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王宮の正式な儀式のときに使われる部屋は、常にカギをかけられ厳重に守られている。召喚された聖女は突然その場所に現れて戸惑って泣いていたそうだ。
多くの大人に囲まれて、泣いては眠ってを繰り返す少女は、なんの説明も受け入れられずに、ただ怯えていた。
そんな彼女の所有権を最初に手放したのは現国王夫妻だ。
王宮に召喚され、女神の加護を持つ聖女は国王夫妻がその身元を保証することが多い。養子縁組する場合もあるし、そうでなくても自分たちの派閥の上級貴族と婚約させたり様々だ。
しかし、ユーリは女神の加護をうまく使いこなせないどころか、幼く状況も把握できない。それをわざわざ人手を裂いて彼女を育てる必要があるほど、国王夫妻は困窮していない。
それに年も年だ、今から幼子の相手をするのを面倒くさがるのも納得がいく。そういったわけで、王太子夫妻にユーリの身元は一時的に任された。
王位継承に向けて、自分の地盤を固めるのに、それなりにいい材料になる事は確かだったが、王太子夫婦は多忙であり実質的にユーリの世話役が必要だった。
将来的に彼女が力ある聖女になった時にも、何かを企んだりできない相手で、それなりに身分が高貴である方が貴族としての自覚も持てるだろうという条件の中選ばれた。
「というわけでね。聖女ユーリはその資質を見るために、其方たちの離宮で面倒をみなさい」
「……承知いたしました。ギデオン兄上」
「……」
跪くシャロンとカインの前に、しきりにきょろきょろと周りに視線を送るユーリとその手を掴んだギデオンの姿があった。
「今日からここが其方の屋敷、これは姉と兄だ、いいね」
ギデオンは、真上からユーリの頭に向かってそういってから手を離して背中を押す。
すると全く聞いていなかったらしいユーリは見事につまずいて顔を床にこすりつけた。
「……見ての通り、どんくさい子供だ。立ち居振る舞いも貴族にするには優雅さが足りないね。それに何より情緒不安定で、ところ構わず泣きだしたり粗相をする、どのようにでもいいから躾けてあげなさい」
「っ、っ~、うっ、ふっ、うゔっ~」
額を抑えて泣き出すユーリをギデオンはとても冷たい目で見て居た。
その時、シャロンは初めて幼い子供を見た。貴族社会では小さな子供は当たり前のように隔離されるし、そもそも屋敷から出てくることも少ない。
末っ子だったシャロンは、母親が必要な年齢の子供を見る機会がなかった。
手足は短くて小さく、頬は丸い。髪も目も真っ黒で、不思議な子供だが、もしかすると大人になる前はみんなこんな様子なのかも知れない。
……大人になったらトマトのように髪も目も色づくのかも。
「あっ、ああ~、うぅっ、おかぁ~さん」
大きな黒い瞳から簡単に涙が零れ落ちて、その物凄く悲嘆な泣き声に胸が苦しくなる。何故だかこっちまで泣いてしまいそうだった。
しかし、そんなユーリを見ても、カインもギデオンも見苦しいものを見るような顔をするだけで、助けてやろうという気持ちは感じられない。
シャロンは思わず立ち上がってユーリの元へと向かって、どうしたらいいのか分からなかったけれど手を引いて立ち上がらせて、俵のように抱き上げて、再度ギデオンに頭を下げた。
「ギデオン王太子殿下の御前にこのような状態でいることは大変不敬であると思いますので、この子を連れて下がらせていただいてもよろしいでしょうか」
「……構わないよ。シャロン、負担をかけるが、その分仕事を減らそう」
「過分なご配慮恐れ入ります」
そのまま部屋を出て、シャロンは彼女をどうにか持ちやすい形に抱き直した。丁度顔と顔が同じ位置になるようにたて抱きにして、目を合わせると驚いた様子のユーリと目が合った。
「……驚いたけど、子供好きになれるチャンスかも。始めまして、よろしくね」
ポジティブにそういって、ユーリを抱きしめてみた。すると熱いくらいに温かい。きっと泣いていたせいだ。なんだかお菓子みたいな匂いがして、じっとり汗を掻いた肌に人間らしさを感じる。
突然のスキンシップに、ユーリは体を固くして驚いていたが、今までユーリはずっと誰の手にも落ち着けず、抱き上げてももらえずに手を引かれて引きずられるようにして歩いてきた。
しかし、この世界にきて始めて笑みを浮かべて抱き上げたシャロンにひしっと抱き着いた、それがシャロンとユーリの出会いだった。




