1 出発と事の発端
「それじゃ、行こうか」
ついてくる者達に声をかける。
5人の同行者は一様に緊張した顔をしている。
仕方がないだろう、これから迷宮に入るのだから。
おまけに、彼等は一様にダメ出しをくらい続けた。
おかげで自信など持ち合わせてない。
自分は駄目なんだ、という思いが浸透している。
そんな彼等を促していく。
事のおこりは、迷宮から帰還した後のこと。
迷宮に挑む探索者達でひしめくその場から抜け出そうとしてた時だ。
「なんなんだよ!」
聞こえた怒鳴り声に耳と目を向けた。
そこでは探索者達が探索者を貶してる最中だった。
片方はそれなりに経験を積んだとおぼしき連中。
武器や鎧の装備もそこそこに揃ってる。
もっとも、ウダツは上がらないようで、高品質とは言いがたいものばかり身につけてる。
年齢もそれなりにいってるようで、ぱっと見て二十代後半から三十代といったところ。
ろくに出世も出来ず、年齢を重ねた典型だ。
そんなくたびれた探索者に怒鳴れてるのは年若い男だ。
辛うじて武器や防具は身につけてるが、買える中では最低ランク。
使えないわけではないが、性能は今ひとつといったものばかり。
しかも、結構年季が入ってるのが分かる中古品。
それだけでこちらがなりたてホヤホヤの新人なのが分かる。
金がないからそこそこ使える中古品で装備を揃えたという新人によくある状態だ。
そんな両者による罵倒劇が迷宮の出入口前で展開されていた。
通行の邪魔で迷惑極まりない。
やるなら人のいない所でやれと思ってしまう。
しかも内容があまりにもお粗末だった。
連れていった新人が使えない。
そんな新人を怒鳴りつけてる。
ただこれだけの事だ。
(バカだな)
様子を見聞きしてるソウシはそう思ってしまう。
新人が使えないのは当たり前。
使えるようにしたいなら教育するしかない。
それを怠ってるなら、引き入れた者達の責任だ。
それに、使える人間が欲しいなら、経験者を招き入れるべきである。
なぜ素人をいれるのか?
経験の無いものがまともに動けないのは当たり前だろう。
だいたい、素人かどうかは見れば分かる。
装備品をみればそれなりに分かるし。
あとは、身のこなしなど。
素人と熟練者では見て分かるほどこれらが違う。
それを見抜けないというなら、新人をいれた者がバカだという事だ。
つまり、ソウシの目の前で怒鳴ってる奴等はだ。
経験者と素人の見分けが付けられなくて。
経験者が必要なのに素人をいれて。
素人がまともに動けないのは当然なのに、まともに動けない事を詰って。
さらに素人を育てる気もないという。
これらを人通りの多い迷宮の前で行って周囲に迷惑をかけて。
行き交う人々に己の愚かさをさらけ出してるというおまけ付き。
紛う事なきバカである。
気の毒なのは新人の方だ。
こんなバカの所に入ってしまい。
ろくに稼ぎもないのだろうに怒鳴られている。
哀れというしかない。
まあ、この新人もどうしようもないバカの可能性もあるが。
それは今は分からない。
ただ、現状で分かるのは、新人を怒鳴りつけてる経験者はバカだという事だけ。
今のところ、他に判断材料がないのでソウシはこう考えた。
「もういい。
お前はいらねえよ」
散々怒鳴り付け、最後に経験者の方の探索者はそう叫んだ。
新人の方は真っ青になってる。
「すんませんでした!」
大声であやまって頭を下げる。
「これから気をつけます。
だから!」
何やら事情があるのだろう。
必死になって頭をさげ、経験者らしき探索者に食い下がろうとする。
分からないでもない。
迷宮探索は危険だ。
少しでも経験のある者達と共に行動した方が生還確率は上がる。
なにせ、素人だけで突入すれば、最初の一回目で全滅すると言われてるのだ。
その確率90パーセント。
何の知識も技術も経験もない者が帰ってこない確率はこれだけ高い。
もののたとえや誇張ではない。
迷宮入りの際に出される届け出。
これらと帰還者の情報を照らし合わせた結果だ。
あまりの酷さに、最初に計算した者は絶句したといわれる。
そんな迷宮なだけに、初心者だけでの潜入は自殺行為である。
可能な限り経験者と共に入るべきだと言われている。
だが、経験者からすると無理して新人を連れて行く理由がない。
やり方を教えるのも手間で面倒だ。
それに、今のやり方を崩すことにもなる。
ようやく確立した攻略法方。
それは今の仲間と作りあげたものだ。
新たな人間が入れば、これを変えねばならない。
そんな事をしてまで足手まといをいれる必要はない。
第一、死ぬ可能世が跳ね上がる。
命と引き換えするほどの利点など、迷宮で生き残った者達にはないのだ。
だからこそ生き残ってきた経験者は新人を拒絶して。
初心者は経験者に取り入ろうとする。
それが分かるだけに、ソウシはどちらにも肩入れ出来なかった。
それでも、拒絶される新人に同情的にはなる。
「……変わんねえよなあ、こっちの世界も」
前世と似たような光景。
それを見て、ソウシはため息を吐いた。
日本とこのファンタジーな異世界に共通する部分を見て。
それが決して良くはない、悪い方面である事にやりきれなさを感じた。