第16話 任務初日
「……意外と、しっかりしてるのね。この制服」
袖口や縫製を確かめながら、エリファーは小さく感心した。
今日は――護衛としての初日。
とても重要な仕事のはずなのに、当の本人はいまひとつ緊張感に欠けている。
それもそのはず。
彼女の前世は、殺し屋なのだから。
十五年の実戦経験を積んだ身にとって、護衛任務など日常の延長にすぎない。
「じゃあね、ロイアント! ルフィーネ!」
「達者でー、聖女様~~」
二人の声が、見事にハモった。
「えっと……エリ、ファー、ファー……さが、がんばって、くださ……」
ぎこちない発音で声をかけてきたのは、
かつてエリファーが助けた、元奴隷の少年だった。
一生懸命練習してきたのが伝わる。
「ありがとう。ちゃんと話せるようになったね」
そう言って、エリファーは少年――レイの頭を優しく撫でる。
「行ってきます!」
そうして彼女は、自分の足で学園へと向かった。
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学園の中へ入り、室内用の靴に履き替える。
磨き上げられた廊下を歩き、自分の教室へ。
「では、留学生を紹介します。
一か月間だけ、この学園で学ぶ仲間です。自己紹介をどうぞ」
「はい」
一歩前に出て、エリファーは静かに頭を下げた。
「留学生の、エリファー・リリーです。以後、お見知りおきを」
――危ない。
ヴァロイアントの名を口にしかけて、直前で飲み込む。
(家名を出すと、動きづらくなるからね……)
登校前、ダレスから言われた言葉が脳裏をよぎる。
――名乗るのは名前とミドルネームまで。
間違ってもヴァロイアントの名は出すな。
その忠告を、ギリギリで思い出せた。
「留学生なんだ! どこから来たの?」
「珍しいね~!」
物珍しさから、クラスメイトたちが一斉に集まってくる。
「えっと……サウジナ王国から、来ました」
(本当はこの国だけど!!)
「へぇ~、今何が流行ってるの?」
「好きなお菓子は?」
「顔可愛いー!」
質問が、雨あられのように降り注ぐ。
(この質問量聖徳太子でも無理なやつ……)
もちろん、すべてに答えきれるわけがない。
「えっと……流行ってるものは、綺麗な宝石です!
お菓子はケーキが好きで、紅茶味のものも好きです!
顔?は、よく分かりませんが、ありがとうございます!」
一つずつ、丁寧に返す。
――なお、サウジナ王国に関する情報は、すべて即興の嘘だった。
「おい、留学生」
その時、低い声が割り込んできた。
振り向くと、一人の男子生徒が腕を組んで立っている。
「俺様の名前は、レイ・サルベロットだ!
よく覚えとけ!!」
(……この登場の仕方は予想してなかったわ)
エリファーが内心で苦笑する一方、
サルベロット家三男はなぜか誇らしげだ。
「よろしくね」
エリファーは柔らかく微笑む。
「俺様と会話できるだけでも、光栄に思え」
(あー……)
完全にプライドガチガチのタイプだ。
(これは……護衛ってこと、本人には隠した方がよさそうね)
そう判断しながら、エリファーは静かに観察を続けるのだった。




