おまけ(21) 【勇者()視点】輝かしい生活
本日はコミカライズの更新日です!
前回、とんでもない金額になったウルフの毛皮。今回は…?
是非コミカライズをご覧ください!
さて、本日の小話は『勇者()』視点。
ちょっと時系列を遡りまして、城に滞在し始めてすぐの頃の『勇者()』と『せいじょ』のお話です。
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勇者と聖女のお披露目をする、と知らされたのは、この世界にやって来てから3日後のことだった。
「勇者様と聖女様は、この国にとって非常に重要な存在です。それゆえ、是非ともそのご尊顔を民草にもお見せいただきたく…」
豪奢なソファに座る俺たちの前に立ち、丁寧に頭を下げながら並べ立てるのは、俺と美海──勇者と聖女の侍従長となった壮年の男だ。
右手の指を揃えて胸に当てる仕草は、相手への敬意を表すものだろう。
明らかに俺より年嵩で、しかも貴族であるというこの男が、俺たちに対して敬意を払い『仕えている』という事実を認識するたびに、本当に異世界に来たのだと実感して口の端が上がってしまう。
…そう。もう以前の俺ではないのだ。
ハゲオヤジどもにペコペコ頭を下げる必要も、汗水垂らして働く必要もない。
『これが食べたい』と言えば大体望み通りの物が出て来るし──まあ俺の好みの味じゃないこともあるが、それは今後の教育次第というやつだろう──、昼寝をすると言えばすぐに清潔な寝具が用意される。
何をしても許される。何せ俺は勇者だからな。
隣に居るのが美海というのも最高だ。
優──あの堅物で融通の利かない、女としての魅力も皆無の嫁の隣じゃ、何をやったって楽しくないに決まっている。
アイツとは学生時代からの付き合いだったが、今考えると、あの頃の俺はよくあんなので満足していたものだと思う。
世間知らずだったということだろう。
召喚されてすぐに『主婦』という実に哀れな鑑定結果が出た優に、勇者の俺は『俺に仕えるなら養ってやる』と慈悲をかけてやった。
だがアイツは『お断りします』と笑顔で即答し、城を出て行った。
全くもって世渡りとか常識とかを知らないやつだ。主婦ごときが身一つで、異世界で生きて行けるわけがないというのに。
「…勇者様?」
侍従長が首を傾げ、俺は我に返った。今はアイツのことに思考を割いている場合ではない。
咳払いして口を開く。
「お披露目か。無論、構わんぞ。民に希望を与えるのも勇者と聖女の役割だろう。なあ?」
隣に座る美海に同意を求める。
華やかなドレスに身を包み、頬に流れる髪をくるくると弄んでいた美海は、そうねぇ、と呟いた。
「姿を見せるのは構わないけど、それ相応の衣装を用意してくれなきゃイヤよ?」
侍従長が固まり、数秒後、わずかに眉を寄せながら首を傾げた。
「衣装…ですか?」
「ええ」
美海はきらりと目を輝かせ、ずいっと身を乗り出した。
付き合いが長い俺には分かる。これは、欲しいものを『おねだり』する時の顔だ。
「だって、勇者と聖女のお披露目よ? 上から下まで、全部特別な服にしなくちゃ」
「なるほど、確かにそうだな」
勇者も聖女も、この国に望まれてこの世界に召喚されたのだ。それくらいの待遇は当たり前だろう。
2人揃って侍従長を見遣ると、再度の沈黙の後、侍従長はゆっくりと頷いた。
「……承知いたしました。王城御用達の仕立て屋を呼びましょう」
そうして翌日、城に呼び出されたのは、ピンクの髪に黄緑色の目の女だった。
「お初にお目にかかります、勇者様、聖女様。『湖面のさざめき』店主、オフィーリアと申します」
華やかな髪と目の色に対して、地味な色のジャケットとロングスカート姿。身体のラインがはっきりと見えて、これはこれでそそるものがあるが。
「…ダーリン?」
美海がそっと身を寄せて来て、耳元で囁く。俺はハッと我に返り、表情を整えた。
「よく来たな。俺は勇者スカイだ」
「私は聖女マリンよ」
美海も綺麗に微笑んで名乗る。
『スカイ』と『マリン』という名は、昨夜考えた。
異世界で勇者と聖女になる以上、何か特別な名前が必要だろうと思ったのだ。
考えに考え、俺は『空人』の『空』からスカイ、美海は『海』からマリンと決めた。
美海に関しては、名前の一文字からだけでなく、『空と対になるなら、やっぱり海でしょう?』という意図もあるらしいが。
可愛いやつめ。
よろしくお願いいたします、と微笑んだ仕立て屋は、すぐにローテーブルの上にいくつものデザイン画と、革張りの箱を並べた。
「今回は勇者様と聖女様の記念すべきお披露目のご衣装ということで、王族の式典装束に準ずる格式高いデザインをご用意いたしました」
デザイン画はどれもカラーで、男女ペアのものもあれば、男性のみ、女性のみのものもあった。
美海──いやマリンが、目を輝かせて1枚を手に取る。
「これ、素敵ね。…でもちょっと胸元が寂しいかしら」
マリンが見ているのは、レースやフリルがたっぷり使われ、胸元が大きく開いたデザインだった。
仕立て屋が自信のありそうな笑みを浮かべる。
「そちらのデザインでしたら、このネックレスを合わせるのはいかがでしょう?」
革張りの箱のうちの一つをマリンの前に置き、スッと蓋を開け──その中に入っていた物に、俺は息を呑み、マリンは歓声を上げた。
「な…」
「すごーい!」
艶のある濃紺の布の上に、キラキラと金色に輝くネックレスが乗っている。
多分、本物の金だろう。細かな細工と、その中にぎっしりと散りばめられた大小様々な宝石。素人の俺にも、とんでもない高級品だと分かる。
以前、マリンにねだられて行った元の世界の宝石店にも、こんなド派手なネックレスはなかった。
「ご試着なさいますか?」
「ええ!」
マリンが勢い込んで頷いた。
仕立て屋が立ち上がり、マリンの後ろに回って丁寧な仕草でネックレスの留め金をかける。
「どーお?」
マリンがこちらを向き、髪を片手でかき上げながらポーズを取った。
金色の輝きが白い肌に映えて、華やかな顔つきがさらに美しく見えた。
「最高にキレイだぞ、マリン」
「やだもう、ダーリンたら」
俺が褒め称えると、マリンはポッと頬を染めて照れる。実に可愛らしい。
「これ、いただくわ」
「ありがとうございます」
その後もマリンは次々アクセサリーを試着し、次々購入を決めていった。勿論、ドレスもだ。
お披露目用の特注品はもとより、普段使い、夜着、それに晩餐用も必要だ。
貴族は用途や季節に合わせて衣装を揃える必要があるらしいからな。
費用は国持ちだし、俺も当然、自分用の服と装飾品をガンガン注文していく。
「……」
背後に控える侍従長はひたすら無言だった。黙っているということは、好きにしていいということだ。
いやあ、いい国に召喚されたものだ。
それもこれも、この俺が勇者だからだな!
──ちなみに、その後。
「お嬢様、勇者様と聖女様はいかがでしたか?」
「…上客には違いないけれど、お近付きにはなりたくないタイプ、ですわね」
「…ふむ?」
「何も考えずにホイホイお買い上げするんですもの。侍従が背後で青くなっているのにも気付かない。ご自分に与えられた予算額もご存じないのではないかしら」
「それはまた…」
「あれでは、この国の発展に寄与していただくことは望み薄ですわね」
「では、今後の取引からは手を引きますか?」
「そうしたいのはやまやまですけれど、無理ですわ。くれぐれもよろしく頼む、と陛下から念を押されてしまいましたから。貴方もそのつもりで対応してくださいな、副店長」
「……承知いたしました」
どこぞでそんな会話が繰り広げられていたらしいが。
そんな些末なことは、当然、俺の耳には入らなかった。
まー色々アレな思考がダダ漏れですが…なにせ『勇者()』と『せいじょ』なので。仕方ないですね。
…さて。
本日はコミカライズ第8話、その①の更新でしたね!
みなさま、もうご覧いただけましたでしょうか?
本日更新分の原作者的イチオシポイントは、
・『ケットシー基金』の説明(どんぶり…どんぶりが…!)
・推しについて語るデールとサイラス(推しという概念)
・パレードに絶妙に興味なさそうなユウさんと楽しそうなシャノンたち(だってパレードのメインがアレじゃあ…ねえ…)
・パレード!(華やか…!)
・『プッハー』ってするギルド長(朝から良いご身分ダナー)
…です!
今回のメインは『勇者()』と『せいじょ』のパレード!
なおパレードのシーンで阿呆2人が絶妙に背中だけ見えてたり見切れてたりするのは仕様です。意図してやってます。
いやー再登場が待ち遠しいですね!(意味深)
ちなみに、お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、一般のみなさんの台詞では例の2人がちゃんと『勇者』『聖女』呼びになってます。
『勇者()』『せいじょ』と明確に認識してるのはユウとルーン(と他のケットシーたち)くらいですね。何せほら、あの世界には『平仮名』って概念がないので。
なんでケットシーには『平仮名でせいじょと書く』が通じるのかは…おまけ(7)と(8)あたりを読むと分かるかと。あとはお察しください(笑)
…というわけで、最後のコマで意味深な台詞を残しつつ、コミカライズの次回更新は9月23日(火)です!
発売から1ヶ月が経過したコミック1巻、
発売から2週間が経過した小説1巻、
そして絶賛Web連載中のコミカライズ!
みなさま、引き続き応援をよろしくお願いいたします!




