おまけ(15) 【ノエル視点】救いの手①
本日はコミカライズの更新日です!
あの人の登場です、みなさまお見逃しなく…!
…というわけで、本日はノエル視点。
ノエル・シャノン親子にとっての前日譚です。
※注意※
DV描写が出て来ます!
苦手な方は本文を読まずにスルーしてください!!
バン!
玄関のドアが乱暴に開かれる音がして、私は思わず身を竦めた。
夕食には少し遅い時間。今日は家に帰って夕飯を食べると言っていたから用意はしてあったのだけれど、そういうわけにもいかなかったらしい。
仕事の付き合いもあるし、仕方のないことなのだろう、きっと。
「──オイ、ノエル!」
玄関から入って来た夫、キースが、後ろ手にドアを閉めながら私を睨み付ける。ドアを開けた時の音で分かってはいたけれど、赤い顔と吊り上がった目に、私は絶望的な気持ちになった。
ああ…また酔ってる。機嫌が悪いみたい。
今日は何があったのかしら…。
「ポケットにハンカチが入ってなかったぞ!」
「あ…」
夫はこの街の西側、湖にほど近い庶民向けの観光エリアにある店で働いている。夫の両親が営む、由緒正しい土産物屋だ。
仕事着はちょっとお洒落で、胸ポケットから色付きのハンカチを見せるのが店員の暗黙のルールになっている。
いつもなら前の晩のうちに私がハンカチを用意して胸ポケットに入れておくのだけれど、昨日、ちゃんとやったかどうか記憶にない。昨夜は大皿と酒ビンが割れてしまって、片付けに気を取られていた。
「…ごめんなさい、あなた」
私が頭を下げると、夫はさらに顔を赤くして詰め寄って来る。
その体格がいつもよりずっと大きいのは気のせいではない。夫は酔っ払うと、筋骨隆々になって力も強くなる。普段とはまるで別人だ。
「そう言うってことは、お前の不手際だな? お前のせいで俺が恥をかいたんだよ!」
「ごめんなさい…」
「謝って済むか!」
夫の振るった手が、テーブルの上に並べられていた夕食をなぎ払った。
紅茶を入れるつもりだったマグカップ、蒸し野菜と鶏肉のハーブ焼きの皿、ご飯、それにフォークもナイフも、ガシャンと音を立てて床に散らばる。
よほど当たり所がよかったのか、同じくテーブルに出ていた小皿が大きく吹っ飛んでリビングの奥の窓を直撃した。激しい音を立てて、窓ガラスが割れる。
何回経験しても、その音と光景には慣れない。
思わず身を竦める私を、夫は赤く血走った目で睨み付ける。
「お前が悪い。お前がちゃんとしてれば、こんなことにはならないんだよ」
「…はい…」
私はただただ胸の前で手を組み、身を小さくして頷いた。
謝っても許されることはないし、反論したら怒り狂った夫に殴られることになる。
そもそも私が、もっとしっかりしていればよかった。だから怒られても仕方ないし、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
…シャノンがここに居なくて良かった。
私はこっそりと内心で安堵する。
娘のシャノンは、私と違ってとてもしっかりしていて、夫が酔っている時の振る舞いをよく思っていない。
夫が酔っている時はなるべく関わらないように、部屋から出て来ないようにと言い聞かせていて、今のところはそれを守ってくれているけれど、いつか真正面からぶつかって大変なことになるのではないかと危惧している。
「…おい、聞いてるのか!?」
私が違うことを考えていることに気付いた夫が、激昂して腕を振り上げた。
「うっ…!」
勢いのまま振り下ろされた拳が、私の肩を打ち据える。バランスを崩して私がその場に倒れ込むと、投げ出された右手を夫が踏み付けた。
ピキ、と微かに響く、乾いた音。グリグリと踏み付けられる右手。痛い。
私が声もなく涙を滲ませていると、唐突に足が退けられた。
「……っ、ふん!」
ドスドスと足跡荒く、夫が風呂場に去って行く。程なくシャワーの音がし始めて、私は安堵の溜息をついて立ち上がろうとした。
「っ…!」
床についた右手に激痛が走った。ガクンと倒れ掛かって、咄嗟に左手で身体を支える。
右手の甲に靴跡がついていた。
血が出ているわけではないけれど、痺れと痛みが同時に襲って来る。指が震え、まともに動かせない。
「──お母さん!?」
シャノンの声がした。真っ青な顔で階段を降り、こちらに駆け寄って来る。
「お母さん、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ…」
あまりの痛みに頬が強張る。今私は、ちゃんと笑えているだろうか。
ああ…しっかりしなきゃ。大事な娘に、心配をかけちゃいけない。
「お医者様に…」
「大丈夫よ。それに、もう夜も遅いわ。…救急箱を取ってくれる?」
こんな時間にお医者様はやっていない。そもそも夫は、私が医者にかかるのを許してはくれないだろう。…私も、どう説明したらいいのか分からないし…。
キッチンで手を洗って靴跡を落とす。
水に触れたりタオルで拭ったりするだけで痛みが増すけれど、そのままにもしておけない。
その後、シャノンが持って来てくれた救急箱から、細く切って巻いておいた晒し布を取り出し、何とか右手に巻こうとする。けれど、利き手ではない左手では上手くいかなかった。
「私がやる」
シャノンが私の手から晒し布を取り上げた。
ガーゼの上から、器用にくるくると右手の甲を覆ってくれる。
「上手ね」
「前に学校で習ったの」
シャノンはつい数日前、この街の学校を卒業したばかりだ。今の学校では応急処置の方法まで教えてくれるらしい。すごいわね…。
「…はい、出来上がり」
「ありがとう、シャノン」
少しだけ痛みが引いた気がする。私はホッと息をついたけれど、シャノンは何か思い詰めた顔をしていた。
「…シャノン?」
「──お母さん、このままじゃダメ」
「え…?」
シャノンは真っ直ぐに私を見た。その目があまりにも真剣で、私は思わず息を呑む。
「お父さん、絶対おかしい。なんでお酒を飲むとあんなになっちゃうの? なんで何回繰り返しても懲りないの? お母さん、怪我してるのに」
「それは…ほら、お父さんは酔ってる間のこと、何も覚えてないから…」
「覚えてるかどうかは関係ない」
シャノンはきっぱりと首を横に振る。
「覚えてなくたって、物が壊れてるとか、お母さんが怪我してるとか、そういうのは次の日になったら分かるもん」
「でもほら、正気に戻ったら謝ってくれるじゃない」
「あれは謝るって言わない」
「………?」
あまりにも頑ななシャノンの言葉に、私は不意に泣きそうになった。
娘の言うことなのに、どういう意味なのか分からない。
夫は酔いが醒めれば『悪かった』と言ってくれるのに、あれが謝罪ではないというのはどういうことだろう。
「……ごめん、なんでもない」
シャノンがふっと目を逸らして、首を横に振った。私が目を瞬くと、シャノンは苦笑しながら腕まくりする。
「──さ、片付けちゃお! お母さん!」
「え、ええ」
その表情が妙に大人びて見えて、私は戸惑いながら頷いた。
お風呂から上がった夫は、すっかり酔いが醒めた顔になっていた。
「ノエル、私は酔っていたみたいだな。すまない…」
悄然と肩を落とす夫に、先程までの威圧感はない。実際体格も一回り以上、小さくなっている。
シャノンが手伝ってくれたおかげで、テーブル周りはすっかり綺麗になっている。窓も布で覆ってカーテンを閉めたので、パッと見には割れていると分からない。
正気に戻ったことに安堵していると、夫は首を横に振った。
「今日はその…色々あって疲れていたんだ。ハンカチがなくて肩身の狭い思いをしてしまったし…」
ハンカチは店員のおしゃれポイントだ。私もシャノンが生まれる前は夫の両親に頼まれ、店を手伝っていたから知っている。忘れると恥ずかしい、その思いも理解できる。
「私こそごめんなさい、きちんと確認しておくべきだったわ。…明日着る服にはちゃんとハンカチを入れておいたから、安心してね、あなた」
私が笑い掛けると、夫はホッとした様子で笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ノエル」
笑顔で名前を呼ばれると、胸が温かくなる。
…ほら、大丈夫。私は愛されている。
私たちの暮らしを維持するために身を粉にして働いてくれている夫には、感謝しなくちゃ。
酔うと態度が変わるのも、ストレスのせいだって言ってたもの。私が支えないと。
この人の身の回りのことを完璧にこなすのは、妻である私の役目。
だから、それが出来なかった時に怒られるのは当たり前のこと。
…そう、当たり前なのよ。
当たり前じゃないよノエルさーん!?(byユウ)
…ごほん。
さて。
本日はコミカライズ第5話、その①の更新でしたね!
みなさま、もうお読みいただけましたでしょうか?
今回更新分の原作者的イチオシポイントは、
・ノエルさん登場!(おっとり系美人、かわええ…!)
・『お宅の旦那とか…』のユウさん(目がヤバい※誉め言葉)
・第1話ぶりに登場、の騎士団長ことアレクシス(鎧を脱いだ姿はお初ですね!)
・時々(と言うか頻繁に)悪い顔になるユウさん(いいぞもっとやれ)
・真剣なお顔のルーン(いやシリアスな場面なんですけど、片耳ぴくぴくさせてるのが可愛くて…w)
…です!
今回は何と言ってもノエルさん登場回ですので、是非注目していただきたいところですね。
ほんわかした雰囲気の美人。庇護欲をそそるタイプってこういう人のことを言うんでしょうね。ユウさんとは真逆…いえ何でもないです。
そして再登場しました、アレクシス。
今回は鎧を脱いだバージョン。そして乗馬。
あ、ちなみに乗ってるのは普通の馬です。普通じゃない馬()は特別なのでね。追い追い出て来る予定。
不穏な空気が漂いつつ、次回の更新は第4週の火曜日、6月24日になります!
みなさま、引き続きコミカライズの応援をよろしくお願いします!