59 問題のあるギルド長
テストの採点はすぐに終わったらしく、女性職員は20分ほどで戻って来た。
名前と共に点数が読み上げられ、解答用紙が返却される。100点満点中、50点から60点ほどが多いようだ。
「──シャノンさん」
「はい」
「95点です」
告げられた瞬間、少年たちがどよめく。解答用紙を取りに行くシャノンの頬が紅潮していた。
「素晴らしい知識です。座学は基本講義のみで大丈夫ですね。希望があれば他の講義にも出られますよ」
「ありがとうございます」
「では最後に──ユウさん」
「はい」
私が応じてから数秒の沈黙を挟み、
「………75点です」
何故か非常に悔し気に、女性職員が言った。少年たちが拍子抜けしたようにこちらを見る。
…いや、だって『志望動機』に『ふざけんな(意訳)』って書いたんだよ? そりゃ高得点にはならないって。むしろあれだけ好き勝手書いておいてこの点数になったのが奇跡だよ。
「座学は基本講義のみで結構です。それから今回のテストについて、ギルド長がお話をしたいと仰せです。この後ギルド長室に来るように」
やたら高圧的な言い方だな。
「それは命令ですか? それとも要請ですか?」
私はこのギルドの所属じゃないから、命令に従う義理はないんだけど。
笑顔に込めた意味はしっかり伝わったらしい。女性職員はぐっと言葉に詰まり、要請です、と呻いた。
「承知しました」
涼しい顔で頷いておく。
その後改めて新人研修のスケジュールの確認と、基本講義と補足講義の説明が行われた。
座学は今日と明日、そして明後日の3日間。全員受講必須の基本講義は今日の午後と明日明後日の午前中に行われ、テストの点数と個人の希望で割り振られる補足講義は明日と明後日の午後に行われる。
私とシャノンは補足講義は必要ないと言われたが、受講料は変わらないし折角なので少し受けてみることにした。私はこの近隣地域の魔物に関する補足講義を、シャノンは回復魔法の補足講義を選択する。
「回復魔法の講義があるとは思いませんでした」
「回復魔法の使い手は引く手数多だからね。ギルドとしても力を入れたいんじゃない?」
しかしそうなると、その講義の最中に『こっちの支部で働かないか』と勧誘を受けるのは目に見えている。まあシャノンがそれに乗ることはないだろうけど。
「講義中、変な奴に絡まれないように気を付けてね、シャノン」
「大丈夫ですよユウさん。ほら、回復魔法の講師の名前…」
「…あっ」
とても見覚えのある名前に、私は思わず声を上げた。──チャーリー、お前魔物鑑定士以外の仕事もしてたのか。
「…何か別の苦労が発生しそうな予感が…。シャノン、ムカついたら殴って良いからね」
「…殴らなくて済むように頑張ります…」
補足講義の希望を提出したら、少し早いお昼休憩に入る受講者たちと別れ、私はギルドの4階へ上がる。
案内役は女性職員ではなく、昨日受付で最初に声を掛けた若い男性職員だ。どことなく濁った眼をしているのが気になる。
「…ギルド長の機嫌を損ねないように気を付けてください」
ぼそり、声が低い。ごめん多分それ無理だと思う。
ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を突っ切って、突き当たりの重厚な扉を男性職員がノックすると、入れ、という勿体ぶった声がした。
「…失礼します。小王国支部所属の冒険者、ユウさんをお連れしました」
「失礼します」
一応の礼儀として入室してすぐ一礼すると、執務机らしい大きな机の向こうでふんぞり返る初老の男が満足そうに頷いた。
「なるほど、礼儀は弁えているようだな。──お前は仕事に戻れ」
「はい」
男性職員がすぐに一礼し、逃げるように退室する。
扉が閉まると、男はちらりと斜め後ろに視線をやった。そこには例の女性職員が、まるで秘書のように佇んでいる。
「──こちらは冒険者ギルドロセフラーヴァ支部のギルド長、エイブラム様です」
「…小王国支部所属の冒険者、ユウです」
さあ名乗れ、と言わんばかりの視線に、こちらも自己紹介する。さっき案内してくれた人が言ってたんだから不要じゃんかと思わなくもないが、こういう形式にこだわる面倒な人は往々にして居るからな。
年齢は50代後半から60代前半、グレナより少し年下くらいだろうか。中年太りの下っ腹がいっそ見事だ。在籍期間が長く、ギルド長としてもやり手らしいが…完全に私が嫌いなタイプの上司と同じニオイがする。実際に加齢臭もしそうだけど。
「先程のテストだが──実は私の部下が誤って別の試験問題を渡してしまったらしくてな。それを上司として謝罪するためにわざわざここまで来てもらったのだ」
謝罪と言うわりに態度がデカい。あと、『誤って』じゃなくてわざとだろ、あれ。
「いや、済まなかった。──だが、あの問題であれだけの正答率を叩き出すのは素晴らしい」
謝罪もそこそこにさっさと話題を変えるあたり、無駄に慣れてるっぽいな。
「数字に強く、規約や法律にも明るい。…どうだ、私の下でギルド職員になる気はないか? 君なら即戦力になれるだろう」
あっ、ダメだウゼェ。
「解答用紙に『ギルド職員になるつもりはない』と書いたのですが、読みませんでしたか?」
相手が笑顔で言い放つので、私も笑顔で応じる。
「なに…?」
「私は冒険者です。職員になるつもりはありません」
「だ、だが、冒険者は不安定な職業だ。女性がなったとして長く続けられる職種ではないし、実際早々に引退してギルド職員になる冒険者も多い。だったら最初から職員になれば良いだろう。折角この私が言ってやっているのだぞ?」
うんその言い方が既にダメなんだけどな。『この私が言ってやっている』って、何様だよ。…ギルド長サマか。
「嫌です」
スパンと言い放ち、私は言葉を続ける。
「そもそも私は『冒険者の新人研修』を受けるつもりでこの支部に来たんですよ。それなのに、新人研修の申し込みのハズが『冒険者登録申請書』を書かされそうになったり、試験問題が意図的にすり替えられていたり、真面目に問題を解いたら何故かギルド職員に勧誘されたり、正直わけが分かりません。私は、小王国支部所属の冒険者、なんですよ」
一息に言い放ち、すうっと目を細める。
「──ご立派な支部のご立派なギルド長と職員が、一々弱小支部の冒険者の邪魔をしないでいただけますか。就職を希望する人間も、冒険者登録を希望する人間も、いくらでも居るでしょう。私に構ってる暇があるなら、そっちに力を入れてください。時間の無駄です」
「なっ…き、貴様、私にそんな口を利いて良いと思っているのか! 登録から3ヶ月以内に新人研修を修了出来なければ、正式な冒険者として活動出来んのだぞ!?」
「ええ、知ってますよ」
内部に取り込めないとなったら、今度はパワハラか。そういう思考だから勧誘されても欠片も食指が動かないんだけど、理解出来ないんだろうな。
あと、その程度の脅しに屈するようならこういう挑発はしないんだわ。
「筆記テストは職員として勧誘したくなる程度には良い成績だったんですよね? この後、難癖付けて研修を妨害するようなら、証拠を集めてギルド本部へ正式に抗議します」
「なっ…!?」
「規約と法律を一通り把握してる人間を敵に回すってのはそういうことです。──ギルド職員としての就職はお断りします。今後の妨害は──お勧めはしませんが、どうぞお好きに」
自滅したいなら好きにしろ。笑顔で告げて、さっさと踵を返す。…無駄な時間だったなあ…。
ドアを閉める直前、ふと思い出して顔だけ振り返る。
「ああそうそう。ご存知かも知れませんが、こちらの支部に所属していたデュークとエドガーを再起不能にしたのは私です。物理的に妨害するつもりであれば、相応の覚悟の上でどうぞ。──色々保証はしないけどね」
『…っ!?』
目を見開いて固まるエイブラムと女性職員を尻目に、私はバタンと扉を閉めた。




