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シャロンは、王宮へと足を運んでいた。エディーへはカイルの元へと言ってくると伝えてあるが、実際のところは王太子夫婦の元へと向かったのだ。
王宮の豪華な応接間に通されて、彼らと向き合ってシャロンは座った。ギデオン達に会ったのは婚約を破棄されて王宮を出るとき以来だった。
相変わらず王族らしい金色の瞳が野心にギラギラと燃えていて、委縮してしまう。
一方、スカーレットの方が優しく見えるがそうでもない。彼らはどちらも、あまりいい人という部類に当てはまらない人間だ。
「まずは、結婚おめでとう、シャロン。慰謝料の件はカインから聞いているね。一時的に、王族が立て替えて、すでにクロフォード公爵のもとに其方の慰謝料が入っているはずだが」
「はい……身内の横領でしたのに、配慮をいただけて大変助かりました、ギデオン王太子殿下」
「気にしないでくれ、ただでさえカインのわがままの被害を被った其方の事だ。このぐらいなんてことないよ」
ギデオンは優しげにそういった。普通なら、慰謝料は娘を駄目にされた家族に支払われたと考えて、どのように使われてその後シャロンがどうなうと知ったことではないとするのが一般的だが、シャロンが彼にとって使える駒である以上はこうした配慮もしてくれる。
「それにしてもクロフォード公爵の立ち回りは見事なものだね。傷ものになった其方をわざわざ娶って何をするかと思えば、其方の不遇の立場を利用して慰謝料の件を告発し、さらにこうして王族との接触を許すことにしてさらに自分に得があるように動かしている」
「……」
「今後も資金繰りに困ることもないだろう。いい男の元に嫁に行ったね、シャロン」
「はい」
……そういうとらえ方もできるって事だと思っておこう。
シャロンは頭の中で、否定せずにシャロンとは別方向から見れば得の為にシャロンを娶った人間に見えることを納得した。
ここらで切り替えていかないと、いけないだろう。あんまり落ち込んでもいられない、これを言うために呼んだのではないと思うし、彼らは元からそういう捉え方をする人間だ。
「それはいい事ですけれど、シャロンは女性貴族が長らくいなかったお屋敷に住んでいるのでしょう? 困ることもあるのではなくて?」
スカーレットは心配するようにシャロンに聞いてくる。もしかすると、彼の元でも酷い目に合っているのではないかと聞かれている、もしくは探りを入れられているのかもしれないと思ったが、エディーの方が一枚上手だ。
「ご心配ありがとうございます。スカーレット王太子妃殿下、夫はそのことを考えて周辺貴族の方から女性に貴族に仕えて長い使用人を数名、私の側近にしてくださいました。よく働いてくれて私も心置きなく生活をおくれています」
「あら、そうでしたの。クロフォード公爵はシャロンを大切にしているのね」
「はい、そうだと思います」
……そういう、配慮もできるってのはいい事、ってのは確かだね。
うんうんと納得していい感じに調子が戻ってきた気がする。ああして泣きじゃくって気分が暗くなっていたけど、ふだんの習慣というのは素晴らしい。
作り笑いではなく、きちんと本当の笑みを見せられるようになってくる。目の前にいる彼らも、冷淡で酷い選択をシャロンにかしてくるような時もあるけれど、だからと言って、それが悪い事だとは思わない。
情に流されて、決断ができないような人間であったら国は、滅茶苦茶になってしまうだろう。適材適所だ。
話題がひと段落してそれぞれ紅茶を飲んだりお茶菓子を口にしたりして、間を置きそれから、ギデオンが切り出した。
「それで折り入っての相談というのは、その他でもない、クロフォード公爵の話なんだ」
「……夫の……エディーについてのことですか」
「ああ、新婚である君の心に水を差すようで、悪いが真剣に聞いてほしい。そして一応、口外禁止の話であることも留意しておくようにね」
「はい」
笑みを消してギデオンはいい、スカーレットも深刻そうな顔をする。
「彼には、サムウェル伯爵家からクロフォード公爵家へと養子に入ったフレドリックの殺害の容疑がかかっている」
「……殺害……ですか」
シャロンは思わず聞き返した。とても怪しい家系図だと思ったし、なんだかきな臭い気もしていたが、その予想はどうやら当たってしまっているらしい。
「そうだ。もちろん確定ではないよ、ただ、私たちの調査によればほぼ黒だと言ってもいいだろう。しかし明確な証拠があるわけでもない。そして他でもない其方の配偶者だ」
「……」
「私たちも、代々王家に仕えているサムウェル伯爵家からの訴えで動いている。もちろん、何かしらの答えを出して彼らの溜飲を下げなければならない……という事だ。つまり何が言いたいのかシャロンにはわかるね」
たしかに養子に出した子供が若くしてクロフォード公爵の地位につき、あっという間に死んで、実子が公爵の地位を継いだなど何かあると思うのが自然だろう。
そして、彼らの頼る先が王族であるのも納得がいく。古くから仕えているのだから、それなりの信頼関係があるのだろう。
しかし真面目に調査をしているだけ、まともな方だ。サムウェル伯爵家からの依頼だけで何か罪をでっちあげてエディーを陥れることもできただろう。
もしかするとやろうとしていたかもしれない、そこにきてのシャロンの登場、そしてカインのわがままの犠牲者ということになっているシャロンを助け庇護しているエディーを王族としてつるし上げるのはあまりに格好がつかない。
そういった理由もあって、エディーをほめたのだろう。
王族はどちらかに対して面子をつぶすことになる。エディーを失墜させて世間への面子をつぶすか。もしくは、サムウェル伯爵家に対して殺人はなかったと訴えを無視して面子をつぶすかだ。
…………? エディーまさか予想してた??
さすがのシャロンもそう思わずにはいられなかったが真相は分からない。
しかし、ギデオンたちがシャロンに何をさせたいのかは理解ができる。
「私は、真実を見つければいいのですね」
「そのとおり。さらには証拠となる物品もあるといい。其方なら問題ないだろうね」
確かに、本気でやればできない事もないだろう。その場合、きっとエディーには嫌われるかもしれない。しかし、問答無用で罪に問われるよりよっぽどいい。
悪くない話だと思うし、シャロンは元はといえばギデオンに拾われたから、第二王子の婚約者にしてもらってきちんとした教育と温かい食事を手に入れた。だから、その恩を忘れることは出来ない。
……でも、もし……。
「一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「いいよ。言ってごらん」
「……もし、夫が殺人を犯していた場合、私の何かを差し出すことでその罪を不問としていただくことは可能でしょうか」
恩はある、それでも、もうこれ以上、何かを奪われることは耐えられない。例え許されない罪を犯していようとも手放したくない。
「あら、夫を信じて無実を証明してあげようとは思わないという事? シャロン随分な施しを受けている様子ですのに、今から罰の話ですの?」
非難するようなスカーレット声に、シャロンは肩をすくめて小さくなった。彼女の言っていることは正しい、それでも、後も先も考えられないシャロンのせいで、誰かが悲しい思いをするのは嫌なのだ。
「もうしわけ、ありません。ですがどうかお願いいたします」
震える声で言って頭を下げる。無実ならそれでいい、でもそうでなかったら、シャロンはエディーに顔向けできない。
この約束を取り付けない限りはいたずらに真実を暴くことは出来ない。
「謝罪を口にするぐらいなら、考えを改めるほうが身のためですわ。シャロン」
「いいよ。スカーレット、シャロンが保身に走る気持ちも分かる。復讐よりも幼子を心配するような子だ。今一度手に入れた平穏な生活を守りたいのだろう」
「あら、ギデオンがそういうのでしたら、わたくしは口をはさみませんわ」
ギデオンに言われてすぐにスカーレットは手のひらを反す。きっと本当にそう思うからシャロンを追い詰めていたのではなく、彼女はより有利に事を運ぶためにシャロンを窘めていたにすぎない。
それは理解している。しかし怖い事には怖い。
それに、この人たちへはきちんと自分の事を主張しておかないと流れるように勘違いされる。
カインの事もそうだ。彼らはずっと勘違いしている。シャロンの感情も。
だから、シャロンはカインに婚約を破棄された時にカインのわがままのせいで被った損害について、慰謝料で納得するか、カインに復讐するか選べと言われた。
例えばカインから受けた非道の数々をでっちあげて、社交界でつるし上げにして復讐するだとか、他には苦しむところを見たいのならギデオンの側室になって落ちぶれていく彼を眺めるだとか。そういう事を提案された。
真剣に話をしてもどうやら、ギデオンは物事を損か得かでしか見ていない様子で、大きな損害を喰らわされたシャロンは、とてもではないがカインを許せないはずだ、というのが彼らの当たり前で変えようがない価値観なのだと思う。
だから、特にその情緒的な部分まで変えようとは思わない。しかし、自分がギデオンたちとは違った人間だと主張しなければ、流されてしまう。
「他でもない其方の頼みだ。……きちんと真実を把握して証拠を持ってきたのなら私にできる最大限の温情を与えると約束しよう」
「……ありがとうございます」
……一応は、こうして言ってもらえて良かった、と思っておくことにした方がいいね。
実際問題は、エディーが人を殺している可能性があるなんて言うのは良い話ではない。しかし、ギデオンは約束をたがえることはしない人間だ。きっと最悪の事態は避けることが出来る。
あとはやるだけだ、無実だろうと真実だろうと、シャロンに操作できるものじゃない。でも、出来るなら無実であってほしいと願った。




