32 小王国の『勇者』
5日後の朝、小王国首都アルバトリアの大通りで、盛大なパレードが行われることになった。
主役は勿論、このたび召喚された『勇者』と『聖女』。大通り沿いには人が詰めかけ、ギルドの前も扉の開閉が出来ないくらいすし詰めになっている。
「…うわあ…」
早朝からそんな感じだったし街の外へ続く門も閉まっているしで、正直仕事にならない。
既に全員集合してはいるが出掛けられないので、私は昼食の仕込みを手伝うことにした。
「そういえばノエル、最近ギルド長もデールもサイラスも、食べ終わった皿そのままテーブルに置いてどっか行っちゃわない?」
話題は主に食事時の男性陣についてだ。
最初はどんな料理も感激しながら食べていたが、最近慣れてきたらしく、美味しかったとかありがとうとか言われることが少なくなった。別にお礼を言われるために作っているわけではないし、報酬は別途貰っているから良いといえば良いのだが…それと同時に『食べ終わった皿は自分でキッチンの流しに持って行く』という最初に決めたルールも無視され始めた。由々しき事態だ。
私が訊くと、ノエルは野菜を切りながら少し困ったように頷く。
「そうなのよ。たまに忘れるとかなら別に良いんだけど…目を離した隙にいつの間にか居なくなってるのは、確信犯よね?」
「間違いないね」
ノエルはだいぶ仕事に慣れてきて、最近では愚痴も聞かせてくれるようになった。『主婦』として共感できる話が多いし、本音で話してくれている感じがしてちょっと嬉しい。私も敬語を抜きにして話している。
「ちょっとシメようか」
「怒っただけで変わるかしら…?」
「うーん…確かに」
切った野菜をボウルに移し、2人で首を捻る。
皿を流しに持って行かないのは、『それくらい大した労力ではない』と思っているからだろう。それが複数人となると十分大した労力になるのだが、実感が湧かないか。
「…あ、実感させれば良いのか」
私がぼそりと呟くと、え、とノエルが目を見張った。
「実感させるって…」
「実際に全員分の皿を片付けてもらえば良いんだよ。あとついでに料理もしてもらおうか。準備から片付けまで全部経験すれば、どれほどの労力が必要なのか嫌でも理解出来るでしょ」
このギルドの男性陣は、料理をしたことがない。今まで食事は母親が作ってくれたものか、外食かお惣菜で賄ってきたそうだ。
日本では料理が出来る男性も結構多いが、この国では一般家庭のキッチンに立つのは女性と相場が決まっているらしい。昭和か。
「やってくれるかしら…?」
「私がゴリ押しするから大丈夫。早めに対処しておかないと、『お皿も片付けない』が普通になっちゃうから。…全員料理出来ないし、調理の指導は半分くらいお願いすることになるかも知れないけど…」
頼める?と訊いたら、ノエルは即座に頷いた。
「ええ、勿論。初心者向けのレシピを用意しておくわ」
そこまで話したところで、わあっと外で歓声が上がった。
「ノエルさん、ユウさん、ちょっとパレードを見に行きませんか? 資料室から見えるみたいですよ」
キッチンの入口から、エレノアがわくわくした表情で顔を出す。
このギルドは大通りに面しているので、待っていれば『勇者』と『聖女』のパレードが目の前までやって来るのだ。曲がりなりにも『勇者』と『聖女』のお披露目。この国の住民として興味があるのだろう。
私は正直どうでも──ゲフン、どっちでも良いんだけど。仕込みも一段落したし、暇だし、ちょっと覗いてみるか。
「分かった。今行くよ」
手を洗い、エレノアとノエルと一緒に2階へ上がる。資料室へ入ると、既に他の面々が窓を占拠していた。
「あっ、お母さん、ユウさん、エレノアさん!」
「お、来たか」
「もうすぐ本隊が来るみたいですよ」
どうやら今前を通っているのは前座で、メイン2人はこれから来るらしい。
シャノンが場所を作ってくれたので、全員で窓に張り付く。
ギルド長たちが陣取っている窓のすぐ外、軒の上にはルーンが座っている。向かい側の屋根には三毛のケットシーの親子が並んでいるのが見えた。ケットシーたちも注目しているらしい。
《さーって、浮気野郎はどんなアホ面してんだろうな》
注目の理由が他とはちょっと違う気もするが。
今目の前を歩いているのは、王立騎士団の兵士たちだ。その後ろを、等間隔に並んだ騎馬隊が続く。服や鎧が豪華だから、多分馬に乗っているのは騎士団の役職持ちとか貴族とか、そういう連中だろう。なんか時々兵士に馬を引いてもらって、自分は本当に『乗ってるだけ』なやつも居るし。…ホントに騎士?
「あ、来た来た!」
サイラスが少しだけ身を乗り出した。歓声がさらに大きくなり、あちこちから花びらが撒かれ始める。
まず見えたのは、白っぽい馬に乗った騎士団長のアレクシスだった。
ビロードのような質感の重厚なマントに、繊細な装飾が施された全身鎧、彫りの深い整った顔。相変わらず絵になる御方だ。
ただ今回は、彼よりその騎馬の方に目が行った。
「あれ…馬……?」
わずかに緑色掛かった白馬。まず色が特殊だ。そして、デカい。他の馬の1.5倍くらいある。何より──額に緑色の宝石のようなものがついている。馬用の装飾品かと思ったが、どうやら馬自体から生えているようだ。
「ああ、騎士団長の馬か? あれは『精霊馬』っつー特殊な馬だ。厳密には魔物に近い生き物だな」
「せいれいま」
脳内に『精霊馬』って漢字が浮かんだせいで、キュウリとかナスとかに棒をぶっ刺して足を生やした『ご先祖様の霊を送り迎えするやつ』を連想してしまった。いやあっちは読み方が違うけども。
「よく魔物を従えられるね」
ケットシーのように昔から人間社会に入り込んで『隣人』として生きる魔物も居るには居るが、多くの魔物は人間に非友好的だ。精霊馬もアレクシスが乗っている個体しか居ないようだし、多分本来は人間に従うような種族じゃないんだろう。
「あれは先代勇者の相棒なんだとよ」
「…先代勇者」
声が意図せず平坦になった。
この資料室で片っ端から本を読み漁って知ったのだが、この国、大体いつの時代にも『勇者』が居る。
初代国王が召喚した『建国の勇者コテツ』を皮切りに、国王が代替わりすると毎回誰かしらが召喚され、代々『勇者』にされているのだ。
全員が全員、武に長けているわけではなくて、例えば第2代国王が召喚した『治水の勇者サブロウ』は農業用水路と首都の下水道の整備を指揮したし、3代目の『建築の勇者トラジ』は首都の景観を一新した。
そんな風に、『勇者』はそれぞれの時代で大きな変革をもたらしている。と言うか──
「…確か先代は『果樹の勇者マサオ』だっけ」
私がぼそりと呟くと、ギルド長は大通りに注目したまま頷いた。
「おう。この国でも育てられる果樹を農村に導入した勇者だな。彼はあの精霊馬で各地を巡ってこの国に適した種類を見極めて、栽培方法を農村に伝授したんだ」
「…なるほど」
見るからに強そうなあの馬に乗っていたなら、外をふらついても心強かったことだろう。
「今度の勇者は何を教えてくれるんだろうな」
「新しいレシピだったら良いなあ。お菓子とか」
「衣装関係の方だったら嬉しいんだけど」
「いやいや、ここは魔法道具分野の一層の躍進をだな」
「きっとまた一段と便利になるんだろうなあ!」
街の人々の声がここまで聞こえて来る。
さて──お気付きだろうか。
街の住民たちはみんな、『勇者が自分たちに与えてくれるもの』に期待している。
それもそのはず。実はこの国、インフラ整備から勉学、食文化、道具関係、農業漁業手工芸果ては娯楽に至るまで、ありとあらゆる分野の発展を8割方『勇者』に依存しているのだ。
…道理で日時の概念とか長さとか重さとかの単位が日本と同じわけだよ。その基準作ったの、歴代の勇者たちだったよ…!
『勇者名鑑』なる本に載っていた名前から推測するに、恐らく勇者は全員日本人だ。多分召喚魔法で繋ぎやすいのが日本なんだろう。現実逃避したい日本人、いっぱい居るしな。
…現実から逃避した結果、ファンタジーな世界で『この国の発展は君の手に掛かっている!』とか言われて丸投げされるって、冷静に考えるとただの罰ゲームだよね。ブラック企業からドロップアウトしたら転職先も超ブラックでした、みたいな。
(城から逃げて正解だったかもなあ…)
遠い目をする私の前を、精霊馬に乗ったアレクシスがゆっくり通過する。
アレクシスはこちらに全く気付いていなかったが、何故か馬の方と目が合った。
深緑の瞳がものすごく疲れているように見えて、私は苦笑して肩を竦める。がんばー。
──ブルルッ。
馬は溜息のような鳴き声を発して通り過ぎて行った。




