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55 助っ人

 新人研修が決まったとはいえ、すぐに行くわけにはいかない。


 魔物の討伐はデールとサイラスとギルド長が居るし、私が抜けたところで何とかなる。が、街の中の依頼は今までシャノンが一手に引き受けていてくれたのだ。そちらをどうするかという問題があった。

 一気に2人抜けるというこの状況、普通なら『詰んだ』となるところだが──ギルド長は隣国の支部から助っ人を連れて来ていた。


「よ、よろしくお願いします!」


 緊張の面持ちでビシッと頭を下げる若い男。五分刈りくらいの丸坊主だが、顔には辛うじて見覚えがあった。


「えっと…イーノック?」

「はい!」

「随分印象変わったね…」


 辛うじて私が呻くと、イーノックは照れくさそうに頬を掻く。


「最初は冒険者を辞めようと思ってたんですが…ギルド長(カルヴィンさん)が『魔物と戦わなくても活躍する場はいくらでもある』と言ってくださいまして。僕に出来ることは少ないかも知れませんが、もう少し頑張ってみようかと」


 表情が明るい。それは大変良いことだが…何で丸坊主に?

 あと、服装も違う。前はいかにも『魔法使い』という感じのローブ姿だったが、今は本当に駆け出しの新人のような、動きやすそうな上下にベストという格好だ。杖も持っておらず、武器は腰に差した短剣だけ。正直、以前とはまるで別人だ。


「杖と装備は全部売りました」

「えっ?」

「僕の実績は、あのパーティに所属していたからこその実績なので…それを引きずり続けるのは違うだろうと。ギルドで手続きして、実際に討伐したもの以外の実績は可能な限りなかったことにしてもらいました。報酬も返上になるので、その分を杖とその他装備品と髪の毛で支払いました」


 人毛はかつらの材料になるので、それなりに良いお値段で売れるのだという。しかし、そこまで徹底するか…報酬は報酬なんだから、有難くいただいておけば良いのに。


 いやでも、それがイーノックなりのけじめの付け方だったんだろう。後ろめたい過去を可能な限り清算したイーノックは、とてもすっきりとした顔をしていた。


「これからまた、一から頑張ります。みなさんにはご迷惑かも知れませんが…」

「いや、そんなこと無いって!」

「来てくれて本当に助かる! よろしくなイーノック!」


 少しだけ俯くイーノックに、デールとサイラスがすぐにフォローを入れた。私も笑顔で頷く。


「街の中の依頼はシャノンが一人で担当してて、大変なんだよ。来てくれてありがとう、イーノック」

「…よろしくお願いします、イーノックさん」


 シャノンは微妙な顔をしている。デュークとエドガーの印象が強かったから、イーノックにも複雑な感情を抱いているのだろう。だが、


「シャノン、イーノックが街の中の依頼をやってくれれば、シャノンが討伐に出る機会も作れるでしょ? 出来ることが増えるよ」

「あ……はい!」


 新人研修の間のフォローも勿論だが、研修が終わった後も、イーノックが居てくれればシャノンが他の依頼を受けられるようになる。ずっと魔物の討伐を経験したいと言っていたシャノンだ。これは良い機会だと思う。


「と言っても…多分いきなりイーノックだけで街の依頼をこなすのは大変だと思うんだよね。だから、手始めにシャノンが依頼の片付け方を教えてあげてくれない?」

「え!? 私がですか!?」

「このギルドでの経験で言えば、シャノンの方が先輩だからね。それに多分、隣国の支部とここの支部じゃ、依頼の片付け方が全然違うから…」


 隣国の支部は所属する冒険者も多いと聞く。多分、依頼は1件1件受注して片付けてを繰り返す形式だろう。全ての依頼を把握してまとめて片付けるなんて方法は取っていないはずだ。


「そうだな、それが良いだろう。…どれくらいの期間が必要だ?」


 ギルド長に訊かれ、私はざっくり計算してみる。


「最低でも10日くらいは必要かな…よく依頼をくれる人との顔つなぎもあるだろうし、シャノンが不在になるのは一時的だっていうのも知らせておきたいし、イーノックが慣れるのにもそれくらいは掛かると思う」


 街の中の依頼は、家の片付けに買い物代行、街灯の点検、街の設備の掃除など多岐にわたる。全部をきちんと引き継ぐなら10日では足りないくらいかもしれないが、新人研修も待ってはくれないだろう。

 そう説明すると、イーノックが若干青くなった。


「…依頼って、そんなに色々あるんですか…?」

「あるよ。街の便利屋みたいな感じだからね」

「お金を扱うことも多いので、気を付けないといけないんです」


 私とシャノンが平然として言うと、イーノックは一瞬固まり、数秒後、深々と頭を下げた。


「…ご指導よろしくお願いします、先輩」





 その後予告通り10日掛けてイーノックに仕事を引継ぎ、私とシャノンは隣国ギルドへ向けて出発した。


 なお、イーノックへの引継ぎは結局私も立ち会うことになった。魔物の討伐はギルド長とデールとサイラス、時々ルーンだけで間に合う規模だったし、シャノンはどんどん自分のペースで仕事を片付けてしまうので、イーノックに教えるのがどうしても後手に回っていたからだ。


 イーノックには『覚えが悪くてすみません』と謝られ、シャノンには『どう教えて良いのか分からないんです』と頭を下げられた。

 いや、どちらも悪くない。人に教えるのは存外難しいんだ。どう頑張ったって仕事のペースが落ちるから、『今日やるべき事』が山積みだと焦って説明が適当になるしね…。


 シャノンが依頼をこなす横で私が解説したり、一部をイーノックにやってもらったり、複数の依頼を同時並行でこなす時の優先順位の付け方を教えたりしているうちに、10日の準備期間はあっという間に過ぎた。

 なお出発前、イーノックが少々不安そうな顔をしていたので、いざとなったらルーンに相談すると良いとアドバイスしておいた。ルーンは『任せとけ』と胸を張り、ギルド長は『そこは俺に相談するように、だろ!?』と叫んでいた。

 …討伐依頼ならともかく、街の中での依頼の優先順位はギルド長には分からんでしょ。


 そのギルド長の計らいにより、隣国ではギルド支部に程近い宿屋に泊まれることになっている。シャノンは仮眠室でも良いと言っていたのだが、ギルド長にもグレナにも、チャーリーにも止められた。あちらの支部は24時間営業で出入りする冒険者の数も多いので、鍵の掛けられない仮眠室はお世辞にも『治安が良い』とは言えないそうだ。

 …まあデュークとエドガーが我が物顔で在席してた支部だもんね。ああいう類の人間、絶対居るよね。



 ──で。



「ユウさん、大丈夫ですか?」


 隣国との境、関所に向かう乗合馬車の中。シャノンの心配そうな声が聞こえる。


「……ぬううう……」


 馬車の窓に右のこめかみを押し付け、私は辛うじて呻き声を返した。


 街道には『建築の勇者トラジ』の石畳が敷かれているが、正直馬車の乗り心地はあまり良くない。車輪が金属と木だし、衝撃を吸収する構造も不十分のようだし、座席のクッションもへたっているので振動がダイレクトに伝わるのだ。自家用車でアスファルトの道路を走っている時のような快適さは望むべくもない。…頭では分かってるんだけど、ここまで見事に馬車酔いすると、恨み言の一つでも呟きたくなる。


「…せめて座面を張り替えて欲しい…」

「……そうですね…」


 シャノンもいささかげっそりした顔で頷いた。彼女も馬車に乗るのは初めてだというが、馬車酔いもせず私を心配するくらいの余裕がある。よほど三半規管が強いらしい。


「乗合馬車は初めてかい?」


 シャノンの隣に座る初老の男性が苦笑して訊いて来た。ちなみに最初はシャノンが窓際、私がこの男性の隣に座っていたのだが、私が酷い馬車酔いになったので『酔う奴は窓際に居た方が良い』という彼のアドバイスに従って席を交換した。


「初めてです。こんなに揺れるなんて思ってなかった…」

「慣れればそれなりに快適なんだけどな…ああそうだ」


 男性は自分のバッグを漁り、薄いクッションを2個取り出した。薄いとはいえ、それが入っていたバッグより明らかに大きい。どうやら男性が持っていたのは普通のバッグではなく、魔法道具の圧縮バッグだったらしい。


「良かったらこれを敷くと良い。多めに綿を入れてあるから、ある程度振動はマシになるはずだ」

「すごく有り難いですけど…良いんですか?」

「気に入ったら買ってくれ。俺は商人なのでな」


 男性がぱちりとウインクした。

 純然たる善意ではないあたり、かえって気が楽だ。商魂たくましい男性の気遣いをありがたく受け取る。


「…ありがとうございます」

「ほら、こっちのお嬢さんも」

「あ、ありがとうございます!」


 シャノンの声が少しだけ弾んでいる。やっぱりこの振動は辛かったらしい。


 …お試しとして提供されたクッションは、この後きっちり私たちにお買い上げされた。





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