小説1巻発売日 記念SS【ルーン視点】それはちょっと無理だと思う。
本日8月25日は、小説1巻の発売日です!
…ということで、発売記念SSをば。
ルーン視点で、大掃除後から魔物討伐デビュー前くらいの時系列、魔法にまつわるお話です。
冒険者ギルド小王国支部、受付ホール。
出窓に陣取り、日の光を全身に浴びて昼寝をしていたら、軽快な足音が近付いて来た。
「ルーン」
馴染みのある声に、俺はだらんと伸びたまま、ちらりと薄目を開ける。
視界に入ったのは、小柄ですらりとした体格の女性。10代後半くらいにしか見えないが、これでも実年齢は27歳。つい1ヶ月ほど前にこの小王国支部所属の冒険者になった、新人だ。
艶やかな紺色の髪に、明るい緑色の瞳。この見た目で、実は生粋の『日本人』──異世界の人間である。
黒い髪に茶色掛かった黒い目だったはずなのに、召喚されて一晩経ったら髪と目の色が変わっていたそうだ。
勝手に色が変わるというのはかなり珍しい現象なのだが、本人は『これなら城の人間が私を見ても、自分たちが召喚した人間だって気付かないよね』と少々喜ぶ程度で、わりと平然としている。
…まあ、変に悲嘆に暮れるよりはいいか。
そんな新人冒険者ことユウは、何故かとても真面目な顔で、出窓に寝っ転がる俺を凝視していた。
《なんだ? ユウ》
「今日も良いモフ毛だね」
《そりゃあ、俺は今をときめく真っ黒ツヤツヤのケットシー様だからな》
真顔で放たれた賛辞に、俺は長い尻尾をひらりと振って応えた。その尻尾の動きを、ユウが熱心に見詰め──
「…って、そうじゃなくて!」
途中で我に返った。
どうやら今日は、俺の腹に顔面ダイブするために来たわけじゃないらしいな。
ちなみにユウは結構なケットシー好きらしく、俺が肩に乗ればデレデレになるし、頬に肉球を押し付ければ『ご褒美いただきました』とか言い出すし、上目遣いでおやつを要求すれば大ダメージを受けたように胸に手を当てて後退る。
それでおやつが出る時もあれば『もうすぐお夕飯だから』と断られることもあるので、一応、ギリギリ、理性は保っているようだが。
「あのね、ルーン」
ユウはゴホンと咳払いして、改めて真面目な顔を作った。
「魔法って、どうすれば使えるようになると思う?」
《………は?》
思わぬ質問に、俺は間の抜けた顔で呻くことしかできなかった。
聞けばユウは、大掃除の時に俺や他のケットシーたち、そしてデールの魔法を見て以来、密かに憧れを募らせていたらしい。
「ルーンたちの使う洗浄魔法とか、デールの火魔法とか、日常生活で使えたらすごく便利だなと思って」
《あー、そっちか》
てっきり戦う手段としての魔法のことだと思ったら、全然違った。拍子抜けして呟くと、ユウは不思議そうに首を傾げる。
「そっちって?」
《戦いのためとか、身を守るためとか…そういう魔法を使いたいのかと思った》
「そっちはほら…コレがあるし」
ユウは軽く腕を曲げ、二の腕の筋肉を盛り上がらせる──所謂力こぶのポーズをしてみせる。
まあな。スキル『剛力』は、使い方によっては魔法以上の理不尽の権化になるからな…。
…しかし、日常生活で使える魔法か。
《多分、難しいと思うぞ?》
「え」
俺はよっこらしょと起き上がり、伸びをしてからきちんと座り直してユウを見上げる。
《確かに、ユウは結構魔力がある。結構っつーか、かなりある》
「そうなんだ」
魔法が使いたいって言ったわりに、自分の魔力量には無頓着だったらしい。
不思議そうに自分の手を見詰めるユウに、俺は目を細めて続けた。
《けど、魔力があるかどうかと魔法が使えるかどうかは別問題でな。多分ユウには無理だ》
「え、なんで?」
《スキル『剛力』があるからな》
「へ?」
ユウはぽかんと口を開けた。まさかスキルが邪魔をするとは思っていなかったんだろう。
でも、ちょっと考えれば分かる。
《例えば『剛力』を使って何かをぶん殴る時、無意識に自分の拳を魔力で保護するだろ? そういうやつは大抵、自分の意思で魔力を操作することができないんだ》
無意識に魔力を使ってしまうから、直接的な操作はできない。つまり魔法は使えない。無理。
そう説明すると、ユウがショックを受けた顔になった。
「…無理?」
《多分な。…と言っても、俺も人間の魔法に詳しいわけじゃないし…グレナに訊いてみたら良いんじゃないか?》
専門的なことは専門家に聞け。
俺が提案したタイミングで、丁度ギルドの扉が開いた。入って来たのは、噂のグレナ──前ギルド長にして『焦熱の魔女』の二つ名を持つ、凄腕の魔法使いだ。
「グレナ様!」
「なんだいユウ、騒がしいね」
ユウが駆け寄ると、グレナは眉を顰め、でもちょっと嬉しそうにユウに目を向けた。
…多分、この表情の変化に気付いてるのは俺たちケットシーだけだ。指摘したって本人は否定するだろうけど、グレナは結構、この規格外の新人冒険者を気に入って、目をかけているらしい。
ただし──目をかけているからって、無茶振りに応じるかどうかは別の話だ。
「ああ…無理だね」
ユウが『魔法を使えるようになりたい』と訴えた結果、グレナの口から出たのは案の定な言葉だった。
ユウがしょんぼりと眉尻を落とす。
「無理…ですか」
「ああ」
「どうしても?」
「多分だがね」
グレナは頷いて、腰のポーチから小さな石を取り出した。
「これを握りな」
「はい」
ユウは素直に石を握る。その状態で、グレナは次の指示を出した。
「身体の中の熱をその石に込めるつもりで、集中してみな」
「…」
待つこと暫し。
《……何も変わらないぞ?》
ユウの肩に飛び乗って俺が指摘すると、ユウがむむむと眉を寄せた。
…まあ、それで何か変わったら世話はない。石は石のまま、何も変化はない。
「まあそういうことさ」
全て織り込み済みだったらしい。グレナはユウの手から石を取り上げ、自分の手のひらの上に乗せた。
「ちなみに、魔法が使える素養を持つ人間がこの石に意識を集中すると、こうなるんだがね」
言った瞬間──
「うわ!?」
《げっ!》
石が激しく発光して、視界が真っ白に染まった。
慌てて目を閉じても後の祭り。光は一瞬で消えたが、目がチカチカする。
《…先に言ってくれよな》
「おや、すまなかったね」
文句を言っているうちに何とか視界が戻る。
グレナの手の中、閃光を放った石は、灰のようになってボロボロに崩れていた。多分、魔力を込めすぎたんだろう。
「ま、この石をちょっとでも光らせることができないんじゃ、魔法を使うなんて夢のまた夢さ。そもそも、魔法を使える人間の方が少ないんだ。あんたは適性のないものに憧れる前に、自分のスキルをきちんと制御する方法を身につけな。いいね? ユウ」
「………はーい…」
グレナに説教されて、ユウは肩を落として頷いた。
…スキル『剛力』持ちでさらに魔法も使えるなんてなったら、それ何処の最終兵器?って話になるもんな。
ユウが魔法を使えなくて、良かったと思うぞ、俺は。
異世界召喚と言えばの『魔法』。実はユウさんも密かに憧れておりました。
ここでは、残念な結果に終わりましたが…。
…さて。
改めまして、本日は小説1巻の発売日です!
みなさま、もうお手に取っていただけましたでしょうか?
小説(書籍)版、ストーリー自体はこのWeb版と同じですが、書き下ろしエピソードも加筆修正もたっぷり、実に2割以上が小説(書籍)だけのオリジナルとなっております。
そして何より! イラストレーター様が大変美麗な表紙・カラーイラスト・挿絵を描いてくださっています!
挿絵では、超貴重(笑)な『髪型を整える前のデールとサイラス』が拝めます。コミカライズでは話の進行上省略された部分ですので、この姿が見られるのは小説1巻だけです!
みなさま、是非お手に取ってみてください!!
…それにしても、この8月にコミック・小説同時発売となるのがいまだに夢のようです…。いや、コミックはもう発売されているんですけども! 夢じゃないんですけども!
ここまで来れたのも、応援してくださるみなさまのお陰です。本当に、重ね重ね、ありがとうございます…!
そして、これからも、応援よろしくお願いいたします…!!
なお小話の更新はこれからも続きます。
次回更新は…えー、明日、8月26日ですね!(早い)
コミカライズの更新に合わせて、こちらの小話も更新予定です。




