おまけ(2) セルフパロディ 灘木優、転生する。
※注意※
セルフパロディです。文中に普通にメタ発言とか出て来ます。
苦手な方は読まずにスルーしてください。
その日私は、忘れ物を取りに家に帰る途中、横断歩道で車に撥ねられた。
虚空を見詰めて暗くなって行く視界、その中に、何故か金色の光を纏った白いネコが見えた気がした。
──すまぬ。恨むなら、ありがちな誤植と全力で悪ノリを始めた作者を恨んでくれ…。
後ろ足で立ち上がって前足を合わせる姿勢がそれはそれは可愛らしく…私は思わず突っ込んだ。
《…いや、意味が分からないからね!?》
《うわっ、いきなり何だよ!?》
すぐ近くでイケメンボイスが聞こえて、私は目を開いた。
至近距離に、金色の目の黒ネコの顔。
いやネコにしてはデカいけど──そこまで考えて、私は『ネコがデカい』のではなく、自分が小さいのだと思い出した。
自分の手を見下ろして、それが紺色の被毛を纏った小さなネコの手であることを確認する。肉球は明るいピンク。うん、可愛い。
車に撥ねられて、私は『あっち』で死んだらしい。
気が付いたら、紺色の毛に緑色の瞳のネコの姿になっていた。ネコ──と言うか、正確には『ケットシー』って名前の魔物らしいけど。
それを教えてくれたのは、この目の前に居るケットシーのルーン。
訳が分からず裏路地で途方に暮れていた私に、『あーやっちまったか』とか言いながらこの国やこの街のこと、ケットシーのルールなどを教え、何だかんだと世話を焼いてくれている。
お陰で魔法なんか使ったことない私でも、何とか『念話』というやつだけは使えるようになった。
《夢でも見てたのか?》
《うーん、夢だけど夢じゃなかったと言うか》
あれはついこの間、実際にあった光景だ。
もっとも、実のところどれくらい前の出来事なのかははっきりしない。何せ世界すら違うし。転生したはずなのに、子ネコじゃなくて大人ネコだし──まあサイズは標準よりちょっと、いやかなり小さいけど。
そんなところだけ人間の頃の特徴を踏襲しなくてもいいのに。
まあともあれ、私は伸びをして立ち上がり、白い街並みを見下ろした。
寝ていたのは、2階建ての建物の屋根の上。今日は天気が良くて風もないので、日当たりの良いこの場所はお昼寝スポットとしては最適だ。
この街──小王国の首都アルバトリアは魔物が出ることもないので、無防備に寝ていても危険なこともない。我ながら良い場所に転生したもんだ。
《ところでルーン、見回りは終わったの?》
私が訊くと、ルーンは欠伸混じりに頷いた。
《まーな。今日も平和なもんだ。…ギルドは相っ変わらず汚いまんまだけどな》
チラリと見下ろす先、大通りを挟んだ反対側には、周囲の建物より一回り以上大きい建物がある。
この街の建物はみんな白い特別な石材で作られてるんだけど、その建物だけ、明らかに一段、いや二段、くすんだ色合いだ。
外見の色だけならまだしも、『冒険者ギルド小王国支部』とこっちの言葉で書かれた木の看板はボロボロで明らかに傾いているし、窓から見える室内にはゴミっぽい有象無象が無造作に転がっている。
と言うか、ゴミが山を作って床がほとんど見えない。
鼻先に嫌な臭いが漂って来て、私は眉間にしわを寄せた。
腐った生ゴミと錆と何か排泄物っぽい臭いと…とにかくこの世の嫌な臭い全部集めました、みたいな汚い臭いは、あの冒険者ギルドから放出されている。
ケットシーになって嗅覚が鋭くなってるのもあるんだろうけど、たとえ人間の姿でも、あそこには近寄りたくない。
たまに出入りしてる人たちも、犬耳の子はともかく、他は山賊まがいの変質者みたいなのしか居ないし…。
《あれ、何とかなんないの?》
《言って何とかなるならとっくに片付けてるって》
ルーンが器用に肩を竦めた。思わせぶりな顔でこちらを見て、
《お前も一緒に苦情入れてくれたら話は早いんだけどな》
《え、ヤダ》
私は即答した。
《私ケットシーだもん。人間社会の面倒臭いモノとは関わり合いになりたくない》
《元人間だろ》
《元人間だからこそ! 面倒ごとは御免だよ》
キリっとした顔で言い切る。
だって折角ケットシーになれたのだ。
ケットシーは働かなくていいし、人間社会の面倒なしがらみに縛られることもないし、ケットシー好きの人間に愛想を振り撒けばご飯も貰える。
他のケットシーとの付き合いとか、下手に刺激しちゃいけない相手とか、気を付けなきゃいけないこともあるけど…あのクソブラックな会社で働いてた頃を考えたら天国だ。
あと、明らかに浮気してたクソ旦那とも会うこともないしね…。
人間だった頃は仕事と家事と旦那の世話で精神的にも体力的にも追い詰められて考える余裕もなかったけど、家事を一切しないクソ野郎が『寝室のシーツだけ滅茶苦茶フローラルな香りがする柔軟剤使って洗濯して嫁が帰って来る前に乾かして元に戻しておく』なんて、どう考えてもクロでしょ。
ウチ、そんなきっつい匂いの柔軟剤、置いてないし。
嫁が死んで多少はショック受けてるかなー、とか思わなくもないけど…多分うるさい奴が死んで万々歳ってところだろうな。
でも残念、住んでるアパートの契約者って私だし、翌月には部屋を追い出されて路頭に迷うことになる。
ヤツは会社をずーっと欠勤してるから、仕事に復帰しようと思ってもものすごく苦労するだろうし。まあガンバレ。
……その前に妹の沙羅あたりが殴り込みに行きそうだけどね。『旦那が働かない』って、前に愚痴ったことあるし。
あの子の追及は怖いぞー。ふはははは。
《…お前ホントにケットシー向きだな…》
《褒めても何も出ないけどね》
ルーンが呆れ顔になったので、敢えて胸を張っておく。
正直、ケットシーになって本当に良かったと思っている。
この街じゃケットシーは好意的に受け入れられていて、雨の日とかに外を歩いていると家の中に入れてくれる人も結構多い。たまに『ウチの子にならない?』と言ってくれる人も居る。
まあ丁重に断ってるけどね。念話を使えば人間とも話せるから、ちゃんと意思疎通が図れるのだ。
敢えて難点を挙げるとしたら…人間の手じゃなくて肉球になっちゃったから、ケットシーのふわふわのもふもふを堪能しようとしても『撫でる』ことが出来ない。これに気付いたときは絶望した。
一応撫でる真似事は出来るけど、例えばルーンの背中に肉球を押し付けると、『撫でる』んじゃなくて『揉む』方の動きをしてしまうのだ。本能的な、いわゆる『フミフミ』っていうやつ。
それはそれで気持ち良いんだけど、人間の記憶が残ってるからどうしても『コレジャナイ』感が強い。
…撫でたり、耳の後ろをくすぐったり、お腹に顔面押し付けて深呼吸したりしたい…──って、あれ?
私は自分の肉球を見て、ふと気付いてしまった。
……もしかして、今なら、全ネコ好きの夢であるところの『ネコの腹毛に全身ダイブ』が出来るんじゃ……?
《…》
改めて、ルーンの全身を観察する。
ルーン自身はそれほど大柄なわけじゃないけど、私よりは断然大きい。
リアルに『腹毛に全身埋める』のはちょっと難しいかも知れないけど、胴体全体を『腹』と解釈すれば、私の頭からお尻までだったら余裕でカバー出来る。
《…おいユウ、お前今、何かよからぬこと企んでるだろ》
《ヤだそんな人聞きの悪い。…ルーン、ちょっとそこに横になってくれない?》
《………良いけど》
ものすごく嫌そうな顔をしつつも、ルーンが素直に屋根の上に横になる。
何だかんだ付き合いの良いルーン、好きだわー。
《では失礼して》
《は?》
コホン、と咳払いして、私はルーンの胴体目掛けてダイブした。
《──い、おい、ユウ! 起きろ!!》
「──へっ!?」
私が目を開けるのと、顔面にもっふんとした何かが覆い被さったのはほぼ同時だった。
「ぶふっ!?」
《あ、起きたか》
口の中に繊細なモフ毛が入って思わず咽ると、すぐに離れる。
目の前で私の顔を覗き込んでいるのは、いつものサイズのルーン。掲げた手は、ちょっと、いやそれなりに皮の厚い人間の手。触れた頬はいつもの人間の皮膚。
上体を起こして周囲を見渡し、そこが見慣れた借家のベッドの上だということを確認して──私は叫んだ。
「……あとちょっとだったのに……!!」
《いや、何の話だよ》
半眼になるルーンに、私は先程まで夢で見ていた光景を説明する。かくかくしかじか。
《…俺の腹毛に全身ダイブ…》
とても真剣に説明したというのに、ルーンはさらに輪を掛けて呆れた顔になった。
《楽しいか? それ》
「少なくとも全ケットシー好きの夢なのは間違いない」
《いやお前の趣味だろ》
いいや、私と同じ考えの人は他にも居る。絶対に。あんな中途半端に終わる夢とか拷問だ。
私がひたすら主張していると、ルーンは大きな溜息をついて立ち上がった。
《あーはいはい。……仕方ないな》
「?」
十数分後──
《来たぞー》
《よし、じゃあ行くぞー》
《承知》
《はーい!》
《任せい》
《報酬は鶏ハムな!》
《ひゃっほう!》
私の家のベッドに十数匹のケットシーが詰め掛け、全員で私の上に乗り──ネコ布団ならぬ『ケットシー布団』が完成した。
『ネコの腹毛に全身ダイブ』とはいかなかったけど、これはこれで──
「……至福……!!」
《………いや、良いのかそれで》
首元に陣取って私の顔を覗き込んだルーンの目がそれはそれは呆れ返っていたが、私は気付かないふりをした。
コミカライズに関連して悪ノリした結果生まれたネタです。
果たして気付いた方がどれくらい居たか…。
ここまででどういうことか分かった方、良かったらリアクションボタンの『びっくり』を押して教えてください(笑)
下に経緯の説明がございます。純粋に話を楽しみたい方はここでバックプリーズ。
よろしいですか?
よろしいですね?
では…
…実はコミカライズ掲載当初、作品ページのタイトル名が『修羅場丸ごと異世界召喚』じゃなくて、修羅場丸ごと異世界『転生』になってたんです(笑)
あまりにも自然で、私も最初全く気付かず…身内が教えてくれて初めて気付いたという…。
その後すぐに修正してくださったので、そのタイトルで掲載されていたのは24時間以内、今現在では痕跡も辿れないと思いますが。
『転生』というキーワードに対して、作者の脳内に標準搭載されている高感度ネコセンサーが反応した結果、『これは…オイシイな!』となり、この話が生まれました(意味が分からない)
修正対応に奔走した関係者の皆さまは大変だったと思いますが…原作者としては『ネタ提供ありがとうございます!』という感じです。ハイ。
すみません悪ノリしました。
ちなみにユウさんが本当にケットシーに転生していたとしたら、ご覧のようにお話が全く始まりません。ひたすらただのケットシーとして惰眠を貪る日々が続きます。それはそれでうらやま……いえ何でも……。
…ユウさんが人間のまま召喚されて良かったね!というお話でした。