85 ご相談
「──で」
ジャスパーとキャロルが落ち着いたのを見計らって、ギルド長が再度こちらを向く。
「今のが報告その1ってことは、まだ続きがあるんだろ?」
「あるよ。まあ報告と言うより、相談なんだけど」
「相談…?」
私はシャノンに視線を向ける。ここから先は本人が話した方が良いだろう。
意図を察して、シャノンは緊張した面持ちで口を開いた。
「その…実は私、マグダレナ様に『弟子にならないか』って誘われてて」
『えっ!?』
「マグダレナ様は回復魔法も風魔法も使えるし、両方学べるすごく貴重な機会だし、早く一人前になりたいから…私、マグダレナ様に弟子入りしたいんです!」
目を見開く面々の中で、真っ先に反応を返したのはグレナだった。カラリと笑う。
「やっぱりね! あの人の名前が出て来た時点で、シャノンに声を掛けてるだろうとは思ってたよ」
自分の弟子が横取りされそうな場面だというのに、グレナは笑みを浮かべて大きく頷いた。
「良い機会じゃないか。あの人は私の師匠だ、実力も間違いない。まあちっとばかし、厳しくはあるが…シャノンなら大丈夫だろう」
「グレナ様…」
「グレナ様の師匠…想像がつかないな」
「すげぇバアさ痛って!」
失礼なことを口走り掛けたデールを、グレナが即座に引っ叩く。
「口の利き方に気を付けな。どこに耳があるか分からないからね」
「え?」
「あ、そういえばこっちの情報はルーンから筒抜けだったっけ。ね、ルーン?」
《え、そうなのか?》
話を振ったら首を傾げられた。…あ、向こうにアルが居るって説明してなかったか。
「ルーンのお兄さん…白いケットシーの、アル。マグダレナ様の友人なんだって。ロセフラーヴァ支部の内偵に協力してたよ」
《あいつが!?》
「だからマグダレナ様、私とシャノンが新人研修受けに行くって事前に把握してたんだよ。ルーン、お兄さんに話したんでしょ?」
《話した。話したけど1コ訂正》
「?」
《──アルは弟! 俺が兄!!》
ルーンの念話が大音声になった。黒い尻尾がぶわっと膨らむ。
《自分の方が一回り大きいからっていっつも兄貴面してるけど、俺の方が魔法を使えるようになるのも独り立ちするのも早かった! だから俺が兄であいつが弟!》
どうしても譲れないところらしい。この口振りだと同腹の兄弟みたいだから、兄と弟の区別なんてあってないようなもんだと思うけど。
「兄か弟かって、産まれた順番で決まるんじゃないの?」
《…母親に聞いたけど『どっちを先に産んだかなんて覚えてないわよ、必死だったんだから』って言われた》
「ああ…」
それはどう足掻いても解決出来ないやつだ。定期的に連絡は取ってるみたいだから仲が悪いわけじゃないんだろうけど、この地雷は安易に踏み抜かない方が良いな…。
「分かった分かった。──んで、シャノンの弟子入りの件だけど…どうかな?」
話を戻すと、ギルド長が腕組みした。
「良いんじゃないか? 本人が希望してるなら止める理由は無いさ。修行が終わったら小王国支部に帰って来てくれたら嬉しいが…それも本人の自由だ」
軽い口調で言う。デールとサイラスも頷いた。
「回復魔法の師匠が見付からないって悩んでたもんな。逃がす手はないだろ」
「良い師匠が見付かって良かったな、シャノン!」
「あ、ありがとうございます」
予想通り、男性陣は誰も反対しない。問題は──
「……」
青い顔で固まっているノエル。シャノンが恐る恐る視線を向けると、ノエルは一瞬目を逸らそうとして、すぐ頭を振ってシャノンに向き直った。
「…弟子入りするってことは、あちらで生活するってことよね? 通える距離じゃないもの」
「…うん」
「あ…」
ノエルの隣でエレノアが小さく息を呑んだ。デールとサイラスの顔からも、波が引くように気楽な雰囲気が消える。弟子入りするとどうなるのか、ようやく想像がついたのだろう。
「住むところはどうするの?」
「マグダレナ様が用意してくれるって…」
「食事は? 家事は? 厳しい修行なのよね? 全部一人で出来るの?」
「…頑張るから」
ノエルの口調が厳しくなって行くにつれ、シャノンがギュッと拳を握って言葉少なになって行く。多分ノエルは心配してるだけなんだけど、これは良くない雰囲気だ。
その流れをぶった切ったのはギルド長だった。
「シャノンのことが心配なら、ノエルもロセフラーヴァ支部に異動するか?」
『………へ?』
一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。ノエルがロセフラーヴァ支部に異動する…首を傾げ、ギルドの規程の中にそれらしい項目があったことを思い出す。
「…ギルド職員の『帯同規程』が適用できるってこと?」
「…よく知ってるな」
呟いたら驚かれた。
新人研修受ける前に色々勉強したからね、ギルド職員の規程も読んだ。冒険者が自由に読めるような場所に明らかに『社外秘』の資料置いといて良いのかなってすごく疑問に思ったけど。
「マグダレナ様に『職員として働きませんか?』って声掛けられる程度には知ってるよ、色々と」
胸を張ってみる。
なお、エイブラムにも同じようなことを言われたのは全力で記憶の闇に葬っておく。
ギルド職員の帯同規程とは、ギルド職員が転居を伴う配置替えになった場合──例えば本部職員が地方の支部に異動になった場合に、移動費用ギルド持ちで家族を連れて行くことが出来る、という制度だ。
これは逆パターンも有りで、配偶者の仕事の都合などで引っ越す場合、引っ越し先に冒険者ギルドの支部があればそこへ異動という形で入ることが出来る。
地方の支部で直接雇用された職員は基本的に転居を伴う異動はないが、本部職員だとたまにあるらしい。職員に長く勤めて欲しいという冒険者ギルドの切実な思いが透けて見える制度である。
今回の場合、シャノンがマグダレナに弟子入りするにあたって、ノエルが帯同することになる。
シャノンの弟子入り先もノエルの異動先の上司もマグダレナだから、許可を得るのはそれほど難しくはないだろう。ロセフラーヴァ支部は色々大変なことになってるだろうし、人手が増えるとむしろ喜ばれるかもしれない。
「ノエルは最初からこの支部で、かなり例外的な仕事の仕方をしてきたからな。ここらで一般的な支部での業務を経験するのもアリだろ」
(…あのマグダレナ様が職員とか冒険者の処分をしてる支部で『一般的な』業務が経験できるかどうかは謎だけど)
そこは黙っておこう。
「私が、ロセフラーヴァ支部に…?」
ノエルもシャノンも明らかに戸惑っていた。正直私も驚いた。まさかギルド長からこんな斜め上の解決策が出て来るとは…。
「おいユウ。お前、今失礼なこと考えてるだろ」
「え? ヤダな気のせいだよ」
気のせい気のせい。気のせいってことにしといて。
「ま、待ってください。私、修行って言っても何年掛かるか分かりませんよ?」
シャノンが我に返って声を上げる。それに即応したのはグレナだった。
「私の経験上、長くても1年だね。あの人は延々と修行させ続けたりはしないよ。目標を持ってる弟子に対しては特にね」
なるほど、短期集中型か。それなら先の見通しも立てやすい。
「でも…お母さんも抜けて、こっちは大丈夫なんですか?」
シャノンの指摘に、エレノアがあ…と声を上げるが、それを遮るようにギルド長が自信たっぷりに頷く。
「こっちは心配すんな。どうにかするのが残る人間の仕事だ。なあエレノア?」
「は、はい! そうですよ! …ノエルさんのご飯が食べられなくなるのはちょっと寂しいですけど…」
「ああ…」
「それはなあ…」
しょんぼりと犬耳を伏せるエレノアに釣られて、デールとサイラスも沈んだ表情になる。
これは…もう一つの相談をゴリ押──ゲフン、激推しするチャンス、到来だな。




