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指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~  作者: ぽんぽこ狸


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 あくる日、王太子夫妻が離宮へとやってきた。それに、情緒も落ち着いてやっとシャロンから離れて教育ができるようになったユーリを家庭教師に預けてカインとシャロンは向かい合って座った。


 しばらく何気のない話をしてから、ギデオンはきりだした。


「それで、風の女神の聖女であるユーリの事なのだけどね」


 その話にピリッと応接間に緊張が走った。予測していた話題ではあったが、別れの時が来てしまったことをシャロンは、悟った。


 しかし、貴族として会える機会はきっとあるはずだ。ユーリも大分元気になってきた。きちんと話をして別れて新しい庇護者と連絡を取りあえばいい。


 そう自分を納得させてそれほど悲観視してはいなかった。


「教会に入れてしまうことにしたよ」

「……え?」


 当たり前のようにギデオンはそういって、シャロンは目の前が真っ白になったような気がした。隣にいるカインはぐっと拳を握っている。


「彼女を引き取りたいと望んでいる私に協力的な貴族も見つからないし、下手な所に養子に出して後々脅威になるぐらいならば、教会で隔離して育ててしまうのが一番手っ取り早いという話になってね」

「……」

「其方たちにはとても懐いている様子だから、手紙でも書いてやればそれを支えに聖女ユーリも王族の為を思って動く、いい手札にできるだろう。よくやってくれたね」


 ギデオンはとてもうれしそうにそう言って、シャロンとカインをねぎらった。


 それにシャロンは言葉もなかった。驚きすぎてそんなつもりではなかったと言いたいけれども、今後のユーリの心配が頭の中を駆け巡った。


 あんなに小さく、あまり自己主張をしない子が、教会に入れられて孤児として親の愛を与えられずに生きるなど、考えられない。


 聖女はたしかに特別だ。しかし、教会は今より平民の生活に近い。色々な宗教的な決まり事もあるし、教会出身の聖女は、基本貴族として扱われない。

 

 シャロンはユーリと対等に接することもできないし、彼女の支えになってやることもそれではできない。俗世を知らずに教会に軟禁され、必要があるときだけは使われる駒のような存在になってほしくなどない。


 ……それより、ユーリは、ミルクを飲むとお腹を壊してしまうし、人見知りをしてあまり初対面の人と話もできない。夜はおねしょをしてしまうこともあるし、でも、悪気があるわけではなくて。


 きちんと謝れるし、人の話を聞けるいい子だ。それが教会の人に伝わるの? 元から孤児であった子供たちに虐められたりするのではないの?


 ユーリの話を聞いた限りだとユーリはとても恵まれた環境で生きてきた。そんな子供が教会で生き抜けるだろうか。


 そして、そんな環境に身を置くことを了承して、さらには会えもしないのに手紙を送って王族の都合のいい駒にするために細工をしろというの。


 ……できない。そんなことできない。


「……なにか、無いのでしょうか。ギデオン王太子殿下、私は、教会で育ったことは無いので分かりませんが、ユーリは教会に入れるのに向いているとは思えません」

「シャロン。向き不向きではないのですわ。貴方は情が移ってしまっているのではないかとギデオンも心配していたけれど、やはりそうなのね」

「スカーレット王太子妃殿下……」

「あの子は貴方の子供でもなんでもないのよ。優しいのは良い事だけれど、割り切って、教会に入る聖女ユーリにできる限りの支援をしてあげるのが貴方にできることですわ」


 ギデオンの隣にいた美しい女性がシャロンにほほえみを向ける。それは確かに、正しい事であり、まだ結婚してすらいない女性であるシャロンにできる最大限の事だった。


「貴方には、聖女ユーリを養い育てる力はない。及ばない事なのよ。それに、覚悟はしていたはず。聖女ユーリも何も分からず誰も心の支えになる人がいないまま教会に行くより、貴方から愛された唯一の時間があった事は何よりの幸福だったと思いますわ」

「っ……」

「それに、わたくしたちにきちんと協力をして、尽くせるのならば将来的に貴方たちが聖女ユーリを養子に迎えればいいのよ」


 諭すような言葉に、はいとしか言いようがない。シャロンは次期国王であるギデオンの為にその力を使っている。彼らに逆らうことになっては、シャロンはこの第二王子の婚約者という立場すら失ってしまう。


 実家にシャロンの生きる道はない。ここ以外に行く当てがない。それは、周知の事実であり、黙るという選択肢以外は与えられていない。


 それに、スカーレットの言うことが本当ならば、シャロンは早く結婚して早く子を産んで役目を終えて、ユーリを迎えに行くしかない。そのことを伝えて彼女にできる限りの知恵を授けたり、やることは山ほどある。


 決して見捨てることなどできない、しかしそのシャロンの優しさを見込んだうえでの王太子夫妻の判断であったのかもしれないと思うと、それもまたやるせない。


 何かもっとシャロンがうまくやっていたなら、ユーリの行く先は変わったのかもしれない。


 でも今更後悔しても遅い。


 ……何とかなるはず、っていうか何とかしないとっ。


 気持ちを切り替えようとそんな事をかんがえた。目の前にいる二人への憎悪を抱いてしまわないように。


「今!! 養子に迎えます!! 婚姻の儀式を行ってすぐに!!」


 シャロンが自分の気持ちを押し殺しているときに、カインはまったく違い、怒鳴りつけるようにそう言った。


 彼だって、ギデオンたちに逆らうのは賢い選択ではないとわかっているはずだが、堪えることは出来なかったらしい。


「カイン、そう声を荒げないでくれ。優雅ではないよ」

「兄上! 私は真剣に言っているんですッ!」

「……」

「ユーリは、あの子は! 私たちの手を今離れたらどうなるか! きっとお役に立てるように仕立てます! ですから」


 カインは必死に食い下がった、手が白くなるほど拳を握っていて、睨むようにギデオンを見つめていた。


 たしかに、そうしたい気持ちでいっぱいだ。しかしそれは現実的ではない。


「……却下する。そう簡単に養子にするなどと言うが、そもそも、ユーリのような役に立つかもわからない、血筋も正当ではない子供を養う資金は出さないよ」


 提案にきっぱりとギデオンはそういった。子供を育てるというのにはお金がかかる。それは誰でも理解していることだ。


 それを言われてしまえば、カインはどうしようもない。しかしそれでもカインは引き下がることが出来なかった。


 カインとユーリの手を結んだのはシャロンだ。


 そして三人で仲良くしたいと望んだのもシャロンだ。しかし、シャロンは自分の覚悟はしていても、カインのことまできちんと考えられていなかった。


 不器用で、それでも優しく、まっとうなカインが納得をできないかもしれない事をシャロンは理解していなかった。


「なら、それなら……」


 絞り出すような声でカインは続ける。これ以上どうしようもないと思っていたシャロンだったが、カインの方にはただ一つだけ、ユーリとともに過ごす為の手段があった。


「私は……シャロンと結婚をやめてユーリと婚約をする。それなら結婚後のシャロンの為の予算をユーリに使うことが出来る」

「屁理屈を言わないでほしいね。シャロンを放り出してそれだけにするつもりかな? 結局、慰謝料の支払いも必要になるし……なにより、長年連れ添った相手を捨てて幼子を取るなど、男としても判断を疑うよ、カイン」

「っ、それでもユーリを今、手放すことは出来ないって言ってるんだ!」

「……話にならないね」

 

 呆れたようにギデオンは言う。しかし、カインは本気だった。彼がどこまで我を通すかわからない。それでも、シャロンは、なんだか納得してしまった。


 ……私、は、……。


 自分の行く末がわかってしまった。しかし恨むことも、喜ぶこともできない。自分で蒔いた種だ。カインは選んだ。より大切な方を自分の手で選び取った。


 それから、急なカインの結婚の取りやめと、ユーリとの婚約で忙しくする中、シャロンは一度だけユーリに会った。


 凄く久しぶりに会ったシャロンに、ユーリはすごく喜んだ。


 しかしその姿を見ても様々な感情が渦巻いてうまく笑えない。あんなに愛おしく思ったのに、自分が死地へと向かうのを思うと心が死んでいくようで、所詮はこんなにあさましい人間だったのだと思う。


「シャロン姉さま、これ、これあげます」


 笑顔を見せないシャロンに、ユーリは一生懸命機嫌を取ろうとして、自分の部屋のドレッサーから出してきた小さな指輪をシャロンに手渡す。


 それはネオンブルーの美しい指輪で価値があるものだとわかる。


 しかしそれを握らせて来ようとする小さなその手を、シャロンは振り払って、距離を置いた。


「っ、しゃろ、ねえさま?」


 必死に泣かないように、シャロンの名前を呼ぶ彼女に、最初に会った時のようになんだかすごく胸が苦しくなった。


 こんなにも愛しているのにシャロンはカインに選ばれず、一人遠くに行く。力もなくただ、愛せるだけ愛しただけだったのにいったい何の罰なのだろう。


 大切だと思う。今、目の前にいる少女が大切だ。愛してる。しかし、仄暗い感情がとめどなく溢れて、これ以上は苦しくて見ていられない。


「……さよなら」


 ……私はものすごく自分勝手だ。私はすごく馬鹿だ。これじゃあユーリを傷つける。


 でも、これ以上きずつけないでここを去る方法が思い浮かばない。二度と会えない。きっと実家に帰ったら、死ぬような思いをするだろう。もう二度と顔も見れない。


 ……愛してる、ユーリ。


 でも、こんなことにならなければよかったのに、と出会わなければよかったのにと望んだ。そんなシャロンはユーリを愛する資格もない。


 もしかしたら、それを見越してユーリではなくシャロンに女神様は罰を与えたのかもしれない。

 

 きっとそうだ。だからユーリは教会へ行かずに済んだし、苦しい思いをするのはシャロンだけだ。それでいいと思ったし、なんでそうなったとも思う。


 ただそうしてシャロンは離宮を去った。それから、オリファント子爵のところに戻ってからはエディーの知っている通りだ。しかし、王族を欺くために暫く脅されてシャロンは、元気だという手紙を書かされた。


 その返信にあの日受け取らなかった指輪が入っていて、シャロンはそれを支えに、日々を過ごしていたのだった。





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