おまけ(9) 【灘木優の同僚視点】居なくなって分かる有難み①
本日はコミカライズ7回目の更新日です!
無料公開期間は本日より2週間ですので、みなさまお見逃しなく…!
さて本日の小話は、視点がガラリと変わりまして、召喚前にユウが勤めていた会社の同僚視点。
同僚が居なくなって、さてみんなの反応は?というお話、その①です。
灘木優は、私の数少ない同期である。
小柄で、黒髪のショートボブがよく似合っていて、真面目で仕事が出来る女性。
未成年に間違われることもある童顔に対して、たまに吐く毒のあるコメントは切れ味バツグン。
ちゃんとお洒落すれば間違いなく可愛いのに、『ひらひらのふわふわは私には似合わないから』と言って、カーディガンにパンツスタイルで仕事している。それも確かに似合うんだけど。
──そんな彼女が、ある日突然出勤しなくなった。
うちは残業時間帯からがむしろ本番、みたいなブラック企業だから、何の予告もなしに人が辞めるのはそれほど珍しくもない。むしろ、正当に退職届を出してちゃんと引き継ぎをして挨拶して辞めて行く人なんてほぼ皆無だ。
中途でも新卒でも、入って来る人は多いけど、社員の数が増えることはない。みんないつの間にか辞めて行くから。
…そんな環境だから、優が出勤しなくなった時、周囲の反応は散々だった。
『またか』と肩を竦める者、『仕事の割り振りはどうなる』と戦々恐々とする者、『死んだか?』と性質の悪い冗談を飛ばす者。
優本人の心配はしていない、という点は共通していたけれど。
でも、私は知っている。
優は仕事を放って逃げ出すような人じゃない。どんな無茶振りにも、文句を言いつつも対処してきた。
本人に自覚はないけど、今では管理職候補だ。うちの会社で、入社5年目の女性としては珍しいと言われている。
「…何かあったのかな…」
優が出勤しなくなってから1週間。
相変わらず、彼女は出社して来ない。
最初の頃は『あいつ今日も来ないのか!?』と悲鳴を上げていた社員たちも、もう優のことを話題にすらしなくなった。
仕事上でも、残業が増えたとかちょっと行き違いが起きたとかはあるけど、致命的なトラブルはない──優が全てのデータを共有サーバーに保存して、上司に仕事の進捗を逐一メールで報告していたお陰で、状況が追えるようになっていたから。
まるで自分が居なくなる前提で仕事をしていたみたいで、それを知った時は背中がヒヤリとした。
他の面々は、まるで気付いていなかったけれど。
「まだ心配してんのか」
私の呟きを拾って、隣の席の先輩が呆れた顔で言った。
「どうせあいつも、ここが嫌になったんだろ? まあ逃げ出して正解だと思うけどな」
「優はそんなタイプじゃないですよ」
「どーだか」
目が覚める系飲料を一気飲みして、先輩は肩を竦める。
「どっちみち来てないのは確かだし、あと数日もすりゃ会社から解雇通知が行ってオサラバだ。帰って来ない相手を気にしてたってしょうがないだろ」
「それは…」
そうですけど。言おうとしたところで、
「ところがどっこい、そう単純な話でもなさそうなんですよねえ」
口を挟んだのは、噂好きな後輩だった。ちょいちょい変な情報をどこからか仕入れて来る、うちの部署の事情通だ。
クマの浮かぶ目を妙に楽しそうに輝かせて、後輩はひそひそと囁く。
「実は優先輩が来なくなった日から、秘書課の暁月美海先輩とも連絡が取れなくなってるらしいんですよ」
「ああ、それは私も聞いたわ」
私は目を細めてその話題をぶった切る。
暁月美海は3つ下の後輩で、いかにも男好きしそうな『可愛らしい系』の美人だ。
ただし可愛いのは見た目だけで、中身は節操のない肉食系女子。社長の息子と婚約していながら他に複数人と関係を持っているらしく、秘書課以外の女性社員の間では大変に評判が悪い。
…まあ秘書課の連中は他部署の女性社員を見下しているところがあるし、お互い様だけれど。
まあとにかく、そんなヤツの話はしていない。私が睨むと、後輩はにやりと笑った。
「じゃ、この情報はどうです? ──美海先輩、ここ最近、優先輩の旦那さんと付き合ってたんですよ」
「んな」
「………はあ!?」
声が裏返った。
ハッとして慌てて周囲を見回すが、深夜残業帯の今、このフロアには同じ部署の人間しか居ない。上司は先程タバコを吸いに喫煙所に行ったから、しばらく戻って来ないだろう。
「先輩、声が大きいです」
「ごめん。…でもそれ、ホントなの?」
声量を抑えて問い掛けると、後輩は真顔で頷いた。
「前に飲み会で聞いたんですよ、美海先輩本人から」
「それ完全にアウトじゃないの…」
「そこまでやるか、あの女狐…」
先輩も流石に顔を引き攣らせている。
こちらの反応を見てニヤニヤしている後輩を、私は思い切り睨み付けた。
「あんたそれ、どうして早く優に言わなかったのよ」
「先輩なら言えます? 『おたくのダンナ、貴女が新人教育した秘書課の肉食系女子と浮気してますよ』なんて」
「それは…」
言えない。ただでさえ仕事と家事で疲弊してやさぐれてる優に、そんなこと言えない…。
「…灘木のやつ、前に『ダンナが調子悪いみたいで、ずっと仕事休んでるんですよね』って言ってなかったか?」
「そうですね………え、待って。その旦那が美海と浮気してるってことは、まさか仮病?」
「有り得ますね。だってほら、秘書課って飲み会の翌日、休みがもらえたりするじゃないですか」
うちの会社の『秘書課』は、秘書と言うより会社専属のイベントコンパニオンの集まりだ。
主な仕事の場は定時後の飲み会の席なので、その翌日は時差出勤になったり休みになったりして、昼間会社に居ないことの方が多い。
優のダンナは仕事を休んでるって話だから、美海とだったら平日昼間に浮気し放題ってことだ。
そこまで考えたところで、私の頭の中に嫌な仮説が立った。
「……まさかとは思うけど、優、浮気現場に出くわして一悶着あって、出社できない状態になった、とか言わないわよね…?」
「…え…」
「おい、ホラー展開持ち込むなよ」
「だって、あの優ですよ? インフルエンザになっても普通に家でテレワークしてたワーカホリックですよ? 無断で休むとか、有り得ます?」
ちょっと前にあった騒動を引き合いに出す。
インフルエンザになったら『じゃあテレワークな! パソコンあるだろ?』とか言い出す上司も上司だけど、ブチ切れながら本当に仕事する優も優だ。
意識が朦朧としていたのか、優にしては誤字脱字が多いメールを受け取った同僚はドン引きしてたし、優と同じ部署の人たちは『そんな前例作らなくていいのに!』と悲鳴を上げていた。私も心の底からそう思う。
先輩はとても嫌そうな顔になった。
「まあ確かに不自然だけどな…つーかブラックエピソードを持ち出すな。自慢にもならんわ」
「あれはヤバかったですよね…」
後輩も遠い目になる。
ウチの部署であの時優からのメールを受け取ったのはこの後輩だ。『なんか優先輩から変なの来てるんですけど…!?』と、ゾンビに遭遇したみたいな顔で助けを求めてきた。
実際あの時の優は多分ゾンビに等しい状態だったと思う。
残業続きでちょっと血色の悪い顔を見合わせた後、先輩が首を横に振った。
「あーくそ、考えても仕方ないだろ。仕事するぞ仕事。今日は終電前に帰りたいんだよ、俺は」
「もうあと30分もすれば終電ですけどね」
「いっそ今日も泊まればタクシー代が浮くんじゃないですか?」
「変な方向で節約しようとすんな!」
この会社、終電前に帰れる方が珍しいのに、交通費は電車の定期代のみ。タクシーを使ったら自腹なのだ。
こんな会社辞めてやる──などと思いつつ、今日も私たちは仕事に忙殺されていく。
優のことは心配だけれど、まず目の前のことを片付けないと家にも帰れない。
結局のところ、それが一番重要なことだった。
ブラックな職場にどっぷり浸かる同僚たち。
雑談出来るだけマシ、とか言ってはいけません…。
さて。
本日はコミカライズ第3話、その②の更新でしたね!
みなさま、もうお読みいただけましたでしょうか?
今回更新分の原作者的イチオシポイントは…
・疲れてスコ座りしてるルーン(カワイイ…!)
・ケットシーのウインク一発で心臓撃ち抜かれるユウさん(気持ちはとても良く分かります)
・『イノシシ肉のやわらか煮』で悪い顔をする一人と一匹(良いお顔ですねw)
・方々で声を掛けるルーン(登場するケットシーたちの色柄毛並みにも注目です!)
・軽々ゴミの袋を担ぐサイラスと軽々片手で荷車を引くユウさんの身長差(大人とこど…いえ何でもないです)
・最後のページの下、硬貨の価値についてのユウさんの解説(口調がいかにもユウさんですね…!)
…です!
ちなみになろうの小説では、夜にユウさんにウインクかますケットシーは『金目の白いケットシー』でしたが、コミカライズでは『茶白のケットシー』に変更していただきました。
…なんでかって?
………『金目の白いケットシー』だと、後々出て来る(ハズ)のルーンの兄弟、『アル』とモロ被りだからです…。
アルはこの街に居ないはずなんですよ…!
…みなさん、ケットシーの毛色の設定は慎重にしましょうね!(←そんなしょうもないことで困る人はそんなに居ない)
…ゴホン!
さて。
本日更新分の最後のページに、しれっと『あの方』が出て来ましたね!
次回は個人的にお気に入りの『あの台詞』が出て来ます(笑)
みなさま、引き続きコミカライズの応援をよろしくお願いします!




