村の集会所1
--- センジュ村 ---
日が傾き辺りが茜色に染まりだした頃、僕らはようやく村へと辿り着いた。
それ程の道のりでは無かったけれど、随分長く感じたのは、きっと僕だけではないだろう。
「二人とも、今日は家に帰りなさい」
そう口にするファットさんは、やけに柔和な顔をしている。
そして、くるりと踵を返したかと思うと、村の右手側へ向かった。
きっと、大人達がよく話をしている、集会所に行くのだろう。
「ごめんなさい、ラテン」
「私、あんなことになるとは思わなくて...」
エリンが、俯きがちな顔を更に沈ませ、しんみりとした態度でそう口にした。
「別に、エリンが謝る事はないよ」
「それよりも...」
森の中で、見るも無残な姿になった獣の死体。
あんな事が普通の、ましてや平和な森で暮らす動物に出来るのだろうか。
「もしかしたら、魔物がまたあの森に.....」
「やめてっ!」
僕が言いかけた刹那、金切り声の様な言葉が響く。
驚いて声の主であるエリンを見やると、口をわなわなと震わせながら頭を抱えていた。
「....なんで、魔物は兵士がやっつけたって、おじいさまがっ!」
弱ったな...。
彼女を元気づけてやる程の甲斐性など、持ち合わせていないというのに。
僕はどうして良いかも分からず、座り込んだエリンと隣り合わせでいると
「お前ら、そんなとこで何してんだ?」
薄暗い景色の向こうから、突然声がした。
びくりとして顔を挙げると、見知った顔が不思議そうにこちらを眺めている。
「お姉ちゃんっ!!」
僕が反応するより早く、エリンが懐へ飛び込む。
「おぉ、どうしたエリン、そんなぐしゃぐしゃな顔して」
彼女の名前は、リズ。
エリンとは姉妹で、歳は5つ程上だ。
男勝りな性格に加えて面倒見が良く、同年代にも慕われる程頼りがいがある。
「なんだ。また、ラテンに無茶言って叱られたのかー?」
口調とは裏腹に、細く繊細な手でエリンの頭を撫でる。
「違うんです、実は...」
僕は、情緒の乱れたエリンに代わり、これまでの経緯を話した。
エリンに誘われ赤の森へ行った事。
そこで見た獣の死体の事。
そして、魔物がまた森へ帰って来たかもしれないと言うことを。
「ふーん、なるほどねぇ...」
話を聞いたリズは、険しい顔をして頷いて見せた。
そして、少し間を空けてから妹の名を呼ぶ。
「....エリン」
「?」
呼ばれたエリンは、不思議そうに顔を上げる。
すると次の瞬間
バチン!
と、鋭く高い音が響いた。
一瞬何が起こったのかと混乱したが、すぐにリズが頬を叩いたのだと分かった。
「エリン、無神経すぎだ」
驚きと悲壮感を併せたような、何とも言えない表情が彼女を埋め尽くす。
「ラテンは優しいからな、私が代わりにぶった」
なるほど。
先程の険しい表情は、妹に向けての物だったのか。
「っ...ひっ...うぁぁぁぁぁ!」
エリンは、これでもかと破顔しながら涙を流した。
僕は、その姿を見てはっとする。
「リズさん、あんまりエリンを責めないで下さい」
「森へ誘ったのは、あくまで僕を元気付ける為だったんです」
多少強引な所はあれど悪意は無かったのだから、それで叱られるというのも何だかいたたまれない。
「全く、お前は本当に甘いなぁ」
「おばさんの事もあるし、あんまり無理を言われた時は怒ったっていいんだぞ」
リズは困ったように笑う。
「お母さんの事は、気にして無いといえば嘘になるけど、まだ良く分かってないというか」
葬儀の際にも母の最後を見る事は叶わかったから、僕の中では森に出かけたまま帰ってこない、という感覚で止まっている。
「そうだな」
「私も、おばさんが死んだなんていまいちピンと来ないよ、もう1年も経つのに」
そして。
「今でも、ひょっこり村へ帰ってくるんじゃないかって、そう思ってる」
と、はにかんだ顔で口にする。
そうして、三人の間に微妙な空気が流れ始めた所で
「おーい!リズー!」
遠くから、リズを呼ぶ声がした。
「カ、カイン?」
「はぁ....はっ....大変っなんだ、大人達が集会所で...」
声の主は、リズと同い年のカインだった。
彼は、かなり急いで来たのか、肩で息をしながら声を絞り出している。
「も、森でまたっ、魔物が出たらしい!」
その言葉を受け、リズは顔を険しくする。
「なんでも、ファットさんが森でとんでもない死体を...」
と、漸く息が整って来たのか、カインは膝についた手を放し顔を上げる。
そこで、正面にいた僕と目が合う。
「ラ、ラテン....一緒だったのか」
カインは気まずそうに目を逸らし、リズの方へ向き直ってから言葉を続けた。
「とにかく、みんな集会所の方に集まってるから、来てくれ」
そして、僕とエリンを見やり
「2人は家に戻っていた方がいい」
と、少し投げやりに口にするのだった。