おまけ(20) 【グレナ視点】鎖帷子の秘密
本日はコミカライズの更新日です!
前回洗ったウルフの毛皮。何かを企むユウさんが向かった先は…?
是非コミカライズをご覧ください!
さて、今回の小話はグレナ視点。
例の『総ミスリルの鎖帷子』のお話です。
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武器を買ってギルドへ帰る途中。
少し道を逸れて、私はユウを自宅に連れてきた。
「おじゃましまーす」
ユウがここに来るのは2度目だが、今回も興味深そうに室内を見渡している。
その背中には、身の丈近くある巨大な戦鎚──ウォーハンマー。小柄で華奢な部類に入るユウの体格からすると背負っていること自体が何かの冗談のようにも思えて、ユウには悪いが、笑いがこみ上げてくる。
「…? グレナ様、何かありましたか?」
「いや、なにも」
もっとも、それを本人に悟られるような迂闊な真似はしないが。
私は瞬時に表情を取り繕い、狭いリビングの一角に鎮座する収納の引き出しを開けた。
中に入っているのは古びた防具や壊れた杖──多くは、私が冒険者だった頃に使っていた道具だ。捨てればいいと頭では分かっているんだが、今でもなかなか捨てられずにいる。
──まあ、それもあながち悪いことじゃない。最近はそう思うようになった。何故なら、
「…ああ、あった。──ユウ」
「はい?」
目当てのものが見付かったので声を掛けると、ユウは素直にこちらを向いた。その手に、つい今しがた引っ張り出したものを半ば強引に押し付ける。
「ほら、これを着な。武器だけ用意しても格好がつかないからね」
「……グレナ様、これなんですか?」
ユウが思い切り眉を顰めた。私はニヤリと笑う。
「何に見える?」
「………金属っぽいものでできたニット生地の服…」
なるほど、そう来るか。
完全に得体の知れないものを見る顔だ。だが、
「鎖帷子だよ。不燃ゴミ廃棄場の番をしてる兵士どもが着てるだろう?」
見たことはあるはずだと説明すると、ユウはますます眉間のシワを深くした。
「いやでも、アレとは全然違いますよね? こう、色とか、造りが」
なかなか細かいことを言う。
まあ確かに、兵士が着ているのは、鉄製の小さなリングを連ねてベストのような形に仕立てたごく一般的な鎖帷子だ。今ユウに渡したのとは全く違う。
「そりゃあ、これはミスリル製の鎖帷子だからね」
「み………」
ユウがピタリと固まった。
待つこと暫し。
「……ミスリル……?」
ダラダラと汗を流しながら、ユウがぎこちない動きでこちらを見た。
鎖帷子を両手で捧げ持つようなおかしな体勢で、じり、と後退る。
落とすわけにはいかないがお近付きにもなりたくない、という心境が透けて見える動作だ。
私はクッと笑いを漏らした。
「心配しなさんな。私が買ったんじゃなくて、ただの貰い物だ」
厳密には、私の昔馴染み──昔パーティを組んでいた冒険者仲間が、現役を引退する時に私に寄越した。
故郷に帰るから武器も防具も要らないと…今考えると随分と思い切った決断だと思うが。
そんな冒険者仲間は、かなり小柄な軽戦士だった。体格が似ているから、この防具はユウでも着られるはずだ。
「貰い物って言ったって…ミスリルですよ? 滅茶苦茶高いですよね?」
ユウは完全に腰が引けている。普段やたらと思い切りがいいくせに、変なところで躊躇する子だね。
「いいから使いな。私が持ってたってタンスの肥やしになるだけだ。防具をケチって怪我でもしたら目も当てられないからね」
「…」
自然と声が低くなり、ユウが軽く目を見張る。
これは本心からの言葉だ。防御を疎かにして重傷を負う冒険者を、私は少なからず見てきた。
特にユウは戦闘経験がないし、話を聞く限り、魔物や戦いとは完全に無縁の生活を送ってきた人間だ。用心するに越したことはない。
「…分かりました。じゃあ、ありがたく」
ユウは真面目な表情で頷き、改めてミスリル製の鎖帷子を眺める。
そしてすぐに、あれ? と首を傾げた。
「…これ、裏地つきなんですか?」
そう。普通の鎖帷子とは似ても似つかない、それこそ『金属光沢のある七分袖のセーター』にしか見えないこの防具には、やや厚手の柔らかい裏地がついている。基本的には、通気性を確保して、肌当たりを優しくするための工夫だ。
──まあ、この裏地はそのためだけのものじゃないんだが。
私は平然と頷いた。
「ああ、そうさ。だから下着の上から直接着られる。服の中に仕込めるから、外見からはミスリル製の防具をつけてるとは分からない。これなら変に身構えなくていいだろう?」
「…そうですね」
ユウが少しだけホッとした顔になった。
明らかに普通と違うと分かるものを着て歩いていたら、悪目立ちするのは間違いない。それも、敢えてこの鎖帷子を選んだ理由だった。
あっちで着ておいでと促すと、ユウは素直に衝立ての裏側に向かった。
その背中を見送り、私は内心で笑いを噛み殺す。
──実のところ、あの防具はかなり特殊な代物だ。
総ミスリルの鎖帷子というだけでも希少な品だが──あれは元の持ち主が懇意にしていたドワーフが悪ノリして、持てる技術の粋を集めて作り上げた、この世に二つとない特殊防具なのだ。
極細のミスリル糸を複数本より合わせて作ったミスリルの細紐。それを丁寧に編み上げた『セーターにしか見えない』表地は、耐刃・耐突き刺し性能が極めて高く、そんじょそこらの剣や槍では傷一つつかない。むしろ刃を削り取ってなまくらに変えてしまう。
さらに、一見普通の綿のように見える裏地。これが曲者だ。
素材は綿でも麻でも絹でもなく、この大陸の西に広がる『未明の地』にしか生えない特殊なツル性植物。
熱にも冷気にも乾燥にも強く、切るのに専用の刃物が要るくらいしなやかかつ強靭で、生育速度が極めて遅いことから『万年蔦』と呼ばれている。
本来の主な用途は錬金術の素材だ。相反する性質を持つ素材を調合に使う時に、緩衝材──橋渡し役というか、反発を抑える目的で入れるらしい。
冒険者ギルドでも買い取り対象リストに載っていて、その価格は大人の二の腕くらいの長さの細めの蔓で金貨3枚。これが加工前の『素材』の状態だと考えると、ミスリルよりよほど高い。
それをわざわざ衣服用の繊維に加工し、織り上げ、7分袖のシャツに仕立てて鎖帷子の裏地にした。
万年蔦そのものは冒険者仲間自身が採取してドワーフに提供したものだが、普通に考えて狂気の沙汰である。
実際、作成に協力したドワーフたちは『楽しかったが、二度とやりたくない』とやり切った感のある変な笑顔で呟いていたし、出来上がった後、完全に事後報告で『ミスリルと万年蔦の鎖帷子もどき』の存在を知った当時のドワーフの族長は、『何やってんだお前ら!?』と目を剥いていた。
ちなみに、万年蔦の布は『衝撃分散』『調湿・調温』『防汚』などの性能があり、繰り返し洗っても劣化することはない。
布地として極めて優秀だが、素材の希少性と加工難易度の高さが相まって、ドワーフたちにすら広まることはなかった。
恐らく、あれと同じものを『素材を購入して』普通に作ろうとしたら、貴族のお屋敷と等価くらいの値段になるだろう。
…ユウには絶対に言えないがね。
「着れましたー」
衝立ての向こうからユウが戻って来た。私はざっとその姿を確認して頷く。
「良い感じだね。サイズに問題はないかい?」
「はい、ぴったりでした」
襟首からほんの少しだけ鎖帷子が見えているが、ミスリルだと分かるほどではない。安心したらしく、ユウは身体を捻ったり腕を曲げ伸ばししたりして、着心地を確認している。
「思ったより重くないし、すごく動きやすいですね」
「伸縮性があるからね。元の持ち主も、動きを阻害しないことを重要視してたんだよ。これなら違和感なく着られるだろう?」
「はい、ありがとうございます」
ユウは笑顔で頷いた後、不思議そうに首を傾げた。
「…自分で言うのもアレですけど、私みたいな体格に合う鎖帷子なんて、よくありましたね?」
「ま、冒険者にも色々なやつが居るってことさ」
私は肩を竦めて答えた。
…元の持ち主がネズミ系獣人の小柄な『男性』だったことは、秘密にしておくとしようかね。
本編連載時、現実の鎖帷子を知る方の中には、『あれ?』と思った方も居たのではないでしょうか。
だって本来は普通の鎧みたいに一番上に着るものなのに、服の『下』に直接着てるんですもんね。
まあ…これはファンタジーなので。現実離れした逸品だったんですねぇ…(笑)
知らず知らずのうちに豪邸が買えるレベルの超希少品を着させられるユウさん。知らぬが仏とはこのことです。
…さて。
本日はコミカライズ7話、その②の更新でしたね!
みなさま、もうお読みいただけましたでしょうか?
そして8月25日発売の小説1巻はお手に取っていただけましたでしょうか…!
今回のコミカライズ更新分の原作者的イチオシポイントは、
・カーマイン、登場!(キャラデザがとても素敵です! ヤベェ黒髪長身美女!)
・登場して早々イっちゃってるカーマインと調子に乗ってるユウさん(大変ですね…)
・もっちゃもっちゃしてるスズシロ(シャノンのお手伝いお疲れさまです!)
・ジャーキーを貪るスズシロの横でうらやましそうにしてるルーン(よだれ垂れてますよw)
・突如として逃走を図り即行捕まるギルド長(締め上げるカーマインが素敵すぎる)
・じゃらり。(出たー!)
…です!
今回のポイントは何と言ってもカーマイン!
長身美女。美女ですよ奥さん!(何)
店に居る時と外出の時で服装もきっちり違うあたりが素敵ですね。大人ですね。そしてギルド長を躊躇なく締め上げる豪快さも魅力ですね。
そしてお話は、この後の流れが気になるところで終わっております。流石…!
…というわけで、コミカライズの次回更新は9月9日(火)の予定です。
みなさま、引き続き
・コミカライズ1巻
・小説1巻
・コミカライズWeb連載
の応援をよろしくお願いします…!




