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エディーは何も嫌な顔をせずに、頷いてシャロンはカインを自分の部屋へと案内した。元婚約者と二人きりなど普通は嫌がってもおかしくないのだが、カインの言ったことを実現できてよかったと思う気持ちと、何の用事だろうという疑問があった。
しかし部屋に入ってすぐにカインは立ち止まってシャロンに言うのだった。
「長居するつもりはない。其方には一つエディーがその真実を受け止めやすいように、見ておいてほしい記録があるんだ」
「……なるほど」
真剣にそういった彼にシャロンも納得した。そういう事ならお安い御用だ。シャロンも自分にも出来ることがあって嬉しい。
「分かったそれで、何をみればいいの?」
きっとフレドリックとの思い出の品でも持ってきたのだろうと思って手を出すと、彼はそのシャロンの手を取って、その手にはまっているネオンブルーの指輪を見た。
「これを見ればいい。……シャロンはユーリからこれを渡されたのだろうが、その意味もきっと分かる」
……意味?
たしかに、ユーリが急に指輪を渡してきて戸惑って振り払ってしまったが、カインが手紙に入れて送ってくれてからはずっとユーリを思い出すためにこの指輪を身につけてきた。
それにまさか意味があっただなんて思ってもみなかった。
「それから、その記録をエディーに見せてやれば、納得せざるを得ないはずだ」
彼がそういうのならそうなのだろう。あの時の事も見ることになるから気は思いが、それでも、協力してくれているカインが言うのだから、真剣に取り組む以外にない。
頷くとカインも安堵するように表情を緩めてそれから、シャロンに言った。
「最後に、これは交換条件じゃないんだが……ユーリが其方の顔を一目だけでも見たいとついてきて馬車の中にいる。もし、記憶を見終わって時間があって……其方の心に負担がかからないなら、ほんの少しでいい。会ってやってくれないか」
言われた言葉に配慮と、ユーリに対する彼の愛情を感じて考えつつもまたシャロンは頷いた。
そうすると彼は「ありがとう」とシャロンにお礼を言ってから、使用人に案内されながら部屋を出ていく。その背中を眺めつつ、指輪を外して外から差し込む太陽の光にかざした。
結婚して以来ずっとつけている指輪。この石を商人に鑑定してもらったことがある。
……石の名前はアパタイト。絆や信頼を表す石。
割れてしまっていて新しく加工しない限りは特に価値のないものだと言われたが、仕立て直すつもりはなかった。ユーリの知らない形に勝手にするのは良くないと思ったからだ。
その時の判断が今、この時に記録を見るために使えるなんて、なんだかうれしく思う。
微笑みながらも指につけて額に当てた。ソファーに沈み込んで過去の記録を探る。
一番新しくめぼしい記録は婚約破棄をされて出ていくシャロンの背中を追いかけたユーリの記録だ。
足がもつれて転んで、涙を流す彼女をカインが捕まえて抱きしめてやっていた。受け取ってもらえなかった指輪を握りしめて、泣くユーリにカインが言う。
「どうしてこれを持っていたんだ? まだユーリがつけるには早いと言っただろう」
涙をぬぐってやりながら黒髪をよけて、カインは彼女の靴を脱がせる。
ユーリは慣れないらしくヒールで歩くのが苦手だった。よく転ぶのはそのせいもある。
だからこちらの女の子用のパンプスを嫌っていて、すぐに脱いでソファーに上がったりベットに上がったりする。
それは普通の貴族としては喜ばれたことではないが、ユーリを娶るのは、カインなのだ。自分の離宮だけならそうして自由に過ごすことも許すことにしているらしい。
小さな子供の靴を床にそろえておいて、カインは自分の膝の上にユーリをのせようとする。しかし、ユーリは首を振って、また涙をこぼす。
「ち、がうの。これは、シャロねえさまに、あげるんです」
「……受け取ってはくれなかったのだろう?」
「でもっ、うう~、ゆうりと、しゃろん姉さまはっ、家族になり、たいんですぅだからっ、きっと、帰ってきてくれ、るん、だって、っひ、ゔゔぅ」
泣いて呼吸を荒くしながらも、ユーリは一所懸命にそう主張した。それにカインは、ため息をついたがつらく当たるようなことはしない。
しかし、ユーリの言葉にどう返答を返したらいいのかわからないらしく、考えながらも泣きじゃくるユーリの背中を摩ってやる。
「家族には……なれないかもしれない。でも、一方的に渡すことは出来る」
「それでもっいいのぉっ、カイン兄さまぁ。どうして、シャロン姉さまは居なくなって、しまうのっ」
「……それはこれからゆっくり説明する。分からないところがあったら、聞いてくれればきちんと答えるから、よく聞いてほしい」
「ゔん、いいよ」
そうしてカインはユーリにたっぷりと時間をかけて、とても易しい言葉で、シャロンが実家に帰ることを説明した。
もちろんユーリの身代わりだなんて言葉は使わない、しかし、シャロンがいなくなる理由に対してユーリの”どうして”という言葉は尽きないのだった。
もう一つ記憶をさかのぼると、今度は、これをカインがユーリに渡しているときだった。まるで悪だくみをしているみたいに二人は、シャロンに隠れてこそこそとしていた。
シャロンが仕事から帰ってくる前に秘密の宝物をユーリにあげるとカインは言って、その宝物をユーリはすごく楽しみにしていて、彼らは二人で部屋で過ごしていた。
カインの部屋にあるアクセサリー用のキャビネットを開いて、とても美しいリングケースを取り出した。その時点でユーリは期待に黒い瞳をきらめかせていて、カインを見上げる。
「友人が、とある人と本当の家族になりたくて作ったものらしい」
そういって床に膝をついて、ユーリに見えるようにリングケースを開いた。中には傷一つないアパタイトがついた美しい指輪が収まっている。
「わぁ、きれ~。かわいい」
「そうだろう。この石は稀少なもので成功するように願掛けをしてこの石を遠くから取り寄せたらしい。しかし、結果は、あまり良くなかった。だから、是非本来の用途で目的を達成してほしいと言われてな」
「ほんらいの、よーと、です」
「そうだ。何と言ったらいいのか、そのな。送った相手と家族になれますようにって、願いがとても強く掛けられた指輪なんだ」
「家族になれますよーに、神様にお願いしたの?」
「そうだ。女神さまに願ったのだろう」
ユーリは両手をまっすぐに合わせて「なむっ」と妙なことを言う。それをカインが少し笑って「祈るときはこうする」と手本を見せるように手を組んで額に当てた。
教会に行ったときなんかに皆同じポーズで祈るので、このままではユーリが浮いてしまうだろう。
教えられたことにユーリは答えようとして、同じく手を組んで額に当てた。素直な仕草に、カインは、喉を鳴らして笑って、ユーリの頭を優しくなでる。
「これを其方にあげよう。まだユーリは宝石を一つも持っていないからな。もう少し大きくなったら仕立て直してつけるといい」
「いいの?」
手渡されて、ユーリは両手でその指輪の収まったリングケースを受け取った。
しかし、少し不安そうにカインに聞く。それにカインはゆっくり頷いて、優しい瞳を向けた。
「家族になりたい人に送るといい」
「うんっ、ありがとう、です。カイン兄さま」
「ありがとうございます」
「ありがとー、ございます」
「上手だな。覚えも早い、やっぱりシャロンの教育がいいのかも、それかユーリは天才かもな」
手放しにそう言って喜ぶ彼は、シャロンにとっては少し新鮮だった。優しい人だと知ってはいるしシャロンにも優しいが、これほど無邪気に笑うのだと改めて思ってしまった。




