


 その瞬間、馬車の小さな窓越しに――

 艶のある黒髪、ルビーのように美しく宝石を埋め込んだような輝きを持つ瞳の男と、ほんの一瞬だけ目が合った。


(見た事あるな…あ!!)


 思い出されたのは、第2王子のパーティー。

 例の貴族に絡まれている時に助けてくれた(?)顔がいい男だ。


(第2王子……)


 確か、彼は王騎士団に所属していると聞いた。

 形式だけの名誉職ではない。

 実戦に立つ、現役の騎士。


 それに――

 第1王子はまだ幼く、剣の稽古はその第2王子がつけているとも。


(王子自ら、王騎士団の前線にいるなんて……)


 エリファーがそこまで考えた時、

 馬車は人波の向こうへと滑るように去っていった。


 赤い瞳も、黒髪も、すでに見えない。

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