おまけ(3) ホームの惨劇 その①
小王国に帰還した、その日。
イーノック特製の美味しい昼食をいただいた後、私はルーンとサラと共に自分の家に向かっていた。
自分の家、と言っても借家だ。
小王国脱出当時、ギルド長とグレナが手を回して小王国支部の名前で借りたままにしてくれていた。気に入った家具とかちょっとずつ買い足して、私にとってかなり居心地の良い空間にしてたから、その心遣いは大変ありがたい。
ちなみに私が不在の間の賃料は、小王国支部が──正確にはギルド長が持ってくれるそうだ。
『後であの馬鹿王太子に請求する』とか言ってたから、任せようと思う。
懐かしさを感じる細い路地を曲がり、2軒先が私のホームだ。ちょっと古いし小さいけど──
「……え?」
道に面した窓から何の気なしに中を覗き込んだ瞬間、口から変な声が漏れた。
《どした、ユウ?》
「…これ…」
ルーンが私の肩に飛び乗り、家の中を覗き込む。ヒゲが小刻みに揺れた。
《あー…、忘れてた》
「忘れてた?」
《一体何の話? ──って…なにこれ!?》
反対側の肩に飛び乗ったサラが、中を見た途端に目を見開いた。
《空き巣でも入ったわけ?》
見える範囲の引き出しや収納庫は全て開け放たれ、中身が周囲に散乱している。窓は割れていないしドアも閉まってるけど、サラの言葉に全力で同意したい惨状だ。
とりあえず中を確認しようと玄関に足を向けると、通りの向こうから女性が駆け寄って来た。この借家の大家さんだ。
「ユウさん! ゴメンねえ」
開口一番、大家さんが頭を下げる。十中八九、この状況のことだろう。
「お久しぶりです、大家さん。何があったんですか?」
「実は……」
大家さん曰く、3ヶ月前、私がユライト王国へ行ったとギルド長から聞いた直後くらいに騎士たちがやって来て、権力を振りかざして大家さんから合鍵を取り上げ、家の中を荒らし回った。
一応『捜索』の名目だったらしいけど…
「鍵もそのまま持って行かれちゃってねえ…その後、返してくれとも言えなくて…」
大家さんが眉尻を下げる。でも多分、それで正解だ。騎士たちが『カリスマ』の影響を受けていた頃の話だし、下手に刺激したら刃傷沙汰に発展していた可能性もある。
大家さんが無事で良かった──そう自分に言い聞かせつつも、握りこぶしに力が入る。
私は何とか笑顔を作った。
「分かりました。鍵は私が受け取りに行きます」
「え? 大丈夫なのかい?」
「騎士団には貸しもあるので大丈夫ですよ」
正確には貸しと言うか、抵抗されても物理で捻じ伏せる自信があると言うか、むしろ一発ぶん殴る口実が欲しいって感じだけど。
「その代わり、鍵を返してもらったら、家の鍵を別のに取り替えたいんですけど…」
「返してもらうのにかい?」
大家さんがきょとんと首を傾げた。私は大きく頷く。
「向こうで保管してる間に、何本か合鍵作られててもおかしくないじゃないですか。寝てる時に連中が勝手に鍵開けて入って来たら困るんで」
「あっ…」
大家さんが口元に手を当てて、その表情があっという間に変わった。
「それは嫌だね。…分かったよ。鍵の交換はウチでやるから、騎士団の方は任せて良いかい?」
「はい、もちろんです」
交渉成立。鍵の交換は自腹でやろうと思ってたから、大家さんがやってくれるのは大変ありがたい。
そういえば、大家さんの旦那さんは鍵とか細かい金物を作る職人さんだっけ。
「──さて」
大家さんを見送って、私は改めて我が家に向き直った。大家さんが持っていた合鍵は騎士団に持ってかれたままだけど、私の手元にはちゃんと鍵がある。
ガチャリと鍵を開けて中に入ると、部屋の惨状は予想以上だった。
引き出しは片っ端から引き出されて中身が床に散乱し、クローゼットは全開で服はハンガーから落ちたり斜めになったり、中には手荒く引き裂かれているものまである。
床に散乱した物には、土足で踏み付けられた跡もかなり残っていた。
多分、収納の中身をぶち撒けた後、蹴飛ばしながら漁って踏み付けて滅茶苦茶にしたんだろう。メモ書きに使っていた紙片やギルドの資料室から借りていた本が乱暴に破られ、騎士のブーツっぽい足跡が大量について床に散らばっていた。
ベッドは──フレームは無事だった。ただし、マットレスと枕と掛け布団は何故かズタズタに切り裂かれている。どう考えてもその中身に私の行方の手掛かりは無いと思うんだけど。
キッチンはもっと悲惨だった。
収納庫が全開なのは予想の範疇として、鍋をはじめとする調理器具が折れたり曲がったり歪められたりした状態で床やら流しやらに散乱している。
保冷庫まで開け放たれて、中身は空。保冷庫の動力源の魔石はあと半年くらい余裕でもつはずだったのに、スン…と静まり返っている。
「……」
《これは…ひどいな》
《空き巣とか物盗りでもここまでしないわよ》
トイレも洗面所もお風呂も、土足で踏み込んで物色──と言うより荒らし回った跡があった。一緒に状況を確認したルーンとサラの表情も硬い。
ひらり、サラの首元でリボンに擬態しているマーキュリーが不安そうに揺れた。
ふー………と、思い切り息を吐き切る。
──さて。
「よし、城に殴り込みに行こうか」
《そうね》
《そうだな。──カルヴィンも呼ぶか?》
笑顔を作って言ったら、サラもルーンも同意してくれた。ルーンの提案に、私は首を横に振る。
「いや、あっちはあっちで忙しいだろうから、今回は私たちだけで行こう。──コレもあることだし」
と、隠したままの特級冒険者の腕輪を掲げる。権力はこういう時に使ってナンボだ。
大体、家主が不在の間に家捜しして荒らしたままで放置するとか、国の治安を守る騎士団が聞いて呆れる。
ちなみに、ギルド長たちはこのことを知らないそうだ。ケットシーたちは知っているが、ギルド長たちに教えたら余計な揉め事が増えると判断して秘密にしていたらしい。
私が不在の間はギルドも忙しかったみたいだし、正しい判断だと思う。
…こういうことを抗議するのは家主の権利だしね。
《じゃ、行くか!》
ルーンが改めて右肩に飛び乗り、キリッとした顔を作った。左肩には真顔のサラが飛び乗る。
《目にもの見せてやるわ》
「…サラ、程々にね」
首元のマーキュリーもひらひら揺れてやる気をアピールしている。ちょっと怖い。
一応忠告だけはしておいて、私たちは城に向かった。騎士団の本部は城の中にある。…行ったことないけど。
「……うん?」
城の門番2人は、私たちを見るなり胡乱な顔をして──そのうち1人がひくっと顔を引き攣らせた。
「…ぼ、冒険者のユウ…!」
呟きが大きいぞ、兵士。…とは突っ込まずに、私は敢えて笑顔を作る。
「どーも。ちょっと騎士団の本部に用があるんですけど、通してくれません?」
片方はビクッと身を震わせたが、もう片方は不審そうな態度を崩さず、眉を寄せて私たちを上から下まで眺める。
「…入城許可証は持っているか?」
「いいえ、持ってません」
「なら──」
「入城許可証は持ってませんけど、コレはあります。──『キャンセル』」
左腕を掲げて意識を集中すると、滲み出るように特級冒険者の腕輪が見えるようになった。
兵士は軽く目を見張ってそれを眺め──ざあっと顔から血の気が引く。
「………しっ、失礼しました…!!」
通用門の左右、兵士の敬礼がビシッと揃う。
「どうぞ、お通りください!」
「どーも」
私は片手を振って門を通過した。
権力万歳。
明日はコミカライズの更新日ですね…!
当日更新できるか分からないので、小話は本日フライング気味に投稿です。
長いので分割しちゃいましたが…(笑)
あと本日、新作の連載を開始しました。
『オッサン主人公』『兼業農家』『三人称視点』『地の文が辛辣』『主人公が振り回される方』、以上のキーワードにちょっとでも興味がある方、もしよろしければ作者ページより飛んでみてください。
本日中に7話ほど更新予定です。




