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72 辞めるのは貴方の方です。


『!?』



 全員の視線が、声の主──ユリシーズへと集中する。


 上品な所作で立ち上がった美少女は、凪いだ湖面のように静かな目をエイブラムに向けていた。

 その雰囲気が、普通と違う。何と言えば良いのか──殺気とか敵意とかじゃなくて、こう、本能的に『逆らっちゃいけない』と思わせるような存在感がある。


「…な、なんだと?」


 それを少なからず感じているのか、エイブラムの腰が引けている。が、すぐに頭を振ってユリシーズを威嚇するように目を吊り上げた。


「──新人風情がいきなり何を言い出す! お前も除名してもいいんだぞ!?」


 うん、その態度、現時点で一番の悪手な。


 私が内心確信していると、ユリシーズがにっこりと笑みを浮かべた。



「新人、ですか。──()()()()も忘れたのですか、エイブラム?」


「へ──」



 ユリシーズが一歩踏み出すと、眼前に複雑な魔法陣が浮かんだ。それを通り抜けた瞬間、ユリシーズの髪の色が変わる。焦げ茶色から──艶めくプラチナブロンドへ。


「な…!?」


 ジャスパーたちがギョッと目を見開いた。素人にも分かる。多分、相当高度な魔法だ。


 コツコツと足音を立てて前へと進んだユリシーズは、エイブラムを見上げて静かに腕を組んだ。

 エイブラムは胡乱な表情でプラチナブロンドになったユリシーズを見遣り──その顔から音を立てて血の気が引いて行く。



「──ま、マグダレナ様!?」



 ガタン!


 大きく後退ったエイブラムは、背後の黒板に思い切り背中をぶつけた。その横で、メラニアが両手で口元を覆う。



「マグダレナ…()()()()()()!?」


『っ!?』



 メラニアが呟いた途端、ジャスパーたちが驚愕の表情で固まった。


 …え、サブマスター? それって確か、冒険者ギルドの上から2番目の人の肩書きじゃなかったっけ…?


 各支部の長は通常『ギルド長』と呼ばれているが、正式には『支部長』。その各支部を統括する、冒険者ギルドそのもののトップが『ギルドマスター』。で、その補佐をする上から2番目、副社長的な立ち位置が『サブマスター』だったはずだ。


 …冒険者の新人だと思ってたら自分の組織の上から2番目でしたってか。そりゃその反応になるわな…。

 私、その偉い人に思いっ切り呼び捨てタメ口で指示飛ばしたりしたけど。登録抹消かな…。


 思わず遠い目になっていると、ユリシーズ改めマグダレナは、小さく溜息をついてエイブラムへと近寄った。


「エイブラム。ここ数日、貴方を含めたこの支部の職員たち、及び所属する冒険者たちの振る舞いを見せてもらいました」

「…!」

「…そういう顔をするということは、少なからず後ろめたいことがあるということですね?」


 顔を引きつらせるエイブラムに、マグダレナが薄らと笑う。『ユリシーズ』と同じ顔のはずなのに、迫力が段違いだ。纏う空気が全く違う。

 見た目美少女だから、余計に怖い。


「小王国支部所属の冒険者に対して詐欺紛いの方法で所属支部を変更させようとしたこと、新人研修の実力テスト問題の意図的な差し替え、本人の意思に沿わない強引な勧誘、ギルド内での窃盗の黙認、公平ではない依頼料の設定、不適格な講師の問題行動の放置、研修修了者に対する不当な扱い…いずれも、看過できるものではありませんよ」


 淡々と並べ立てる。どうやら、『ユリシーズ』の前で起こったこと以外も把握しているようだ。


 もしかして、ギルド職員に内通者でも居るんだろうか。…居そうだな。何せサブマスターだし、この支部四六時中職員募集してるらしいし、一般公募で採用された職員の中にこの人の息が掛かってる人員が居てもおかしくなさそう…。


 エイブラムは息を呑み、数秒後、辛うじて薄ら笑いを浮かべた。


「…責められるほどのことではないでしょう。それら全て、()()()()()()()()のはずです。窃盗にしても、証拠が無いから衛兵に突き出せない、ただそれだけの話ですよ」


 うわ、逃げ始めた。


 そりゃあ窃盗の証拠なんて残りようがない。だって盗まれたら食べられちゃうんだもんね。私みたいに罠とか仕掛けなきゃ、誰が食べたのかすら分からないだろう。


 エイブラムの苦しい言い訳を聞いて、マグダレナは一つ頷いた。


「ええ、規約の上ではそうでしょうね」

「そうですとも。お忙しい貴女にご足労いただくような事では──」


「あら。私がここに来た理由は、先程言ったのとは()()()()()ですよ?」


「…は?」



 ぽかんと口を開けるエイブラムに、マグダレナはそれはそれは綺麗に微笑んだ。


「──つい先日、昨年の本部職員採用試験の筆記試験の問題が()()()()()()()()()という内部告発がありまして」

「…!」


 エイブラムの表情に変化はなかったが、肩が一瞬、ぴくりと跳ねた。


 試験問題の流出って…え、まさか試験前に内容が外部に漏れたってこと? それ、受験者の手に渡ってたら大問題だよね?



「…昨年、貴方のご息女は()()()()()()()()()筆記試験を通過していましたね、エイブラム」



 あっ。



「それにしては、面接試験での受け答えは合格すれすれ、採用されてからの勤務態度と知識に難有り、とのことですが」



 マグダレナがサクサク指摘していく。それはちょっとあからさま過ぎというか…不正するならもうちょっと上手くやれよ、というか…。

 エイブラムはあくまで余裕の表情をしているが、よく見るとこめかみのあたりが引きつっている。


「…証拠は無いでしょう。失礼なことをおっしゃらないでいただきたい。娘は実力で合格したのですよ」

「証拠ならありますよ」

「え」

「ユウさんが研修初日の実力テストで渡された試験問題は、流出した一般公募試験の問題と一字一句同じです。──一般公募試験の問題用紙は受験者にも持ち帰りを禁止していますし、記憶を頼りに再現したのだとしても、()()()()()()稿()()()()が入っているのはおかしいですよね?」


 …あれ、本部職員の採用試験の問題だったのか。道理で法令関係の問題が多かったはずだ。

 けど、流出した──多分盗んだ用紙をそのまま私に渡したんだな。変なところで杜撰(ずさん)だなオイ。


 あの問題用紙は『ユリシーズ』がバッチリ見てるし、何だったらまだ私の手元にあるから『メラニアに渡された』って証言付きで物証として提出出来る。まあわざわざ偉い人がこの支部まで潜入捜査に来るって事は、流出した問題用紙がエイブラムの手に渡ったって確証が既にあるんだろうけど。


「ユウさん、あの問題用紙、後で私にいただけますか?」

「勿論です」


 私が即答すると、マグダレナはにっこりと笑い、エイブラムへと視線を戻す。


「エイブラム。それから、メラニア。昨年の一般公募試験の試験問題の決定稿をどこから入手したのか、後でじっくりと聞かせていただきましょうか」

『……』


「それから」

「それから!?」

「街の住民からの依頼と近隣の農村からの依頼で、依頼料に大きな差があるという報告を受けています。規約上、ある程度は許容されていますが──」


 ジャスパーが言っていた件だ。顔を引きつらせるエイブラムに、マグダレナはこてんと首を傾げた。



「──本部に提出されるこの支部の収支決算書では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになっています。おかしいですね?」



 わー、もうそこまで調べてあるんだ。流石サブマスター、仕事が速い。

 つーかそれ一発アウトじゃん。その差額、どこに行ったんだよ。


 色を失うエイブラムに、マグダレナはイイ笑顔で告げた。



「このような疑惑が積み重なっている貴方を、これ以上野放しには出来ません。現時点をもって、ロセフラーヴァ支部ギルド長、エイブラムの()()()()()()。代わって、私、サブマスターのマグダレナがギルド長代理となります。よろしいですね?」

「そ、そんな横暴な…!」

「そのための権限がサブマスターにはあるのですよ。それに、貴方にだけは『横暴だ』などと言われたくはありません」


 ごもっとも。







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