おまけ(11) 【灘木優の同僚視点】居なくなって分かる有難み③
本日はコミカライズ9回目の更新日です!
無料公開期間は本日より2週間ですので、みなさまお見逃しなく…!
その後もひいひい言いながら何とか荷物を運ぶ。
最後の方はみんな汗だくで、エレベーター使えるやつらがエレベーターで運べよという恨み言を呟きながらの運搬になった。よくよく確認したら、中身は8割方、社長か専務か秘書課宛てだったからだ。
そして。
「お………」
「終わった…!!」
最後の2つを持って、私たちは5階のホールに半ば倒れるように到着した。
優はさらに宛先部署にそれぞれ運んで、開梱と中身の確認までやってたらしいけど、私たちはそんなことしない。ここまで運んでやったんだから自分たちで取りに来い。
──などと思っていると、奥の会議室の扉が開いた。
「…む? なんだ、来ないと思ったらまだそんなことをしていたのか」
どこぞの不潔さがトレードマークのフード姿のネズミ妖怪みたいな風貌の、優の部署の課長が、優の後輩に向かって目を細める。
「会議は終わったからな。レコーダーは渡してやるから、議事録を作っておけよ」
無駄に偉そうだ。いや、実際立場上は上司だけれど。
…そもそも議事録って、参加した人間が作るもんなんじゃないの? なんで今まで荷物運びしてた人間に振るわけ?
半ば放り捨てられるように渡されたレコーダーを死んだ魚の目で見下ろして、優の後輩が『分かりました』と平坦な声で呟いた。
明らかにヤバい状況なのに、ネズミおと──もとい、優の部署の課長は彼女を一瞥もせずに踵を返す。
…そうは問屋が卸さないわよ。
「課長、そちら宛ての荷物、ここにあるので持って行ってください」
私が尖った声で告げたら、課長は明らかに不機嫌そうな顔で振り返った。
「ウチの部署の荷物なら、そこに適任が居るだろう」
「いーえ。課長の名指しで届いてるんでダメです。機密情報に関わるものだったら、下っ端に見せたらまずいでしょう?」
「灘木君は開けて──」
「ここに灘木さんは居ません。今までが特殊だったんですよ。はい、どうぞ!」
半ば意地で重い箱を持ち上げ、課長に差し出す。
課長は顔を顰めながらもそれを受け取り──ギョッと目を剥いた。
「な、なんだこれは…!?」
「荷物です。ここで開ける気がないのなら持って帰ってください」
「腰がやられる…!」
「そうですね。早く持って行って下ろさないとヤバいんじゃないですか?」
横で先輩と後輩が吹き出しそうになっている。
なるべくそっちを見ないように涼しい顔で言うと、課長は真っ赤な顔で会議室に向かって声を上げた。
「お、おい! 早く出て来て手伝え!」
「はい!?」
まさか自分たちが呼ばれるとは思っていなかったんだろう。ひょろ長い男性社員と肥満体の男性社員が、焦った顔で出て来て2人掛かりで課長から荷物を受け取り、悲鳴を上げる。
「無理です…!」
「灘木に頼んでくださいよ!?」
「『灘木優』は居ませんよ」
私が冷ややかに告げると、2人は揃って口を噤み、こちらを見た。
「私より小柄な女性一人にずーっとこんな重い荷物運ばせてたってこと、少しは恥じてください」
『……』
「こら、言い過ぎだ」
「スミマセン」
先輩に突っ込まれたので、取って付けたように謝罪しておく。
優の部署の男性陣は、とても気まずそうな顔で段ボールを運んで行った。
「…ありがとうございました」
その背中を見送った後、優の後輩が一礼して自分の部署へ戻って行く。
ふらふらと左右に揺れる歩き方が、何とも危なっかしい。
「……っよし!」
パンと自分の両頬を叩いて、私は気持ちを切り替えた。
ざっと荷物の宛先を確認して、関係部署に声を掛ける。
「階段ホールに荷物があるんで、それぞれ持って行ってくださいねー!」
「え、持って来てくれないのかよ!?」
「持って来ましたよ、5階まで」
「だったらここまで持って来ても」
「自分たち宛ての荷物は自分たちで責任持ってください」
文句を言っているのは技術系の男性社員だ。
彼に限らず、外回りの営業なんか完全に無関係みたいな顔をしているし、内勤の社員はみんなブーブー言っている。
…黙れ小僧!って、こういう時に使うのかしらね…。
私も他人のこと言えないけど、みんな優に頼りすぎ。
「荷物が来たら勝手に運ばれて勝手に仕分けられて勝手に開梱されて全部確認されてから手元に届くなんて、そんな都合のいいことあるわけないでしょ。放置するのは勝手ですけど、ゴミ扱いされて捨てられても知りませんからね」
腰に手を当てて言い放ち、私はさっさと別の部署へ向かう。知らせてやるだけありがたく思え。
「くっそ、俺だって忙しいのに──重っ!?」
背後で悲鳴が上がった。
「なんでこんなに重いんだよ!?」
「なに冗談抜かして──え?」
「…マジかよ…」
悲鳴が上がったと思ったら、すぐに静かになる。
お通夜のような空気に、私はこっそり鼻を鳴らした。
…今まで優に何をさせてきたのか、思い知るといいわ。
その後、私は一つ上の階に上がる。
本当は、全く、欠片も、行きたくないんだけど、宛先にこの階の人が沢山書かれていたから仕方ない。
廊下を少し歩いた先、プレートに『秘書課』と書かれた無駄に彫刻が細かいドアを数秒見詰め、私はそのままドアを開けようとして──直前で思い留まって、コンコンコン、と強めにドアをノックした。
──……!
──!
ドアの向こうで、何やらドタバタと動き回る音がする。
…大正解だったわね…。
思わず遠い目をする私の前で、やや乱暴にドアが開いた。
「なんだいきなり」
顔を出したのは秘書課の女性社員ではなく、社長の息子──優と同時期に出社しなくなった『暁月美海』の婚約者で、この会社の専務でもあるボンボンだった。
少し乱れが残った髪と服、不機嫌そうな顔、唇の端に残るルージュの痕跡──何をしていたかなんて誰の目にも明らかだ。
あの肉食系女子にしてこの婚約者あり。うげえ。
吐き気をこらえ、私は真面目な顔で応じた。
「社長と専務と秘書課宛てに、それぞれ荷物が届いています。5階の階段ホールに置いてあるので、お手隙の際に回収をお願いします」
「は? それは君たちの仕事だろう」
「いえ、間違いがあっては一大事ですので…信頼のおける方に頼んでください」
あなた、秘書課以外の下っ端を信頼出来ます?と、暗に脅迫してみる。
私たちにやらせてもいいけど、何が起きても知らないわよ──という言外の警告は無事に届いたらしい。専務は顔を引き攣らせて室内を振り返った。
「君たち、こちら宛ての荷物を引き取って来るんだ!」
「ええー、私たちじゃ運べませんよぅ」
「そういうのはー、力のある男の人にお願いしたいなぁ」
「専務、ジム通いしてるんですよねぇ?」
「やだー、格好いいとこ見たーい!」
室内から聞こえたのは、猫撫で声──と表現したら優が『あんなのの例えに『ネコ』って単語使うな』と殺気立ちそうな、あからさまに媚びを売る秘書課お得意の声だった。
私の背中もゾワッとする。
プロの接客業の人たちとは違う、寒気を誘う声だ。これでウチの役職持ちとか取引先のお偉いさんからはウケが良いとか、意味が分からない。
意味が分からないが、専務に効果は抜群だったらしい。ニヤリと笑ったボンボンは、そうかそうか、と腕まくりした。
「ならば、私の実力を見せようじゃないか。──道を開けたまえ」
「あ、はい」
私がサッと避けると、専務は鼻息荒く部屋を出る。『キャーやだカッコいい』みたいな黄色い声を上げる秘書課の賑やかしもそれに続いた。
「……ふふ」
「雑用、ゴクロウサマ」
すれ違いざま、冷笑とともにそんな囁きが聞こえた。
「…暇人ね」
全員聞こえない距離まで離れたことを確認して、私はぼそりと呟く。
私にとっちゃ、荷物運びよりもボンボンに媚びを売る方がよっぽど無駄な仕事なんだけど…秘書課の連中と価値観が一致することはこの先もないだろう。永遠に。
溜息一つで受け流して、私は自分の部署に戻った。
雑用って、『それほど重要じゃない雑多な仕事』じゃなくて、『煩雑でめんどくさくて誰もやりたがらないけど絶対に必要な仕事』って意味だと思うんですよ…。
さて。
本日はコミカライズ第3話、その④の更新でしたね!
みなさま、もうお読みいただけましたでしょうか?
今回更新分の原作者的イチオシポイントは、
・グレナ様ー!(グレナ様ですよみなさん!)
・キッチン洗浄で活躍してくれた3匹のケットシー(みんな色柄毛並みが違って可愛い…!)
・『毒はなさSO』なユウさんと身をもって毒がないことを証明するギルド長(あーあ…w)
・『米が無ぇ』(某超有名マンガのオマージュですね(笑))
…です!
いやあ、とうとう出て来ましたねグレナ様。ついつい『様』を付けてしまいますね。
この御方のキャラクターデザインは、最初に見せていただいた時に『グレナ様だー!!』と真面目に叫びました。いや本当冗談抜きでイメージ通りなんですよ。素晴らしい女傑系ばあさ…んんっ、マダムですね!
次回更新では、飯テロ(実食)パートがやってまいります…!
みなさま、引き続きコミカライズの応援をよろしくお願いします!




