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シャロンは、窓辺に座って外を眺めているカインとユーリの事を見ていた。
彼らは楽しそうに窓の外の木に咲いている花を浮かせたり散らしたりしながら笑いあっていた。
ユーリが落ち着くまでの間、彼女の家庭教師になることを許されたシャロンは、こうしてたまに授業終わりにカインの部屋へと寄って、三人で過ごす時間を設ける。
エディーにはもちろん許可を取っているし、本来の夫婦の時間も大切にしている。……大切にしているというか、されているというか、そのことを思い出すとどうにも顔が熱くなるが一旦考えを散らして、目の前の彼らの方へと感情をもどす。
「ほら、ユーリあまり魔力をこめると花が崩れてしまうぞ」
「うっ」
「ゆっくり、優しく救い上げて、手に拾いあげるように」
「ゔゔっ」
「そうそう、上手く出来てる。移動させるのには風を軽くふかせて……」
「っ~、もうできませんっ」
必死に頬を膨めて力んでいた彼女がそう言うと窓の外でゆっくりと浮遊していた花がはじけ飛んで、パラパラと花弁になって舞い散ってしまう。
それにとても残念そうな顔をしてユーリは「お花がっ」と口にした。
「風の魔法は、調節が難しいからなしかたない。しかし、其方が誰かを守るために使いたいなら、きちんと訓練しておかないといざというときに味方を怪我させてしまいかねないからな」
言いながら、カインは簡単に窓の外の木かあら花を摘んで、自分の手元に持ってくる。本来それほど難しい事ではないらしいのだが、ユーリは魔法をこちらの世界に来てから使えるようになったのだ。
魔力の扱いも知らなければ、他の魔法を持った貴族の子供よりもずっと初心者だ。感覚をつかむまでには時間もかかるだろう。
「うんっ、ううん、はいっカイン兄さまっ!」
「よそに行くとき以外は敬語はいらないぞ、ユーリ」
「ううん。早く覚えるのがんばるの、です」
「頑張ります」
「がんばります」
「其方はよく頑張ってると思うぞ」
そういいながらカインはユーリの髪に摘み取ったばかりの白い花をさしてやって、優しく頭を撫でた。
彼らがとても仲良くやっていけているようで、安心するが、将来の苦労を考えると少し気が遠くなる気がした。
……婚約の意味を正しく理解した時にユーリも心配だけれど、カインも何というか、完全に父親らしくなっちゃってるというかなんというか……。
夫婦になるのに多少なりとも苦労すると思うのだ。ユーリを守り育てて愛する彼は完全に父親代わりだ。どういう風に気持ちの整理をつけるのかという心配はあった。
……それでも、きっとその時の私が何とかするよね。
そう強引にポジティブを発揮して、こうなったからには手を貸す以外の選択肢はないと思う。
方法はまったく思い浮かばなかったが、やるしかない。それにカインの選択だ。本人も覚悟を決めるだろう。
考え事をしつつ彼らを見ていると、ユーリはもう一つカインに花を強請った。それに気前よく応じてカインは白い花をユーリに手渡す。受け取ったユーリは、ニコニコしながらそれを持って窓辺のイスから降りてシャロンの元へとやってきた。
「シャロン姉さま。あ、頭少し、下げてください」
「……?」
ユーリはシャロンの隣に座って、ドレスの袖を引いてそういった。それに素直に従うと彼女はカインにしてもらったように白い花をシャロンの耳の上あたりにさして、にっこり笑った。
笑顔がピカピカ光っているようにみえて、可愛いなぁと思う。
窓を閉めてこちらに来たカインは二人の姿をみて、さわやかな笑みを浮かべた。
「お揃いか、いいな。ユーリ、シャロン」
「うん、白いお花似合うね、姉さま」
「そう? ユーリの方が可愛いと思うけど、ありがとう」
お礼を言ってその花に触れてみる、生花なので瑞々しくしっとりとしていて、こんな風に花を手に取ることなんて考えれば子供のころ以来で懐かしかった。
それにお揃いという言葉を聞いて、そういえばと思い出し、床に置いてあったバスケットを開く。カインは向かいに腰かけて、ユーリもカインもシャロンが何を取り出すのか興味津々で見ていた。
「そういえば渡そう渡そうって思ってたんだけどタイミングを逃しちゃっていて、丁度いいからこれ、仕立て直したの」
言いつつも綺麗なリングケースを取り出して、シャロンはユーリに向かって開いた。
そこには、小さなアパタイトの石がついた指輪がある。元は一つの石であったそれは、割れてしまった二つの破片で別々の指輪にした。たくさんの思いと記憶が詰まったものだが、新しい生活の為には気持ちを切り替える必要があるだろうと思い決断した。
シャロンはいまだにこの離宮に帰っては来れないし、ユーリとはやはり一緒に暮らしていた時よりも接する時間も少ない。けれども沢山説明をしてそれをユーリは納得してくれた。
だからこそ、つながりを感じられるものがある方がきっと安心できると思う。
「ユーリ、私とお揃いでつけてくれる?」
「! 姉さまとおそろい? 良いの?」
言いながら、指輪を手に取って彼女の人差し指にはめる。計ってあったのでピッタリの仕上がりだ。きらりと光るアパタイトの透き通ったブルーはユーリの色白の小さな手に映えている。
やはり金ではなく銀で作って正解だった。
「うん。私とユーリは、一緒には住めない。でも心では誰よりもずっと繋がってるその証拠」
家族になりたいという願いとともに送られた指輪。その願いを叶えたといえるのかはわからないけれど、シャロンはそのつもりだ。何よりも大切なシャロンの家族。
シャロンの言葉を聞いてユーリは目をキラキラと輝かせ、それをじっと見た、それから、ぎゅうっと手で手を握って、嬉しそうに目を瞑る。
「……大切にする。ぜったい、ユーリの宝物!」
「良かったな。ユーリ……ただ少し妬けるな。プレゼントなら私もたくさんしてるというのに」
「宝物は、いっぱいあってもいいんです、カイン兄さまのプレゼントも、いっぱい宝物にしてます」
「そうなのか? なんだ嬉しいな」
そんな彼らのやり取りを聞きながら、シャロンも指輪をつけて、眺める。普段使いするには丁度いいサイズの指輪だ。公爵夫人になったとはいえシャロンは料理もするし、このぐらいのサイズの方がつけやすい。
「シャロン姉さま、手、貸してください」
「うん」
それを見てユーリはシャロンの手を取った。
それから、手をそろえて並べてうっとりとしながら隣に座るシャロンに体重を預けて身を任せる。肩で幸せな重みを感じながらシャロンもそろいの指輪がはまった手を見る。
シャロンと同じく大きくなるまで、彼女を守ってくれますように、心の中でそう祈るのだった。




