86 仕事の割り振りを考え直そう、多方面で。
「はい、そんな胃袋掴まれてるみなさんに相談その2」
「うん?」
私はデールとサイラスの後ろで話を聞いていたイーノックに視線を移した。
「イーノック、小王国支部で料理を作るつもり、ない? 得意なんだよね?」
「………え?」
突然話を振られたイーノックはぽかんと口を開けた。まあそうなるよね。
「実はフェルマー商会のベイジルさんから、イーノックのことちょっと聞いたんだ」
「…父から、ですか」
ベイジルと知り合ったことは報告の中で話していたが、今までイーノックは何も言わなかった。自分が商会のトップの息子だと知られたくなかったのかも知れない。
イーノックがぽつりと呟くと、デールとサイラスが驚いて振り返る。
「イーノック、お前、良いトコのお坊ちゃんだったのか」
「そんなんじゃないです。俺は次男で、家を継ぐ立場でもないし…」
色々と葛藤があっての今なのだろう。イーノックの表情は硬い。折角冒険者として再出発しようとしているのに、出鼻をくじかれた気分なのだろう。
「ギルド長、前から料理人を探してたじゃない。イーノックなら冒険者相手でも大丈夫だと思うし、ギルドの料理人、向いてると思うんだよね」
「…それは…」
「──っていうのはタテマエで」
「え?」
私はキリッとした表情を作って言った。
「パンとかパスタとかピザとかシフォンケーキとかバターケーキとか食べたい。私が」
小麦粉料理の数々が頭の中にずらりと並ぶ。ノエルが作ってくれるご飯も勿論美味しいんだけど、小麦粉料理にはまた違った魅力があるんだよね…おっとよだれが。
「お前の私欲かよ…」
「食は大事だもの。小麦粉はベイジルさんの馬車の護衛の報酬でいっぱい貰ったし、向こうで食べたパンも美味しかったし。イーノック、パンも作れるんだよね?」
「なに」
ユライト王国は小麦大国なので、ロセフラーヴァの街の主食はパンやパスタだった。
小王国では貴族や裕福層の食べ物と認識されているふかふかのパンが、庶民向けの食堂や屋台でおまけくらいの扱いで提供されているのを見て、シャノンはショックを受けていた。
私はあっちで久々にパンとかパスタとか食べて、何か滅茶苦茶感動したんだよね。魚と野菜の旨味が溶け込んだトマトソースをパンに吸わせて食べた時の美味さよ…。
「…そんなに美味いのか」
情感たっぷりに語っていたら、ギルド長とデールとサイラスの表情が変わった。食欲に負けた顔になってる。
その顔を揃って向けられ、イーノックはちょっと怯んだ。私はすかさずフォローする。
「別に今すぐ専属料理人になれって言ってるわけじゃないよ。それはあくまで今後の選択肢の一つとして心に留めておいてもらって、取り急ぎは街の依頼をこなしつつ、料理にも手を出してくれないかなって話。今まではノエルが作ってくれてたのを、私とイーノックで手分けして出来れば良いなと思って」
少し前までは、私とノエルが交替で料理を作っていた。冒険者として依頼を受ける形になるので、実績にもなる。そう説明したら、イーノックはちょっとホッとした顔で頷いた。
「そのくらいなら…できると思います」
「おっ、マジか!」
「ありがとイーノック。そしたら、後で打ち合わせしよう」
最終目標はイーノックをギルドの料理人にすることだけど、何事も段階を踏んだ方が進めやすい。まずは第一関門突破って感じだ。
「──というわけだからノエル、シャノンと一緒に行っても大丈夫だよ」
「あ…」
そして話はここに帰結する。
ノエルは少し驚いた顔で目をしばたいた。他の面々は、ああなるほど、と納得の表情を見せる。
「料理をイーノックとユウが手分けしてやってくれれば、確かに何とかなるか。書類仕事はエレノアと俺が居るしな」
「別にギルド長とデールとサイラスも料理に参戦してくれても良いんだよ? 当番制にするとかして」
「う゛っ」
話を振ったら思い切り目を逸らされた。チッ、流石に逃げるか。
「けどそしたら、街の中の依頼はどうするんだ?」
「私とイーノックで分担するよ。あと、依頼人の方にちょっと御一考願う」
「御一考?」
「前から思ってたんだけどさ──側溝掃除とか街灯の点検交換って、冒険者じゃなくて国の仕事だよね?」
『あっ』
「まあ実務は業者に頼むんだろうけど、そういう公共設備の管理って国が責任持つんじゃないの? 最終的にギルドに仕事が回って来るにしても、ご近所さんからギルドに直接依頼が来るっておかしいよね?」
『……』
小王国支部の面々はぽかんと口を開けている。考えたこともなかったって顔だ。
私はロセフラーヴァ支部の2人に視線を向けた。
「ジャスパー、キャロル。ロセフラーヴァ支部にはそういう依頼って来るの?」
「どうだろうな…?」
「たまに来るわよ。ただ、魔物が棲みついて一般人じゃ作業が出来ないからって感じで、魔物の討伐とセットになってることが多いわね。だから、街の管理局か、管理局から仕事を請け負った業者が依頼人になってるわ」
その手の話はキャロルの方が詳しかった。そして、概ね予想通りの答えだ。やっぱり小王国支部の依頼はちょっとおかしい。
「今すぐ全部突っ撥ねるのは無理だと思うけど、依頼人とか、そっち系の仕事やってくれそうな業者とか、あと国とかに情報回して説明すれば、街の中の依頼も私とイーノックが片手間にやるくらいで処理できる量になるんじゃないかな」
元々シャノンを応援するために仕事を作ってくれていたご近所さんも多いのだ。事情を話せば分かってくれるだろう。
「おい待て、国に情報回して説明するって、誰がやるんだよ」
「そりゃギルド長がやるに決まってるでしょ?」
「ゲッ」
「やるべき事をやってないのはあっちなんだから、今までの依頼状況まとめて『お前らが働け税金喰らい』って書類叩き付ければ何とかなると思う」
淡々と言ったらギルド長が顔を引きつらせた。ものすごく嫌そうな顔してるけど、こればっかりはトップの仕事だ。
グレナがにやりと笑う。
「そうさね、ゴミ捨て場で駄弁りながら賄賂要求してくるヒマ人も居るくらいだ。ドブさらいは騎士団にでもやらせりゃあ良いさ」
頑張んな、とギルド長の肩を叩くあたり、グレナは手伝う気は無いらしい。
まあ、たまにはギルド長らしい仕事をしてくれても良いよね、ギルド長。『嫌だ』って言って逃げ出さないあたり、ちょっと成長したねギルド長。
…料理修行の時みたいにケットシーに捕獲されて連行されるから逃げても無駄だって悟っただけかも知れないけど。
──結局その日、ノエルとシャノンは悩んだまま帰宅し、翌日、2人揃ってロセフラーヴァの街へ行くと宣言した。
移動するのは、シャノンが15歳になる来月以降。小王国支部で『冒険者見習い』から『冒険者』に登録変更し、小王国支部からの長期遠征という形にする。
ノエルも同様に籍を小王国支部に置いたまま、長期出張扱いでロセフラーヴァ支部に勤めることになった。…マグダレナにダメ元でそういう希望を書いた手紙を送ったら、あっさり全部通ったのだ。あまりにもスムーズな展開に、ギルド長は呆然としていた。
決まってからは、慌ただしく準備が進む。
イーノックは、ノエルから小王国の料理を教わりながら、ノエルと私にパンやパスタの作り方を教えてくれた。ユライト王国では米の方が貴重なので、安価な小麦粉を使った料理も覚えておいた方が良いとアドバイスしてくれたのだ。
お礼にカレーの作り方を教えたら、イーノックもノエルも試食した他の面々もちょっと食いつきがヤバかった。カレー恐るべし…。
シャノンは街の依頼をこなす傍ら、隣国に修行に行くことを依頼人に伝え、依頼の内容を考えるよう頼んで回ってくれた。業者にも声を掛けてくれたらしく、暫くすると街の中の依頼はぐんと減った。
なお、ギルド長は国──と言うか城にちゃんと出向いて要望を伝えたそうだ。『側溝とか街灯は定期メンテナンスが必要なんだって訴えたら滅茶苦茶驚かれたぞ』と荒んだ目で笑っていた。知らなかったって…マジかよ。
ジャスパーとキャロルは、ノエルとシャノンがロセフラーヴァへ出発する日まで小王国に滞在し、魔物の討伐や各種依頼をこなしていた。
『調査のため』『帰るタイミングがシャノンたちの移動日と被ったのはただの偶然』と言い張っていたが、多分ノエルとシャノンを護衛してくれるつもりなんだろう。助かる。
デールとサイラスはいつも通り魔物の討伐をしていたが、上級冒険者2人が街の中の依頼も受けていたので釣られて討伐以外の依頼もこなすようになって、『意外とこっちのが大変…』と呟いていた。依頼の処理をするエレノアは苦笑いしていた。
私は料理と街の依頼と魔物の討伐をはしごする日々だ。みんなにドン引きされてた気もするけど、必要だから仕方ないよね。
──そうして、1ヶ月後。
ノエルとシャノンは、ジャスパーとキャロルと共にロセフラーヴァの街へと出発した。




