六人の餅つきな大学生
短編です。面白かったら評価やブクマよろしくお願いします。
1.
「それでは、準備が整いましたのでお入りください」
「「「「「「はい」」」」」」
人事部の社員であろう男に声をかけられ、スーツ姿に身を包んだ五人の大学生が立ち上がる。その模範的で一様な動きはまさに就活生といった感じだ。
この場にいる誰よりも緊張していた波多は、ワンテンポ遅れて立ち上がった。
大学四年生である波多は、現在就職活動真っ只中だ。今日はとある企業の最終面接に臨んでいた。その企業とは、世界的大企業『Goople』、スマホやタブレット、パソコンといった現代社会に欠かせない様々な商品を売り出し、検索エンジンやマップアプリといった多種多様なサービスを提供している。この企業の名前を知らない人はいないだろう。
そんな誰もが憧れる超一流大企業の新卒採用はウェブエントリーから始まり、テストセンターが実施され、エントリーシートを提出、その後に待ち受けていた一次の集団面接、二次の集団面接、三次の個別面接、波多はそれらを突破して最終面接まで駒を進めていた。
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◼️インタビュー一人目:(株)Goople日本支社人事部長 小林達彦
あの最終面接のことですか。いやーはっきり覚えていますよ。何せあの状況を作り上げた張本人ですから。あんなに突飛なことをしたのはあの年以外ありませんからね。
就活生の皆さんに対して、少しは申し訳ない気持ちはあったんですよ。でもね、人事の仕事、特に採用面接っていうのは大変なんですよ。就活生はみんなしっかりと準備をして模範的な振る舞いと回答をするもんだから、その中から採用する人、不採用の人を決めるのは簡単なことじゃありません。
ほぼ完璧な人たちの中からどうにかして欠点を見つけて点数をつける、新卒の採用面接っていうのはそういうものなんですよ。しかも、Goopleという大企業の最終面接ともなればその最高峰です。
ああいう、突飛な質問でもしないと決めかねるんですよ。まぁ、それっぽく言うならば、「これまで出会ったことのない問題に直面した時、どう対応するか」というのを見る、というのが狙いですかね。
結果的に、素晴らしいものを見せていただいたので、私としてはいい思い出です。
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2.
「失礼します」
「失礼いたします」
扉に近かった学生から順に入室していく。波多もそれに続く。
「失礼します」
入室した部屋の奥には長机が置かれ、そこには三人の男が座っていた。纏っている重厚なオーラで分かる。人事部、それも部長クラスの人間、今回の面接官だ。
面接官の前には六脚の椅子が等間隔で並べられている。
波多が入室すると、案内をした中年の男が会議室の扉を閉めた。
「それでは、おかけください」
真ん中に座っているメガネをかけた面接官が指示を出す。
「「「「「「失礼します」」」」」」
波多たちは自身の左側にバッグを置き、各々同じように丁寧な動きで着席する。
会議室内は一気に緊張感で満たされる。
「皆さん、本日はご足労いただきありがとうございます。まずは私たちの自己紹介からさせていただきます。私、Goople日本支社で人事部長をしております、小林と申します。本日はよろしくお願いします」
小林が頭を下げるのに合わせて、波多たちも同じように頭を下げる。
「同じくGoople人事部で副部長をしています、長谷と申します。よろしくお願いします」
「私も長谷さんと同じく人事副部長をしています、松永と申します。本日はよろしくお願いします」
続けて、向かって左側の長谷、右側の松永が自己紹介をした。波多たちは同様に頭を下げる。
面接官の自己紹介が終わり、波多たちが会釈から一拍おいて、小林が口を開く。
「さて、皆さんは我がGoopleの採用試験を何度も突破し今この場にたどり着いているわけですが、私たちには既に皆さんの魅力が十分に伝わっています。今の時点では、六人とも採用したいと考えています」
面接官の、嘘か誠か分からない言葉を笑顔で頷きながら聞く。
「これから行う最終面接は、皆さんを落とすことが目的ではなく、より皆さんのことを知るという事が目的となります。六人とも採用となる可能性も十分にあります。あまり気負わず、といっても無理かもしれませんが、皆さんの本心を話していただければと思います」
「六人とも採用になる可能性がある」という言葉は、裏を返せば決定的なミスをしてしまえば自分だけ不採用ということも大いにあり得るということだ。
波多は内心を悟られないように背筋を伸ばし、口角を上げる。
「では、まずは皆さんの自己紹介をしていただきますか。そちらの方から順番にお願いします」
小林は波多とは反対側の端に座る学生を指した。
「はい、T大学、政治経済学部4年の九頭 龍太と申します。大学ではサークル長をしており、コミュニケーション能力には自信があります。本日はよろしくお願いします」
その自己紹介を波多を含む五人は頷きながら聞く。
九頭と名乗った男子学生は、アイドルのように整った顔立ちで細身の長身だ。見た目採用というものがあるのなら、彼は大抵の企業で採用されるだろう。
「ありがとうございます。では、次の方お願いします」
「はい! N大学から来ました。体育学部4年の羽賀田 陸と申します。私は野球部に所属しており、先月までキャプテンを務めていました。熱意とやる気は誰にも負けないと思っています。本日はよろしくお願いします」
羽賀田は、野球部所属だと言われなくてもわかるくらいガタイのいい男子学生だ。そして、野球部だと言われて納得する声の大きさと通りの良さ。声量ではこの中で随一だろう。
その後も学生達の自己紹介が続いていった。
「W大学、法学部4年の島 瞳と申します。学生時代はボランティア活動を通して様々な方々との交流をしていました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
島は、色白で大人しそうな、お嬢様という言葉が似合う女子学生だ。その一挙手一投足から育ちの良さが滲み出ている。
「R大学から来ました、林 公人と申します。理学部に所属しており、卒業研究では哺乳類の神経系についての研究を行っています。本日はよろしくお願いします」
林は、縁の細いメガネをかけたいかにも大人しそうな男子学生だ。波多の目から見て、いかにも理系という雰囲気を纏っている。
「H大学からきました。矢川 あかりと申します。国際学部に所属しております。学生時代は留学を経験し、将来的には世界で活躍するような人間になりたいと考えております。本日はよろしくお願いします」
矢川は、整った顔立ちをしており活発そうな印象だ。いつも女子グループの中心にいそうな、強気で芯を持っていそうな女子学生だ。
いよいよ、波多の順番が回ってきた。
「K大学からきました。経済学部4年の波多 翔と申します。ゼミや授業ではリーダーを任されることが多く、チームのマネジメント能力には自信があります。本日はよろしくお願いします」
他の学生と同じく簡潔な自己紹介をする。出番が最後ということもあり若干他の人と内容が被ってしまったのが痛い。
「はい、ありがとうございます。それでは早速質問に移らせていただきます」
小林は手元の資料を見ながら波多たちに質問をしていく。
志望動機、学生時代に頑張ったこと、自身のスキル、キャリアプラン、就活における一般的な質問が投げかけられる。
ここまでの試練を乗り越えてきた波多たちは、その質問に対し淀みなく論理的に答えていく。この場にいる学生たちにとってはこんな質問はお茶のこさいさいだ。
「では、次は少し趣向を変えた質問をします」
小林の言葉に、波多は内心で「遂にきた」と呟き、さらに背筋を伸ばす。
Goopleのような超一流企業は、採用面接で論理クイズのような特殊な質問が出されると言われている。
その質問は、数学的なセンスが求められるものやトンチのように柔軟な考え方が試されるもの、ひらめきが必要なものなど様々だ。
波多は今日の面接に備え、ネット上のありとあらゆる論理クイズで練習、過去のGoople入社試験で出題されたという問題を片っ端から予習してきた。
正直、頭の柔らかさには自信がないが、準備は万全なはずだ。どんな問題が来ても正しい回答をしてみせる。
「では、お願いします」
小林がそう言うと、会議室の扉が開き二人の男が入ってきた。一人は杵を、一人は臼を持っている。
男達は小林と学生の間に杵と臼をおくと、一礼して黙って退出していった。
「さて、皆さん、ここに餅つきに使う杵と臼があります。どうしますか?」
度肝を抜かれた。
波多は今回のために、ある条件下で吊り橋を渡り切るにはどうすればいいかとか、ある国の人口の中から特定の職業に就いている人の割合を推定するとか、そういった思考問題を解いてきた。
しかし、出題されたのは「目の前にある杵と臼をどうするか」というシンプルかつ難解な問題だった。
これには波多以外の学生も驚きを隠せない様子だ。
「皆さんの答えを聞くのは今から2時間後です。また、回答は皆さんの中で自由に二人組を作って、発表してください。なお、それぞれのペアが準備や話し合いを行う際には、廊下を出て正面にある会議室A-1、A-2、A-3をそれぞれ自由にご使用ください。それでは、2時間後にお会いしましょう」
小林は説明を終えると手元の資料をまとめ、長谷、松永と共にスタスタと扉に向かっていく。
「あぁ、言い忘れましたが、準備時間は選考とは全く関係ありませんので何をしても構いません。ぜひ気を抜いて万全の準備をしてください。それでは」
退室の直前、小林はそう言い残して扉を閉めた。
広々とした会議室に残された波多たち六人は呆然と座り尽くしている。
通常の面接では、面接官の質問の意図を正確に読み取り、その意図に則した回答をすることが求められる。しかし、与えられたのは杵と臼と2時間というタイムリミットだけ。意図も何も汲み取る余地がない。
「えーっと、じゃあ、とりあえず二人組作りますか?」
困惑の沈黙を破ったのは、先ほど最初に自己紹介をした九頭だった。
「そうですね、そうしましょうか」
九頭の言葉に矢川が同意する。それに対し矢川以外の学生も頷く。
もしこの会議室に隠しカメラなどが仕掛けられているのなら、九頭と矢川は加点されただろう。
「じゃあ、何で決める? グッパーとか?」
羽賀田がチーム分けの提案をする。場はいつしかグループディスカッションのように、学生同士が互いに牽制しながら自分の役目を全うしようとする、そんな雰囲気になっていた。
「いや、せっかく時間があるんだし、運じゃなくて自分と相性が良さそうな人と組んだ方がいいんじゃないでしょうか」
島が羽賀田を制する形で意見を出す。それに対し羽賀田は「それもそうか」と小さく呟いた。
「じゃあ、誰かこの人と組みたいって希望のある人はいますか?」
九頭が再び場を仕切り始めた。
組みたい人、と急に言われてもここにいる学生はお互い自己紹介を聞いただけの関係だ。そんな中でペアを組みたい人なんて見つかるはずがない。
他の人も波多と同じ心境らしく、10秒ほど、沈黙が続いた。
「じゃあ、ぼ、私は矢川さんと組んでもいいでしょか? もちろん矢川さんが嫌じゃなければ」
またしても沈黙を破ったのは九頭だ。恐らく、九頭の普段の一人称は「僕」なのだろう。直前で就活に相応しい一人称である「私」に言い直していた。
ここまで残った優秀な就活生である九頭が一人称を間違えるくらいにはこの状況に動揺しているのだろう。
九頭の発言に、矢川は意外そうな表情を見せる。
「いいですよ。あと、もう気を抜いていいんじゃない? この準備時間は選考に含まれないって言ってたし堅苦しいのは一旦やめにしません?」
矢川の発言で場の空気が弛緩する。肩が軽くなり、背中に入っていた定規が抜けたような気分だ。
他の学生たちも自然と口角が上がる。さっきまでの張り付いたような笑顔ではなく、自然な明るい笑顔だ。
「じゃあ、僕は矢川さんとペアってことで。他の人はどうする?」
「誰も希望が無いなら、俺は島さんとでもいい?」
羽賀田が島の方を見た。島も自分が指名されて驚いた様子だ。
「えーっと、うん、いいよ」
島は一瞬周りに視線を逸らし、羽賀田の申し出を受け入れた。
あまり乗り気ではなさそうだ。
「じゃあ、僕は林くんとってことでいいかな」
自分が発言をしていないことに薄い危機感を感じ、林を見て発言する。
林は特に口を開くことなく波多の方を見て軽く頷いた。
「じゃあ、みんなペアも決まったことだし、とりあえず部屋を移動してみます?」
九頭の言葉に一同は頷き、各々二人組に分かれて移動した。
波多と林はA-3と書かれた部屋に入った。
「さて、どうしようか」
何をどうすればいいのか見当もつかない。何か答えやヒントが思いついていないか期待しながら林の目を見る。
「うーん、あの質問、どういう意味なんだろう。正直何も思いつかないんだよね」
林も質問の意図を汲むことはできていなかった。
「そうだよね。急に杵と臼見せられても、訳がわからないっていうか。林くんは餅つきとかしたことある?」
「いや、一回もないね。杵と臼の実物を見るのも今日が初めてだと思う」
杵と臼があって、「どうするか」と聞かれて、最初に思いつくのは当然餅つきだ。
しかし、餅が無いので実際に餅つきをすることはできない。そもそも餅つきが素人にできるものなのかもよく分からない。
餅つき以外に杵と臼を使ってできることはあるだろか。
「ねぇ、机の上になんか置いてあるよ。箱? かなぁ」
波多が頭を抱えていると、林が部屋の奥にある机を指差した。
「あ、ほんとだ。なんだろう」
波多と林が近づいてみると、その黒い箱には『困った時にお開けください Goople人事部』と書かれてた。
二人は顔を見合わせる。
「ど、どうする?」
林は波多の判断を仰ぐ。
「うーん、これは開けたらどうなるんだろう」
恐らく、箱の中には小林の質問に関するヒントが入っているのだろう。今の状況を考えれば是非とも開けたいところだ。
しかし、これを開けてしまったら自分で考える力がないと判断されるかもしれない。もしくは、使える物を何でも使って問題解決を図る力があると判断されるか。
この箱一つで結果が大きく変わることもあり得る。これは博打だ。
「準備時間は選考に関係ないって言ってたし、とりあえず中身を見てみてもいいんじゃない?」
波多が悩んでいると、林は波多の心を読んだかのようにそう言った。
「確かに、じゃあ、とりあえず開けてみる?」
頷く話を見て、波多は箱に手をかけた。
テープ等で封はされていない。一度開けたとしても元の状態に戻すのは可能だ。
波多は意を決して箱を開ける。
「こ、これって……!!」
中に入っていたのは、白地に黒の斑点がある捻り鉢巻、紅白の腹巻、赤いエプロンだ。
箱の中身の衣服、そして餅つきに使う杵と臼。このアイテムから連想されるのはたった一つ。
クールポコだ。
「これは、クールポコの衣装?」
林も波多と同じ考えのようだ。
クールポコとは、ワタナベエンターテインメント所属、ボケの小野まじめとツッコミのせんちゃんの二人からなる芸人コンビであり、杵と臼を用いて餅つきを模したネタを披露している。
せんちゃんが小野に、女性からの好感を得ようと容姿や健康、言動に気を遣う男を紹介し、小野がそれを批判しながら、ユーモラスな掛け声とともに小野が考える男らしい行動を勧めるというネタだ。
ここにあるアイテム、そして会議室に置かれた杵と臼があればクールポコに成りきることができるのだ。
「林くん、これはもしかして……」
「うん、恐らく面接官の人たちはクールポコのものまねをしろって言っているんじゃないかな」
もちろん、面接官からの問いに絶対的な正解などない。しかし、このアイテムが用意されているということはクールポコも一つの正解ということだろう。
「でも、なんでだろう。クールポコと就活になんの関係が?」
林が当然の疑問を口にする。
「多分、相手から求められたことを推理して、適切な行動を取れるかっていうのを見たいんじゃないかな?」
波多は尤もらしい理由を考え結論付ける。制限時間があり、他に答えが見つからない以上、結論は早急に決めるべきだ。
「じゃあ、僕たち二人は面接官の前でクールポコのものまねをするってことで大丈夫?」
「不安だけど、そうするしかない」
波多と林は覚悟を決めた顔でお互いの目を見つめ、大きく頷いた。
「とはいっても、どうやってやろうか」
「とりあえずYouTubeでクールポコのネタを見てみない? 準備時間なんだからスマホ使ってもいいでしょ」
二人は波多のスマホでクールポコのネタを見始める。
『モテようとして、洗顔フォームを使ってる男がいたんですよ~』
『なぁ~にぃ~!? やっちまったなぁッ!!』
『男は黙って』
『粗塩ッ!!』
『男は黙って』
『粗塩ッ!!』
『しみちゃうよぉ』
もはや伝統芸だ。小学生の頃げらげら笑った覚えがある。
「粗塩のところの言葉の短さがポイントだね」
林は冷静にネタを分析する。
「そうだね、そこがネタのクオリティに関わってくるね」
波多と林はその後もいくつかクールポコのネタを学び、残り時間で練習を重ねた。
そして、小林の質問から2時間が経過した。
「さて皆さん、難しいお題でしたが準備はできましたでしょうか」
波多を含めた学生たちが壁に寄せられた椅子に座り待機していると、小林が会議室に戻ってくる。
部屋の中央には、出番を待つ杵と臼が鎮座している。
一つ気になるのは、波多・林ペアと羽賀田・島ペアは鉢巻や腹巻といった箱の中のアイテムを持っているが、九頭・矢川ペアは何も持っていないという点だ。
あの二人は置いてあった箱を開けなかったのだろうか。それとも、開けた上でクールポコ以外の別の答えを見つけたのだろうか。
「さて、それでは順番に答えを聞かせていただきたいと思いますが、最初にやりたい方いらっしゃいますか?」
小林の言葉に一瞬だけ視線を交わす。
「「「はい!」」」
刹那の沈黙の後に九頭、羽賀田、波多の三人が同時に手を挙げた。
こういった就活の場では、積極性が評価される。
「なるほど、ではお三方にじゃんけんで決めていただきましょうか」
じゃんけんの結果、九頭・矢川ペア、羽賀田・島ペア、波多・林ペアという順番になった。
一番最後になってしまったのはかなり痛い。もし、自分たちの前のペアがインパクトが強く面白いネタを披露した場合、自分たちのネタがより陳腐に見えてしまう。
しかも、今回のように同じようなネタをやるペアが複数いる場合はその危険性はかなり大きくなる。
波多はじゃんけんで負けてしまったことを、視線だけで林に謝りながら椅子に座る。
「それでは、九頭さん、矢川さん、お願いします」
「「はい」」
小林に促され、九頭と矢川が立つ。恐らく唯一クールポコ以外のネタを披露するペアだ。この場にいる学生の中で最も賢く聡明そうな二人が、この難問に対しどんな答えを出したのかが気になる。
「それではいかせていただきます」
九頭の言葉で、会議室は緊張を孕んだ沈黙に包まれる。
「私たちは一人一人別々に答えさせていただきます。では、まずは矢川さんから」
九頭がそう言うと、矢川が一歩前に出て杵と臼の前に立った。
確かに、二人組を作れとは言われているが二人で共に何かを創りあげろとは言われていない。九頭と矢川はこの試験をチーム戦ではなく、個人戦だと捉えたのだ。
矢川は面接官に向かって一礼すると、九頭に視線を送った。
九頭は自身のスマホを操作する。すると「チェヨンイガ チョアハヌン レンダム ゲェム レンダム ゲェム♪」という韓国語と軽快な音楽が流れ始めた。
波多はK-POPに詳しいわけではないが、どこかで聞いたことのあるメロディだ。
『あーぱつあぱつ、あーぱつあぱつ♪』
次の瞬間、耳馴染みのあるフレーズと共に矢川が踊り始めた。
確かこれは少し前から若者を中心に爆発的に流行っている『APT.』というK-POPだ。
「あーぱつあぱつ」というフレーズと独特のリズムで人気に火が付き、この曲を流しながらダンスを踊るというショート動画が数多く投稿されていると聞く。
矢川のダンスにはキレがあり、プロのダンサーという程ではないが素人にしてはかなりうまい方だ。普段からショート動画を投稿したりしているのかもしれない。
『~~~♪』
耳馴染みがあるフレーズが終わると、一回も聴いたことのないパートに入った。この曲が流行っているのは知っているが、イントロとサビしか聴いたことがない。流行っている曲とはそういうものだ。
それでも矢川は曲に合わせてダンスをしていく。どうやらサビ以外の部分もしっかりと把握しているようだ。
『あーぱつあぱつ、あーぱつあぱつ♪』
二度目のサビが流れると同時に矢川はおもむろに杵を持った。そして、杵をスタンドマイクのように見立て、口を開く。
「おーもちおもち、おーもちおもち♪」
替え歌だ。矢川の答えは流行りの歌の替え歌だった。
「あぱつ」と「おもち」、少し語感が似ている。替え歌としては弱いが、矢川のルックスと堂々としたダンス、歌声で不思議と様になっていた。
「おーもちおもち、おーもちおもち♪」
杵を両手で持ち、身体の横まで持ち上げ、左右交互に振る。
「おーもちおもち、おーもちおもち♪」
今度は杵にまたがり少し艶やかな手つきで杵に指を這わせる。
「おーもちおもち、おーもちおもち♪」
もう一度、杵をスタンドマイクのように立てる。
即興で考えた振付にしては完成度が高い。もしかしたら、矢川はダンスの経験があるのかもしれない。
しばらくすると、曲は終わりを迎えた。
「ありがとうございました」
矢川は一礼し、一歩下がる。少し顔が赤い気がする。
面接官は控えめな拍手をした後、手元の資料に何かをメモしていた。
今の替え歌が正解とは思えないが、芸としての完成度は高かった。臼に全くつけていなかったけど。
面接官が視線を上げると、今度は九頭が前に出た。
「それでは、よろしくお願いします」
九頭は一礼し、おもむろにジャケットの襟に手をかける。
「えー餅つきとかけまして」
謎かけだ。九頭の答えは謎かけだった。
あのジャケットの襟に手をかけるポーズは謎かけ芸人のねづっちを意識したものだろうか。
「カップルと解きます」
「その心は!」
矢川からの合いの手が入る。このペアは一方が芸を披露している時にもう一方が裏方をやるという役割分担のようだ。
「どちらもつきあっているでしょう」
会議室は静寂に包まれる。
「えー鏡餅とかけまして、韓国アイドルと解きます」
「その心は!」
「どちらもにじゅうがいいでしょう」
二重になっている鏡餅とNiziUをかけたのだろうか。
「えーお餅とかけまして、会議と解きます」
「その心は!」
「熱くなるとのびるでしょう」
餅の伸びと会議の時間の伸びをかけたのだろう。会議室という場にもあった良い謎かけだ。
「ありがとうございました」
九頭は一礼すると、矢川と共に下がり、自身の椅子に座る。
矢川は悪くなかったけれど、面接官からの反応は特になかった。九頭の答えは間違いなく不正解だろう。杵と臼使ってないし。
「それでは、次の方お願いします」
「はい!」
羽賀田が元気よく返事をする。
島ともに立ち上がり、いそいそと準備をし始めた。島がスーツの上からエプロンをつけ、羽賀田が鉢巻と腹巻をつける。どうやら島がせんちゃん、羽賀田が小野まじめ役のようだ。
二人は準備を終え、杵と臼の前に立つ。
「それではよろしくお願いします」
面接官に向かって二人は揃って一礼する。
羽賀田が杵を持って立ち、島は臼を挟んで向かいにかがむ。完全にクールポコの構えだ。
「さて、世の中には、どんな男がいるんだいぃ?」
羽賀田が尋ねる。
「野球部を卒業した途端、女受けを狙ってロン毛にしていた男がいたんですよぉ」
島が答える。
これは恐らく、元野球部である羽賀田の自虐ネタだ。この二人はただクールポコの真似をするだけではなく、自分たちのネタとして落とし込んでいる。
「なぁ~にぃ~!? やっちまったなぁッ!!」
「男は黙って」
「スキンヘッド!」
「男は黙って」
「スキンヘッド!」
「短すぎるよぉ」
しっかりとしたネタだ。羽賀田も大きな声で小野まじめを再現している。
「次!」
「モテようとして合コンで、自分の高校時代の野球部での武勇伝を語ってる男がいたんですよぉ」
「なぁ~にぃ~!? やっちまったなぁッ!!」
「男は黙って」
「王様ゲーム!」
「男は黙って」
「王様ゲーム!」
「合コンのイメージが古いよぉ」
こちらも羽賀田の自虐だろうか。羽賀田、自分で言ってて苦しくないのか。
一同が次のネタを待っていると、羽賀田と島が衣装を脱ぎ始めた。そして、交換し、今度は羽賀田がエプロンを、島が鉢巻と腹巻をして杵を持った。
まさかの役者交代の二段構成。波多は呆気に取られていた。
「さ、さぁ! 世の中にはどんな女が、いるんだいぃ?」
島は恥ずかしさが抜けきらずたどたどしくネタを始める。島が小野まじめの役をやるということで、ネタの中身も男女入れ替えているようだ。なんたる用意周到さ。
「モテようとして、大学の男と積極的にLINEを交換してる女がいたんですよぉ」
「なぁにぃ~? や、やっちまったなぁ!」
「女は黙って」
「文通!」
「女は黙って」
「文通!」
「流行りについていけないよぉ」
島がそんなことをしているとは、あの清楚な見た目からは考えられない。これは自虐なのか、それとも、島が普段思っていることなのか。
島は少し恥ずかしがりながらも杵を持ち直す。
「次!」
「男受けを狙って、冬でも露出度の高い服を着ている女がいたんですよぉ」
「なぁ~に~? やっちまったな!」
「女は黙って」
「全身タイツ!」
「女は黙って」
「全身タイツ!」
「暖かいけど、恥ずかしいよぉ」
ネタを終えた島と羽賀田は杵を丁寧に起き、エプロンや腹巻を外す。
「「以上です、ありがとうございました」」
島と羽賀田はやり切ったという顔で椅子に座る。面接官たちは先程と同様、控えめな拍手を送った後、何かをメモし始めた。
「それでは、最後の方お願いします」
「「はい」」
波多と林が同時に立ち上がる。
波多が小野まじめ、林がせんちゃんの役を務めるため、二人とも準備をした後に面接官へと一礼する。
「それでは、よろしくお願いします」
波多の合図で林と向かい合う。お互いが目線を交わし小さく頷いた。
先程の羽賀田・島ペアは自虐を交えたオリジナルネタに加え、男女を逆転させた二段構成という完成度が高いものだった。
あれの後に同じようなネタをやるのはプレッシャーだが、ここまできたらやり切るしかない。
「さて、世の中には、どんな男がいるんだい?」
「モテようとして、やけに高い洗顔料を使っている男がいたんですよぉ」
「なぁ~にぃ~!? やっちまったな!!」
波多は羽賀田ほどではないがしっかりと声を張り、小野まじめに寄せた顔を作る。
「男は黙って」
「粗塩ッ!」
「男は黙って」
「粗塩ッ!」
「お肌が荒れちゃうよぉ」
まずはジャブということで、本家クールポコのネタに少し付け加えたネタを披露する。
面接官からの反応は特に無い。
「次!」
「カッコつけて、ジムに通って鍛えてる男がいたんですよぉ」
「なぁ~にぃ~!? やっちまったな!!」
「男は黙って」
「うさぎ跳び!」
「男は黙って」
「うさぎ跳び!」
「膝に悪いよぉ」
1時間近く林と二人で考えたオリジナルネタだ。
チラッと面接官の方を見るが、特に反応は無かった。
「次!」
「カッコつけて、カラオケで流行りのラップを歌ってる男がいたんですよぉ」
「なぁ~にぃ~!? やっちまったな!!」
「男は黙って」
「演歌!」
「男は黙って」
「演歌!」
「若者は誰も聞かないよぉ」
面接官の年齢層を考えて作ったネタだ。
しかし、面接官は無反応だ。
「次!」
「カッコつけて、大手IT企業の面接を受けて自信満々にクールポコの真似をしてる男がいたんですよ」
「な、なぁ~にぃ~!? 俺、やっちまったな!!」
「男は黙って」
「農業!」
「男は黙って」
「農業!」
「今、第一次産業は人手不足だから、ありがたいよぉ」
波多が杵を振り下ろした瞬間、小林の口角が少し上がり、フフッと鼻で笑った。
今まで真顔でネタを見ていた面接官の表情を初めて崩すことができたことに手ごたえと嬉しさを感じる。芸人さんもこういう気分なのだろうか。
「「ありがとうございました!」」
波多と林はネタをやり終え、一礼してから椅子に座る。
面接官は今までと同様、控えめな拍手の後に何やらメモをしている。
「皆さん、お疲れさまでした。これで私たちからの質問は終わりますが、何か皆さんからの質問はありますか?」
その後はいくつかの逆質問の後、面接を終えた。
波多はGoopleの建物を出た瞬間、疲労と緊張からの解放で倒れそうになったが、不思議と達成感と満足感を感じていた。
数日後、Goopleから不採用とする旨のメールが届いた。
数か月後、何となくGoopleのホームページを見ると、新卒入社者インタビューのページに矢川の姿があった。
波多渾身のクールポコは、APT.ならぬOMT.(おもち)に負けたのだ。
「結局容姿採用かい」と言いたいところだが、そのページに九頭の姿はなかった。やはり、あの場でのお餅謎かけは間違っていたようだ。
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