第20話 額に汗びっしょり
およそ千五百年前に建国されたウィル王国には、ひとつの特徴がある。
――この国では、聖女が一人亡くなると、必ず次の聖女が生まれる。
それは神話でも伝承でもなく、歴史として記録されてきた事実だった。
しかし、現代の聖女が誕生するまでには、実に五百年もの空白があった。
その間、ウィル王国は三度の戦争に敗北している。
やがて王国は停戦を申し入れ、戦争は終結した。
だがそれは勝利ではなく、あくまで“戦わない”という選択だった。
聖女が存在していた時代、ウィル王国は無敗を誇っていた。
その反動か、停戦初期の国は深刻な不況に陥り、国民の間にも重苦しい空気が漂っていたという。
――だが。
停戦から九十年。
王国は驚くほどの速さで活気を取り戻す。
「以上。ここまでが本日の歴史よ。テストにも出すから、しっかり覚えておきなさい」
教卓に立つ教師の声が、教室に響く。
初めて受けるこの国の歴史の授業。
教室のあちこちから、ざわざわとした空気が広がっていた。
「やっぱ聖女様ってすごいよね……」
「国王以上じゃない?」
そんな小声があちこちから聞こえてくる。
教師もまた、熱を帯びた表情で続けた。
「彼女たちがいなければ、ウィル王国はとっくに滅んでいました」
断言するその声に、エリファーは背筋が冷えるのを感じた。
(……やめて……)
当の本人は、顔色がみるみる青くなりながら、額に汗をかき、黙って話を聞いていた。
「次は音楽か……」
授業が終わり、エリファーはぽつりと呟く。
机の中から、リコーダーのような楽器と教科書を取り出しながら、手元を探るふりをする。
――が。
視線は机の下から、一直線に“ターゲット”へ向いていた。
(とりあえず……引き続き位置情報魔法、っと)
誰にも聞こえないほど小さく鼻歌を歌いながら、魔法を更新する。
そのまま音楽室へ向かおうと廊下を歩いていると、数歩前を歩いていたレイが突然立ち止まった。
「……お前、なんなんだよ」
振り返ったレイが、鋭く睨みつけてくる。
「俺の後つけてきやがって」
その瞬間、エリファーの眉間にぐっと皺が寄った。
(こちとら、あんたの兄に“弟を頼む”って言われてんのよ!
同じクラスなんだから、同じ道になるのは当たり前でしょ!?)
心の中で全力でツッコミを入れつつ、どう返すか一瞬考える。
――そして、最適解を思いついた。
「貴方は、バカなんですか?」
(なんでもないですよー)
やばい!ミスった!!
口に出た言葉と、心の中の予定が真逆だった。
「んだと、てめぇ……!」
「――あっ!授業始まっちゃう!」
エリファーは勢いよく話を切り上げる。
「ってことで、また!」
そう言い残し、持ち前の脚力で一気に駆け出した。
音楽室へ向かう途中。
ふと、視界の端に“違和感”が映る。
理科室だ。
扉の向こうに、人影がある。
(……?)
エリファーよりも大柄な体格。
どこかで見たことがある気がする。
足を止め、思い切って理科室を覗いた。
「……何、やってるんですか?」
机の上には、マッチと――ガソリンのような液体が置かれている。
信じられないものを見る目で問いかけると、男はくすりと笑った。
「どうして、そんなことするんですか?」
エリファーは感情を抑え、あくまで冷静に質問する。
すると男は、軽い調子で返してきた。
「非人道的、って言いたいのかい?」
「いいえ」
エリファーは、間髪入れずに言葉を返した。
「単純に、わかりやすいんです。
理科室なんて、普通は“バレないように”やるものじゃないんですか?」
その言葉を聞いた男は、甘く、とろけるような笑みを浮かべた。
そして、静かに言う。
「君がここに来たところで――」
マッチを指先で弄びながら。
「みんな死ぬんだから、意味ないでしょ?」
理科室の空気が、凍りついた。




