第18話 自作回復ポーションは氷水
「……にしても、あの時に接触していたかしら?」
そう呟き、エリファーは指先を軽く鳴らした。
発動したのは時間の魔術。正確には、レイにつけていた視覚共有の記録を再生する術だ。
目の前に淡く浮かび上がるのは、少し前までの光景。
「うーん……ここまでは問題なさそうね」
独り言を漏らしながら映像を追っていると、背後でかすかな物音がした。
「……っ、う……」
ベッドの上で、うなされるようにして大柄な男が身じろぎする。
レイ・サルベロットが、ゆっくりと目を開けたのだ。
「大丈夫ですか?」
エリファーが声をかけた瞬間、レイは石像のように固まった。
そのまま――動かない。
……十秒後。
「……俺様は……なんて醜態を……」
ようやく動き出したかと思えば、ふらりと立ち上がり、壁に手をついてうなだれる。
(この人、化け物なのかしら……)
つい先ほど、魔術で確認した体温は四十度を優に超えていた。
それにもかかわらず、この状態で立っているのは正直おかしい。
(いいから早く寝なさいよ……)
「あの……あまり歩き回らない方が――」
「俺様は大丈夫だ。家の者の迎えが、そろそろ来る」
そう言い切るが、レイの顔色は明らかにおかしい。
青白くなったかと思えば、次の瞬間には赤くなり、呼吸も荒い。
(……重症ね)
エリファーは内心でため息をついた。
こういう時に何をすべきかは、嫌というほど知っている。
彼女はそのまま、レイの前に“それ”を差し出した。
「あ? なんだこ――」
そこにあったのは、バケツ一杯の氷水。
表面が揺れるほど、なみなみと注がれている。
落とせば間違いなく大惨事だが、エリファーはそれを軽々と持ち、にこやかに言った。
「この水に顔をつけてください。あ、新品のバケツなので汚くないですよ」
――そういう問題じゃない。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、レイは苦笑いを浮かべた。
「ここまで運んでくれたのはありがてぇが、もう大丈夫だ!」
だがこの男は気づいていない。
その氷水が、ただの水ではないことを。
鎮痛、解熱、そして精神安定の効果を持つ特殊な液体。
魔術学園では、事故や魔力暴走に備えて保健室に常備されているものだ。
本来は許可なしで使用してはいけないが――
サルベロット家には、例外的に使用許可が下りている。
「この水に顔をつけたら、元気になりますよ」
エリファーは昔から、言葉が足りないとよく言われる。
「いや、だから俺は――」
「もうっ」
レイが言い終わる前に、エリファーは動いた。
――勢いよく。
バケツごと、レイの顔面を水に突っ込む。
傍から見れば、完全に折檻の図である。
「ぶぼっ!?」
だが液体は皮膚からも吸収される。
数秒もしないうちに、レイの顔色は目に見えて改善していった。
水から顔を上げたレイは、何か言いたげにエリファーを睨みつける。
本人は、なぜ睨まれているのか分かっていない様子だったが。
「なんですか、その顔?」
「なんですか、じゃねぇぇぇだろぉぉぉ!!」
――声、出るじゃない。
(うん、大丈夫そうね)
安心したエリファーが内心で頷くと、レイは怒鳴り続けた。
「何やってくれてんだ、このク……女ぁ!!」
その瞬間、エリファーの眉間にくっきりと皺が寄る。
確かに強引だったかもしれない。
だが、あれをしなければ、この男は本当に危なかった。
「……あなたは、私に『ありがとう』と言うべきでは?」
「なんでだよ!?」
レイの叫びが、医務室に響いた。




