コミカライズ1巻発売日! 記念SS【カルヴィン視点】うちの新人はちょっとおかしい。
本日8月7日は、コミカライズ1巻の発売日です!
…というわけで、発売記念SSを一つ。
大変珍しいギルド長ことカルヴィン視点、大掃除直後くらいの小王国支部での出来事です。
冒険者ギルド小王国支部。
珍しく午前中に全ての依頼を終え、のんびりと昼食を食べた後、オレは受付カウンターで書類を片付けていた。
「ギルド長」
「!」
妙に低い声で呼ばれて、思わず背筋を伸ばす。
顔を上げると、新人冒険者のユウがカウンターの向こうに立っている。
艷やかな紺色の髪に緑色の瞳、実年齢のわりにかなり若く──というか、幼く見える顔立ち。
よく言えばスレンダー、有り体に言えば凹凸に乏しい体格──などど口に出したら最後、明日の朝日は拝めない気がするが。
小柄なのに妙に迫力のある気配を纏っているのは錯覚ではない。この新人、戦いの素人だが、恐らく体力腕力だけならこの支部トップクラスだ。
…まあ、比較対象になる現役冒険者は、こいつ以外に2人しか居ないんだけどな。
その2人、魔法剣士のデールと大剣使いのサイラスは、ユウがこの支部に来たその日にユウのことを『姐さん』と呼び始め、今や完全にユウの舎弟と化している。
本職の拳闘士の一撃すら測定できるはずの『力量測定機』を正拳一発でひしゃげさせるのを目の当たりにしちまったんだし、まあ気持ちは分かる。正直オレも滅茶苦茶ビビった。
が、この支部のギルド長──支部長を務めるオレが冒険者に舐められちゃおしまいだ。他の支部の手前もあるし、威厳を保つのも大事だからな。
とはいえ…この妙にドスの利いた声を聞くと、腰が引けるのも確かなわけで。
「な、なんだ?」
声に動揺がにじんだのは、仕方がないと思いたい。
オレが応じると、ユウはスッと目を細めてカウンターの上を一瞥した。動作が怖い。
「…何してるの?」
ぽつり、こぼれた問いの意味が分からず、オレは目を瞬いた。
「なにって…書類を書いてるんだが?」
カウンターの上には、今まさに書いている書類と、書き損じた紙と、インクとペンが並んでいる。これを見て剣の鍛錬をしていると思う奴は居ないだろう。
オレが眉を顰めると、ユウは負けず劣らずしかめっ面になった。なんだその顔。
「…書いてる書類の他に、書き損じが山を作ってる気がするんだけど?」
「? そりゃあ、書き損じは出るもんだからな」
自慢じゃないが、オレは書類作成が得意じゃない。
ギルドの書類は一字一句間違いがあっちゃいけないし、読み返した時に読めないような字は論外だ。だから毎回、書類作成には相当気を遣うし、発生する書き損じも多い。
当然のことだと思うのだが、ユウは納得いかないらしい。眉間のシワを深くして書き損じの1枚を手に取り、
「それは分からなくもないけど、なんで、一枚一枚、ご丁寧にしわくちゃに丸めてカウンターの上に積み上げてんの?」
掲げられたのは、日付を間違ったものだった。
ユウの手である程度シワを伸ばされているが、インクが乾ききらないうちにくしゃくしゃに丸めたので、あちこちに黒いインクがついて大変なことになっている。
ともあれ、
「そりゃあ、書き損じだってすぐに分かるようにするためだ。間違った書類を提出するわけにはいかないからな」
丸めていないと、書き損じだと分からずに続きを書いて提出してしまうかも知れない。というか、以前オレはそれをやって本部から説教を食らった。この行動にはちゃんと理由があるのだ。
オレがそう主張すると、ユウは深々と溜息をついた。
「…あのね、書類の訂正方法って知ってる?」
「は? 訂正?」
「ギルドの規定に書いてあるやつ。訂正サインがあれば、間違ったところを朱書き訂正するだけで済むの。書き直さなくていいわけ」
「へっ」
思わぬことを言われた。オレがぽかんと口を開けると、ユウは半眼になる。
「あと、ゴミだっていうならさっさとゴミ箱に放り込め。提出用の書類とゴミの置き場所がごっちゃになってるから間違って提出するんでしょうが」
「うぐ」
ごもっとも。
「大体、インクが乾いてない書類を素手で丸めたら、手にもインクがつくでしょ。それで書類汚してちゃ世話ないんじゃないの?」
「…」
ぐうの音も出ない。
言葉に詰まるオレを冷ややかな目で一瞥した後、ユウは溜息まじりにギルドの2階に上がり、分厚い本──冒険者ギルドの規定集を手に戻って来た。
「はいこれ。ここからここまでが書類の修正方法に関する規定。書き方の例もきっちり載ってるから」
さらっとページを開いて指し示す。そこには確かに、『書類の訂正方法』という項目があった。
が。
「…お前なんで職員向けの規定まで把握してんだよ」
しかも項目番号を見るに、『書類の訂正方法』はメインの規定ではなく附則──補足的な部分に書かれているものだ。
どう考えても、一介の冒険者が把握しているのはおかしい。
オレが半眼で指摘すると、ユウは負けず劣らず眉間に深いシワを寄せて応じた。
「誰でも利用できる資料室に、こんなモノを平気で放置してるからでしょ?」
「うっ」
「あと今の反応を見る限り、ギルド長、この修正方法のこと知らなかったみたいだけど。なんで?」
「な」
「ねえなんで?」
「……」
表情を切り替え、ゴリッとした笑顔でユウが迫って来る。切り替えの早さもさることながら、言っている内容が厳しい。グサグサとオレの胸に突き刺さる。オイこらやめろ。
オレがじりじりと後退ると、ユウは突然深々と溜息をつき、まあいいけど、と険のある笑みを引っ込めた。
「ま、これ読んで、必要だと思ったら朱書き訂正するようにしたらいいんじゃない? そしたら無駄になる紙も減るだろうし」
「え、必ずやれって話じゃないのか?」
てっきり、『紙を無駄にするな』って、訂正を強制する流れかと思ってたんだが。
オレが言うと、ユウは片眉を上げた。
「そんなこと言わないって。私、ギルドの職員じゃなくてただの冒険者だし」
「…じゃあなんで最初絡んで来たんだよ」
意味が分からない。が──
「決まってるでしょ?」
ユウは再びドスの利いた気配を纏った。
「折角みんなで大掃除して綺麗になったのに、早速ゴミを適当な場所に投げ捨ててるゴミ屋敷製造装置が目の前に居たからだよ」
「うっ……」
思わず目を逸らすと、自分の横、書き損じの書類が床にいくつも転がっているのが視界に入った。カウンターの上に丸めて積み上げていってたから、一部はこぼれて床に落ちていたのだ。
…カウンターの向こう側にいるユウの視界には入っていないが、これがバレたら嫌味じゃ済まないな…。
そんなオレの心を読んだように、ユウは迫力のある笑みを浮かべた。
「今度同じことしてたら、ゴミ1つにつき2分正座させるからね」
「は!? いや、なんでだよ!?」
「体に覚えさせた方が速いから。ちゃんとゴミをゴミ箱に入れれば、正座せずに済むんだよ?」
簡単でしょ?と言い放つユウに、反論できる言葉はなく。
──それが冗談でもなんでもなかったことを、後日オレは文字通り『体に覚えさせられる』ことになった。
ユウさんは有言実行なので…お察しください。
さて。
改めまして、本日はコミカライズ1巻の発売日です!
みなさま、もうお手に取っていただけましたでしょうか?
実は当方、原作者特権(笑)で一足お先に読んだのですが…通しで読むとまたテンポが良くて、ユウさんたちが生き生きとしていて、もう本当に芝本様にコミカライズを描いていただけて幸せだなあと改めて実感しております…!
ここまで来れたのも、応援してくださるみなさまのお陰です。本当にありがとうございます!
コミカライズのユウさんたちの活躍はまだまだ序の口、これからもっと楽しくなっていきますので、引き続きお付き合いくださいませ。
なおコミカライズの次回更新日(8月12日)までにコミカライズ1巻を入手いただきますと、第1話から最新話まで通しで読めます。この機会に是非!
…ぶっちゃけますと、この1巻の初動が今後を決める、と言っても過言ではないので…『勇者()』と『せいじょ』をコミカライズでも『グッド・ラック!』できるように(笑)、応援をよろしくお願いいたします…!!
ついでに8月25日発売の小説1巻の方にも目を向けていただけると、当方、小躍りして喜びます(笑)
小話の次回更新はコミカライズの最新話更新に合わせまして、8月12日(火)の予定です。




