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それに驚いている様子のステイシーとオリファント子爵夫人は去っていく背中とシャロンを交互に見てから、やはり同じく踵を返して歩き去っていった。
それを見てエディーは笑みを深めて「情けないね」と軽く口にする。それにシャロンはやっと答えた。
「……エディー」
「!……えっと、どうかした?」
突然喋ったシャロンにエディーは驚いた様子で座り直してこちらを見た。それにシャロンは今更とんでもない状況であることを認識して出てきた冷や汗を背中で感じながら口にした。
「エディーって何者?」
「見ての通りだけど、場所変えようか」
注目している周りに聞かれないようにするためにか、シャロンの手を取って引いていく。連れていかれた場所はホールの外のテラスだった。ここなら人もまばらで聞かれる可能性もない。
ホールから漏れ出た光が、丁度うす暗くなる程度の光源になって無駄にロマンチックだった。
「それで、急に話し出したと思ったら、何者って、急だね」
「いや、なんか本当に現実味がなかったっていうかなんて言うか」
「それで今まで喋らなかったの? 俺も少しは凹んでたんだよ」
「ごめんなさい」
言葉を交わしてみると案外、普通の人ですんなり会話ができる。
外見だって赤茶の髪に同じ色の瞳、特段、華があるというわけでもなく、どこにでもいそうな多少顔の良い好青年。貴族にはありがちな外見だ。
……でもこの歳でクロフォード公爵で、唐突に何の脈絡もなく私を娶って、挙句どうして王族とオリファント子爵家との金銭のやり取りを知っているのか。
普通らしく見える。しかしながら、少々普通ではないこのギャップに違和感がある。
「えっと、でも一応色々聞かせてほしいと思うんだけど、さ。何から言ったらいいのかなって」
「聞くって何を?」
「何をってそりゃあ……いろいろ」
朗らかに話をしていたのにシャロンが真面目な話をしようとすると、彼は少しだけ笑みを深めて声を低くする。
どうもそれが少し怖くて弱気に言うとエディーはおもむろにシャロンの手を取って立ち位置を少し変える。
……?? んん??
丁度、テラスの柵に背中を預ける様な形になってエディーはその両側に手を置いて後ろに引こうとするシャロンを見据える。
「それより、旦那になった人間が目の前にいるのに君の事を教えてくれないの?」
「わわ、私?」
「うん。君の事が好きだからこうして娶ったんだ。もっと教えてよ。沢山」
「え、うっ、???」
そして逃げ場がない状態で抱きしめられてシャロンは身を小さくした。建設的な話をしたいのにどうしてかそうもいかない。
しかしここで流されては駄目だ、きちんとしなければ。
「好きっていうのは、えっと。私は分からないんだけど、何か理由があったり……するのかな、って」
あたたかな体温に包まれて婚約者だった第二王子以外とこんなに触れ合ったのは初めてだ、と思ったが、それもそのはず目の前にいるのは旦那なのだ。触れ合い上等何なら子供も望まれるかもしれない。
そう思うと、改めて自分の頭がついてきていない事を認識した。
しかし、それも何か昔に出会っているだとか、実は名前を変えていて第二王子の婚約者であったときに面識があったというのなら話は別だ。
そうであるならその時の関係から変化させていくだけでいい。こんな傷ものの女と結婚までした男だ。そういう可能性が一番高い。
「……理由? そうだね……特にないんだけど」
エディーは上半身だけ離してシャロンに当たり前のようにそういった。それに流石に目を丸くして、シャロンは呆然とした。
「強いて言うなら、可愛かったから?」
「え……ええ」
「でもさ、そんなのどうでもいいと思うんだよ」
……ど、どうでもいい。
「だってシャロンはもうすでに俺と結婚してて、幸せになる以外ないんだから」
確かにその通りだし、目の前に迫った人のよさそうな笑みは好感が持てる。
「だからシャロンの事もっと俺に教えて? 頼って、わがまま言って、沢山君の好きなことをしよう」
「……」
「甘えていいんだよ。全部答えてあげるから」
甘ったるい言葉をささやかれて、開いた口がふさがらない。
逃げようにもシャロンの後ろは真っ暗な暗闇だ。後がない。そうなのだ、すでにシャロンには後がなくて、結婚してしまっている。ここまでぼんやりしてきたつけが回ってきたのかもしれない。
「君の事愛してるから」
……どう考えてもそれは流石におかしくない?
できる限りポジティブであろうと思っているシャロンだが、エディーの言葉に流石に異常を感じた。降って湧いたような幸運な結婚。指輪一つで買われたにしては好条件が過ぎる。
しかし、愛情まで降ってわくなんて可笑しいだろう。
固まるシャロンに、エディーは声を漏らして少しだけ笑ってそれから、抱きしめて耳元でゆっくり言った。
「警戒なんてやめちゃいなって。それより、屋敷に帰ったら何したい? 二人で過ごそうよ」
見透かされたような言葉に、ひいっと悲鳴が出そうだった。
シャロンを愛してるという話だってそうだし、オリファント子爵に脅しをかけていたこともそうだ。この人は何か得体がしれない。
けれどもすでに、戻るあてもない。こうなってしまったからには、この男と向き合うほかないだろう。
「…………エディー」
「ん」
「私も話すから、だからあなたの事も教えて」
「それなら、いいよ。お相子だもんね」
「うん」
結婚を買われた時は、何か言えないようなことに使われたり、とても目も当てられないような事になるかもしれないと思っていたが、こんなことは予想していなかった。
そしてまさか、こんな溺愛するような態度に恐怖して向き合う羽目になるとは考えもしなかった。
……それでも、やるだけやるしかない、ねっ。
そう考える自分の性分が悔やまれる。ポジティブに考えるようにしていても、根っからは他人をあまり信用していない人間だ。
彼の甘い言葉に、思考から何から何までとろけきってしまえば楽なのだがそうもいかずに、決心してエディーとの結婚生活を始めることを決めたのだった。
「そんなに意気込まれると、ちょっと困るんだけど」
「ひぇっ」
そしてその決意も見透かされ、また小さく悲鳴を上げたのだった。