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おまけ(5) ホームの惨劇 その③

本日、カドコミ(コミックウォーカー)にてコミカライズが更新されました!

無料公開は更新日から2週間ですので、お早めにご覧ください!


 その後、私たちとエルドレッドと、エルドレッドに呼ばれた文官1名は、城を出て私の住まいに向かった。


 途中、ギルドに寄ってギルド長に声を掛ける。破かれた本がものすごい貴重品だったので、流石にギルド長の立ち会いも必要だろうって話になったのだ。

 概要を聞いたギルド長は目を剥いていた。


「…ルーン、お前状況を把握した時点でオレに言えよ」

《ダメダメ。その頃はスキル『カリスマ』全盛期だっただろ? 城に殴り込んだって意味ないのに、小王国支部のメンツに情報流したら暴走しそうだったからな》

「うぐ」


 ルーンにさらりと言われて、ギルド長が言葉に詰まる。


 現に先程も、ギルドに居合わせたデールとサイラスが話を聞いて暴走しそうになっていた。私が『下手人はこっちで落とし前つけるから2人は大人しくしてて』って言ったらすぐ大人しくなったけど。


「──というわけで、はい、ウチはここでーす」


 ギルドから家まではそれほど遠くない。

 鍵を開けてドアを全開にすると、エルドレッドたちは部屋に入り──数歩進んだところで愕然と足を止めた。


「………マジか」

「これは……」

「……本当に、騎士団が……?」


 エルドレッドはただでさえ厳つい顔を固め、ギルド長は珍しく深刻な顔をして、文官の男性は呆然と呟く。


 まあね、気持ちは分かる。


「大家さんの証言もあるし、多分だけど…ケットシーでも目撃してた子、居るんじゃない?」

《ああ、居るぞ。スズシロとアカネが見てたってさ》


 ルーンに話を振ったらすぐに頷いてくれた。


 ケットシーたちは悠々自適に生きているように見えて、街の様子をつぶさに観察している。

 いつもと違うことをしていたら、そりゃあ野次馬しに来るだろう。鶏ハムでも積んでお願いすれば、証言もしてくれるはずだ。


「──騎士団で間違いねぇ。靴跡が騎士団で支給されるブーツと同じだ」


 靴跡がバッチリついている破れたメモ用紙を手に取り、エルドレッドが眉間に深いしわを刻む。


「あの野郎ども、隠してりゃバレねぇと思って黙ってやがったな…?」

《単純に忘れてた可能性もあるぞ。連中にとって、平民の家を荒らし回ったことなんて些末な出来事なんだろ》

「あー、有り得るね」


 私たちにとって騎士団は、そう思う程度には信用がない。

 少し前までは魔物討伐の経験を積ませてくれと頼まれて一緒に行動することもあったけど、その時も『平民風情が』って視線は何度も感じた。

 多分、貴族の血筋で色々拗らせた連中の頭の中はその程度なんだろう。


 私とルーンの冷めたコメントに、ギルド長が苦い顔をする。


「…否定出来ねぇあたりが、なんともな…」

「だからって、許すわけねぇだろ」


 エルドレッドは完全にスイッチが入ったらしい。殺気みたいなのが厳つい肩から立ち昇ってる気がする。

 文官がヒッと小さく悲鳴を上げた。


「おい、この状況を記録しろ。可能な限り詳細にだ」

「は、はいっ!」


 文官がビシッと背筋を伸ばしてメモ帳とペンを構える。そこにギルド長が待ったを掛けた。


「その前に──ユウ、他人に見られたら困るモンとか、部屋ん中に落ちてたりするか?」

「へ?」

「あー…例えばほら、下履きとか…」

「あ」


 ものすごく言いにくそうな態度だ。私はようやく理解する。


 要するに、ここに来たのは全員男性だから、下着類とか見られちゃ恥ずかしい物は回収しろと。

 …うーん、でもなあ…


「被害状況は正確に把握して欲しいし、私は別にこの惨状の中で何見られても気にしないよ?」


 そんな、思春期の女の子じゃあるまいし。


 私が言った瞬間、ギルド長が頭を抱えて叫んだ。


「オレらが気にするんだ! オレらが!!」

「ええ……」

《…お前、変なところで大雑把だよな…》

《ちょっとは周囲に気を遣って欲しいわよね》


 ルーンとサラの視線が冷たい。


 そして、問題ないわよ、と溜息混じりに言ったのはサラだった。


《そういうのはさっき私が回収しておいたから、もう部屋の中には残ってないわ。被害の状況が分かれば良いんだったら、後で書類にまとめて渡すわよ》

「マジか」

「助かる」


 ギルド長とエルドレッドが食いついた。さらにエルドレッドは、


「品目は『衣類』で構わねぇから枚数だけ教えてくれ。金額はこっちで算出する」

《分かったわ》


 サラの言葉で、ギルド長たちはあからさまにホッとした顔になっている。

 流石はサラ…なんだけど、何か釈然としない。


「よし、それじゃ確認するか」


 そんな私の内心をよそに、ギルド長たちは早速作業を始めた。


「これは魔物図鑑、こっちは建国記──って、どっちみちバラバラになってんだから分ける必要もねぇか」

「ああ、その辺にまとめて積んどけ。後で下手人どもに分類させる。──ユウ、お前は衣類を確認してろ」

「りょーかーい」


 エルドレッドの指示で、私は大人しくクローゼット前に向かった。

 とりあえずスペースを確保するためにズタズタになったマットレスを引っ繰り返しつつ壁際に立てて、掛け布団と枕──だったものをマットレスに掛ける。

 それを見ていた文官が青い顔になった。


「こちらの寝具は、もしや…」

「ええと、ステラさんってマダムからの頂き物」


 買ってないことがバレたか。

 この家に置いてあるにしちゃ、ちょっと高級っぽい質感だもんね、寝具一式。


 ステラはグレナの友人で、足の悪い上品なマダムだ。

 私が冒険者になりたての頃、シャノンと一緒によく家にお邪魔していた。買い物代行とか不用品の引き取りとか、簡単な依頼をギルドに出してくれる上得意様でもある。


 ちなみに私がこっちに召喚されてすぐの頃、ギルドの大掃除をした時に仮眠室の寝具を最初に提供してくれたのもステラである。

 つまり私が昔、仮眠室で寝泊まり出来ていたのは彼女のお陰。


「…おい、今『ステラ』とか言わなかったか?」


 エルドレッドがひょいと顔を出した。何故か表情が強張っている。


「え? 言ったけど。エルドレッド、ステラさんの知り合い?」


 私が首を傾げたら、エルドレッドはその問いに答えず、ギルド長を振り返った。


「おいカルヴィン、お前ちゃんと教えてないだろ」

「何をだ?」

「ステラ──『ステラティア・アローズ』が、この国の公爵家当主だってことをだよ…!!」

「えっ」


 まさかの情報に、私の思考が停止する。


 …公爵家当主?

 いや確かに、たまにお屋敷で見る執事さんとかメイドさんとか、普通じゃないって言うか、すごく仕事出来そうだなーとは思ってたけど……え、ご本人が偉い人?



「やだなにそれカッコいい」


「なんでそうなる!?」



 正直に感想を述べたらエルドレッドが絶叫した。近所迷惑だぞ。


「え、だって女公爵様とかすごいじゃん。多分この国じゃ当代唯一だよね?」

「当代どころか、歴代初にして唯一だな。まあ、息子夫婦が事故死しちまったんで、例外中の例外だ。次代──孫が成人するまでの中継ぎ扱いでな」

「へえ…それはそれで大変そう」

「今更平然と解説すんな!」


 エルドレッドの突っ込みが忙しい。ギルド長が煩わしそうな顔をした。


「いちいち騒ぐなよ…。大体だな、第2王子のお前と第3王子のオレを前にしてこの態度だぞ? マダム・ステラが公爵家当主だと知ったとして、何か変わると思うか?」

「…それは……」

「言っとくがこいつ、最初っからこんな態度だったし、オレが王子だって知ってからもタメ口のまんまだからな」

「敬意を払えなかったのはギルド長が初見で山賊にしか見えなかったからだけど」

「今ここでそれを言うな」

「…………」


 ギルド長が半眼になり、エルドレッドが胡乱な顔をする。

 エルドレッドは山賊もどきだった頃のギルド長を知らないもんね。…知らない方が幸せなこともある。


 私はコホンと咳払いして話題を戻した。


「…で、ステラさんが偉い人だと何か問題あるの?」

「大ありだ」


 エルドレッドが呻いて、壁に立て掛けられたマットレスを視線で示した。


「そこの右下に、刺繡があるだろう」

「あるね」


 マットレスの裏面、あまり目立たない端の方に、X字に交差する2本の剣とオオカミ──と言うかウルフの顔をモチーフにした意匠が、青い糸で刺繍されている。

 表からは見えないし、ほとんど気にしてなかったけど…改めて見るとこれ、ものすごく細かい刺繍だなあ…。


「…それがアローズ公爵家の家紋だ。それが入ってるってことは、このマットレスは公爵家が()()()()()()()ものってことになる」

「え」


 それって滅茶苦茶高級なんじゃ…。


 貰い物だったから、その価値をきちんと確認したことなんてなかった。値札とか付いてないし。


 みんなの視線が寝具に集中する中、エルドレッドが低い声で呟く。


「…一応確認だが、ユウ」

「うん」

「そこの寝具以外に、マダム・ステラからの貰い物はないだろうな?」

「…それ正直に申告した方が良い?」


 私の逆質問で色々察したらしい。エルドレッドの眉間のシワが1本増えた。


「……正直かつ正確に言え」


 なるほど、了解。


「陶器のマグカップと深皿のセットと、醤油とか味噌とか輸入物の調味料一式、あと焦げ付きにくい鍋とフライパン」

「お前貰いすぎだ」


 ギルド長が顔を引き攣らせた。


「だってステラさんが『うちでは要らないから引き取って欲しい』って言うから…」


 考えてみると、調味料はビンとか陶器の器とかに満杯に入ってたし、調理器具も食器もピカピカで使った形跡がなかったから、中古じゃなくて新品だったんだろう。


「………方針変更だ。まずはキッチンを確認するぞ」

「分かった」


 寝具以外は全部キッチンにある……あったはずのものだ。

 探すと、わりとすぐ見付かった。


「あった。これが貰い物の食器。マグカップかな…」


 白い破片を手に取って見せると、エルドレッドとギルド長が安堵の表情を浮かべた。


「見た感じ、普通だな…」

「ああ。もっと手の込んだやつを想像してたんだが」

「そんなのはそもそも貰えないって」


 ステラさんから貰ったのは、白いシンプルな食器だ。

 縁取りに極細の金色の線が引かれていて、ちょっとだけお洒落なのが気に入っていた。


 …粉々ってほどじゃないけど、どう考えても修復は出来ないよね…。


「……」


 ちょっとしょんぼりしていると、ヒュッと変な音が聞こえた。

 文官が、真っ青な顔で破片を凝視している。


「…こ、これは…」

「あん?」


 エルドレッドが眉を寄せて文官を見る。文官はそれに気付かず、そっと手を差し出して来た。


「あの…見せていただいても?」

「どうぞ」


 文官の震える手のひらに破片を載せる。

 文官はそれを目線の高さに掲げ、角度を変えてあちこちを確認し──



「…間違いありません。『プラチナム』の限定品…200セットしか作られなかった『ミルク・クラウン』シリーズの、マグカップです……」


「…………は?」

「オイ待て、今なんつった?」



 エルドレッドとギルド長の顔が一斉に強張った。


 …よく分からんけど、とりあえず、


「お高いやつ、ってこと?」


 私が訊くと、エルドレッドは目を剥いて、ギルド長は天を仰いだ。


「おまっ…知らないのかよ!?」

「……あー、エルドレッド、こいつにそれを期待するだけ無駄だ」

「失礼な」


 文句を言ったら、ギルド長は肩を竦めて、


「だってお前、極論『食器は汚れてなくて使えさえすれば良い』とか言うタイプだろ?」

《まあそうだよな》

《ユウだものね》

「否定はしないけど」


 よく分かっていらっしゃる。


 …いや、いくら清潔でも装飾過多でどこ持ったら良いか分からないような食器は困るけどね?


「……お前、それで『プラチナム』の食器持ってるとか、冒涜だろ…」

「まさか、何も知らずに日常的に使っていたんですか…?」


 エルドレッドと文官がドン引きしている。


 曰く、『プラチナム』はユライト王国の隣国、ヴィライア公国に拠点を置く老舗の陶器工房で、そこで生産された食器を各国の上流階級が好んで使っているらしい。

 小王国では『プラチナムの食器を持たない者は貴族にあらず』とまで言われているそうだ。


「なにそれめんどくさ」

「言うな」


 正直な感想を述べたらギルド長に止められた。


 でもさ、食器って使ってナンボだと思うよ。日常使いしてたことを責められても困る。


「……で、限定品……いくらだ?」


 エルドレッドが死んだ魚のような目をして文官に訊く。

 負けず劣らず淀んだ目をした文官が、メモ帳に何やら走り書きした。


「…発売当初の価格ですと、このくらいです」

「げっ」


 覗き込んだギルド長の顔が引き攣った。

 私もチラリと見てみると…うわ、ちょっと咄嗟に何桁か分からないくらい『ゼロ』が並んでる…。


「…マグカップと深皿、両方揃っている完品を今買おうとしたら、いくらになるか……」


 どうやら、プレミアがついてお高くなってるらしい。まあ限定200セットだもんね。そうなるよね。


 一応文官が推定価格を出してくれたけど、それを聞いてちょっと気が遠くなった。…家が買える…。


「…なんでこんなに高いの? これ…」

「製造元が老舗ですし、デザイン性、使い勝手、どれを取っても一級品です。それに、壊れにくいようミスリル銀を混ぜ込んでいるそうで…」

「…壊れたけどな」

「…………あのド阿呆どもが……」


 文官が白い顔で解説し、ギルド長が乾いた笑いを浮かべ、エルドレッドが殺気立つ。


 カオスな状況は、この後しばらく続いた。







…えー、というわけで、もう少し続きます…。

平民の家かと思ったらヤベェ値段の物がゴロゴロ出て来る罠。お貴族様もドン引き案件。

※食器のブランド(工房)名とシリーズ名は何となくつけてみました。現実に似たような名前があったらすみません…。(←ブランド物に全く縁がない人)


…さて。


コミカライズの3回目の更新がありましたね!

今回の原作者的イチオシポイントは、

・叫ぶ山賊3名に便乗するハエ(個性が出てる)

・既視感でイラっとしてるユウさん(職場あるある…)

・ルーンの《いくぜお前ら》(可愛い。超楽しそうで可愛い)

・山賊3名の劇的ビフォーアフター(ギルド長&デール&サイラス、ビジュアル解禁です!)

・色々落差がひどいギルド長(ビジュアル解禁直後に残念さを演出)

・書類を書くユウさんを囲んで目をキラキラさせてる一同(ユウさんとの表情の落差が…(笑))


…です!


ルーンが可愛い。デキるケットシーって素晴らしい。


…ところでみなさま、そんなルーンのキャラクターデザインにはある『小ネタ』が仕込まれているのですが、お気付きになりましたか?

この3回目の更新で丁度良い感じに見えるコマがあるのですが…


…実はルーンの瞳孔(黒目の部分)には、『三日月』があるんですよ…。

そう、Web小説版でユウさんがルーンと初めて会った時に口にした『あのアニメ』のネタを仕込んでくださっているんです…!


コミカライズでは『あの会話』はカットされていますが(まあわりとキワキワというか、版権も絡んで見ようによっちゃ危ういネタですからね)、キャラクターデザイン自体にネタを仕込むという…大変嬉しい配慮をいただいています。


実は第1話でも見える部分がありますので(そちらでは『明るい場所に居る』ため、瞳孔自体が細くなって三日月型になってます)、読み返して探してみるのも面白いかも知れません。


以上、今回の小ネタでした。

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