おまけ(25) 【エレノア視点】片付けって難しい。
本日はコミカライズの更新日です!
前回、イーノックの前に颯爽と助けに入ったユウさん。さて今回は…?
是非ご覧ください!
さて、今回の小話は、エレノア視点のお話です。
本編でもほんの少し触れられておりました、エレノアの自宅。
その有り様について以前は全く気にしていなかったエレノアですが、ギルドの大掃除やノエルたちとの交流を経て、意識の変化がありました。
それではどうぞ!
「本日もお疲れさまでした」
「おつかれ、エレノア」
冒険者ギルド小王国支部のホールで、私はすっかりお馴染みになった挨拶をする。
笑顔で挨拶を返してくれたのは、ユウさん。つい最近冒険者になったばかりの、紺色の髪の女性だ。
どう見ても20歳手前にしか見えないけど、実年齢は27歳、私より年上。
彼女は冒険者になる際、この小王国支部の大掃除をするようにとギルド長に要求し、先頭に立って片付けを主導した。
…その、元々、すごく、物が溢れてたから、なんですけどね……。
私には『散らかっている』という認識は全くなかったのだけど、傍から見たらここは『ゴミ屋敷』だったらしい。実際みんなで手分けして片付けた結果、ものすごい量のゴミが発生した。
その時私の頭の中をよぎったのは、ギルドの裏手にある私の部屋。
ギルドが用意してくれた部屋で、一人暮らし用としてはそこそこ広い……と、入居する時に先輩に教えてもらった。
でも、私は狭いと思っていた。物を溜め込んだら、あっという間にいっぱいになってしまったから。
物を集めるのは、そこが自分のナワバリだと主張するため。
だから、自分の物を溜め込むのは自然で、大事なことだ──私は父にそう教わった。
私の父は犬の獣人とヒューマンのハーフで、私と同じ三角形の耳のほかに、ふさふさの尻尾も生えている。ハーフだけど獣人の本能が濃く出ているそうで、ヒューマンの母は時々困った顔をしていた。
私は父に似てそれなりに獣人っぽさが濃い、らしい。だからか、自分の物が溢れている空間は落ち着くし、それが普通だと思っていた。
…ノエルさん親子の部屋に招かれるまでは。
ノエルさんとシャノンちゃんは、ご近所に住んでいた親子だ。元々顔見知りではあったんだけど、ついこの間、ユウさんがギルドに連れて来た。
ノエルさんの夫、キースさんをノエルさんとシャノンちゃんへの暴行の罪で騎士団に突き出した。
自宅は荒れ果てているしノエルさんはキースさんと離婚するつもりだから、暫くギルドで保護したい。
シャノンちゃんは冒険者見習い志望。今後の生活のこともあるから、ノエルさんはギルド職員として採用するのはどうか。
そんなユウさんの提案を、ギルド長は二つ返事で了承した。元々人手が足りていなかったから、即断だった。
そんなこんなでギルドの仲間が増え、ノエルさんとシャノンちゃんは私が住むアパートの隣の部屋に入居した。
出勤時間は同じだから、朝、一緒にギルドへ向かったり、お値打ちなお店の情報を交換したり、ノエルさんからお夕飯のおかずのお裾分けを貰ったり。
そうやって仲良くなり、ある時、ノエルさんとシャノンちゃんの部屋に招かれて、私は衝撃を受けた。
…部屋に、何もない。
いや、家具はあるしカーテンもラグもあるし、棚には可愛らしいぬいぐるみも置かれている。
でも、圧倒的に、物が少ない。
ラグに座って呆然と部屋を見渡していると、ノエルさんはローテーブルにマグカップを置き、恥ずかしそうに微笑んで、こう言った。
「散らかっててごめんなさいね」
「……………え?」
どのへんが『散らかってる』のか、私には分からなかった。
だって、ローテーブルの上にはチラシが数枚載っているだけだし、ちらりと見えた台所の流し台は水を満たしたマグカップが1つ置かれているだけだし、床は端の方に上着が1枚落ちているだけだし、カーテンもラグも新品同様。
ほんのり香るいい匂いは、ぬいぐるみの横の花瓶に生けてある可愛らしい白い花のものだろう。
どこをどう見ても、とても綺麗に片付いたお部屋。それに比べて私の部屋は──その光景を思い浮かべ、私は思わず身をすくめた。
使うかも分からない物に埋め尽くされた部屋。床は見えないし、壁際は物が山積みになっている。窓辺にも物を積んであるから、上半分からしか光が入らない。
よって、ホコリを纏ってボロボロになったカーテンでも、何も気にならなかった。今までは。
ノエルさんたちの部屋と同じ間取りのはずなのに、とてもそうは見えない。居心地が良いと感じていた自分の部屋が、急に窮屈で陰鬱とした空間であるように思えてきた。
その後、「元気がないけれどどうしたの?」と私を心配するノエルさんを何とか誤魔化し、その日、私は密かに決意した。
そうだ、お片付けをしよう。
──というわけで。
「……よし」
ユウさんに見送られて自宅アパートに帰り、私は今日も玄関で腕まくりする。
ここ数日、私は部屋を片付けようと頑張っていた。昼間はギルドの仕事、夜はお部屋の片付けだ。
玄関周りは仕分けができたので、今日は廊下から。
「えっと、これはお鍋だから後で洗って、…あ、なくしたと思ってた本!」
床に置かれたお鍋の下に、古びた本があった。
そっか。前に自炊した時、熱々のお鍋を床に直接置くのはまずいと思って咄嗟に鍋敷きにしたんだっけ。
「中身は…良かった、汚れてない」
ちょっとだけ黄ばんでいるけど、焦げてもいないし鍋の中身が漏れ落ちてもいない。ちゃんと読める。
「うわあ…懐かしい…」
私が小王国支部に就職した時、母がプレゼントしてくれた恋愛小説。お仕事を頑張る女の子が裕福な商家の男の子と仲良くなるお話。そして2人は幸せに暮らしました、で終わる、私の好きな本。
故郷は少し遠いので、なかなか帰れない。新人時代、初めての一人暮らしに四苦八苦して、時々心細さに泣いていた私を、この本はいつも慰めてくれた。
…そういえば、最近は色々忙しくて、両親に手紙を送れていない。ユウさんのこととかノエルさんとシャノンちゃんのこととか、書きたいことはいっぱいあるのに。
「今度手紙も出さなきゃ…」
と、顔を上げると。
《……なにやってんだ? エレノア》
目の前に、一対の目があった。
「きゃあああ!?」
私は本を放り出して悲鳴を上げる。うわっと短い念話が響いて、目がぴょんと遠ざかった。いや目ではなくて、小柄な黒い影──……あ。
「……ルーン?」
《おう。なんだよ、悲鳴なんか上げて。ご挨拶だな》
「ご、ごめんなさい」
廊下の真ん中に立ち、尻尾を軽くくねらせて、ルーンが鼻先にシワを寄せる。
私は耳を伏せて頭を下げた。いくらルーンが真っ黒いケットシーだからって、目だけの化け物と勘違いするなんて失礼だ。
《…まあいいけどな。で、何やってたんだ、エレノア。ドア開けっ放しだぞ》
「えっ?」
私は呆然として玄関を振り返る。
確かに、ドアが半開きになっていた。共用の通路の向こう、晴れた夜空に星が見える。
《明かりもつけないで本読んでるとか、これ以上目が悪くなったらどうすんだよ》
ルーンの指摘に、私はあっと声を上げる。またやってしまった。
獣人の血が入っているからか、私は結構夜目が利く。だからつい、明かりをつけるのを忘れてしまう。
…そのせいで目が悪くなった、っていうのは違うと思うけど。
ともあれ、私は慌てて扉を閉め、廊下の明かりをつけた。パッと白い光が満ちて眩しさに一瞬目を細め、確かに暗かったんだなと実感する。
目が慣れるのを待って、私はルーンに向き直った。
「えっと、本を読んでたわけじゃないんです。部屋の片付けをしてて」
《…………片付け?》
ルーンが鼻先にシワを寄せ、片耳を倒して、思い切り首を傾げた。
…うう、そんな疑わしい目で見ないでぇ…。
私が耳を伏せて視線を逸らすと、ルーンは部屋の中を見渡し、はー…と長い溜息をつく。
《…………エレノア、お前あれだろ。片付けてる途中にいちいち思い出に浸って脱線して捨てる捨てないの判断がつけられずに結局物を動かすだけで終わるタイプだろ》
「うっ」
視線が痛い。とても痛い。
「………ちっ、違いますよ! その、玄関はちゃんと片付けましたし!」
《玄関に置いてあった物を部屋の中に移動させただけじゃなくてか?》
「はうっ!?」
ルーンの視線の先は、部屋の片隅、ちょっと高めに積まれた靴の山。
そう、少し前まで玄関を占拠していたものだ。
……だ、だって、この街に来た時に履いてた靴とかもあるんだもの! 捨てられません! 大事な思い出なの、私にとっては!
《思い出の品をとっておきたい気持ちは分かるけどな、とっておきたいなら綺麗にしてちゃんと仕舞え。ホコリだらけのままそこら辺に放り出して積み上げるのはやめろ》
「うう……」
ルーンの冷ややかな視線が私の胸に突き刺さる。
私はがっくりとその場に崩れ落ちた。
……分ってはいるの。このままじゃ、お客様を迎えられるくらい部屋を綺麗にするなんて夢のまた夢だって。
でも、どうしたら良いのか分からないの…………。
そんなことをブツブツ呟いていると、はー、とまたルーンが溜息をついた。
《…しょーがないな。俺が手伝ってやるよ》
「ほ、ホントですか!?」
私はガバッと顔を上げる。
小王国支部の大掃除の時、ルーンはユウさんと一緒にお掃除の仕方を指導する方に回っていた。つまり、私よりずっとお掃除とかお片付けの知識がある。
ルーンが手伝ってくれるなら、この部屋も片付けられる気がする…!
「ありがとうございます、ルーン!!」
《報酬はジャーキーな》
「は、はい」
前脚を握ってお礼を言ったら、瞬時に見返りを要求された。でもジャーキーくらいだったら、私のお給料でも余裕で買える。
《じゃ、ビシビシいくぞー!》
「よろしくお願いします、師匠!」
念話を響かせるルーンに、私は明るく応じる。
そうして改めて、自宅の片付け・大掃除大作戦が始まったのだった。
──ちなみに。
「あれ!? 虫がわいてる!」
《そりゃそうだろうよ》
「この虫、なんて名前なのかしら…」
《いや名前調べようとすんな! ほら、まるっと捨てる!》
「はーい……あ、お気に入りのお皿がこんなところに」
《なんで皿が床に直置きされてるんだよ……って、割れてるじゃんかこれ》
「まだ使え」
《ない! ド真ん中にヒビ入ってる皿を使おうとするな! 燃えないゴミ行き!》
「あっ、この服…! まだ着れるかし──」
《だーかーらー! そうやっていちいち確かめるな! 止まるな! 虫食い穴のある服を着ようとするなー!!》
……片付けが終わるまでには、とてもとても、とっっっても、長い時間が必要だった。
お掃除あるある:集中力がびっくりするほど持続しない(そっと目を逸らす)
…さて。
改めまして、本日はコミカライズ10話、その①の更新でしたね!
みなさま、もうご覧いただけましたでしょうか?
今回更新分の原作者的イチオシポイントは、
・「ふんっ!」なユウさん(武器で殴るんじゃないのかよ!というツッコミは有りです。ハイ)
・残念すぎるイーノックの体力(ぽてぽてという足音がイイ感じです)
・「承知!」な3人(息ぴったりですね!)
・華麗にウルフを倒しまくるデール&サイラス(格好良い!)
・ぽかーん…なデューク&エドガー(そりゃな…)
・ラスト1ページ(あっさり納得するチャーリーと、イーノックの対比…!)
…です!
自称ベテラン中級冒険者とユウさんたちの実力差が歴然ですね。
イーノックの運動神経、とてもイイ感じに残念感が溢れていますが、魔法使いはこれが普通です。杖も本来は体力のない魔法使いの移動を補助するためのものですからね。
殴るための杖とかメイスを持ってたグレナ様がおかしい…いえ何でもないです。
…というわけで、一人だけ考えている感のあるイーノックに「おお…」となりつつ、次回更新は11月25日(火)の予定です。
8月7日に発売したコミック1巻、
8月25日に発売した小説1巻、
そして絶賛Web連載中のコミカライズ!
みなさま、引き続き応援をよろしくお願いいたします!




