おまけ(1) 尻に敷かれる男
本日、KADOKAWAコンプティーク様にてコミカライズの連載が始まりました!
活動報告にて詳しく告知しておりますので、みなさまよろしければ是非、目が死んでるユウさんと初っ端から可愛いルーンを応援してください!(笑)
…というわけでおまけその1、その後の小王国支部の様子です。
今日も今日とて、小王国支部は平和だ。
「助けてくれないか? カルヴィン…」
「オレは忙しい」
「ケネスが厳しいんだよぅ…」
「知るか。相手にされてるだけマシだと思え」
実に平和だ。
………余計な訪問者をギルド長が相手に出来る程度には。
「ルーン、サラ、買い物行こっか」
《そーだな。鶏肉買おうぜ、鶏肉》
《お米もそろそろなくなりそうよ》
とても平坦な声で会話すると、私たちはくるりと踵を返し、入って来たばかりの扉をまた開けた。
途端、ギルド長の声が追い縋って来る。
「オイ待て、見捨てるな!」
「え、じゃあコレ対応になるけど良い?」
即座に振り返って握った拳を掲げると、カウンター前でくだを巻いていた金髪の優男がヒッと息を呑む。
ギルド長が顔を引き攣らせた。
「即物的すぎるだろ!」
「だって『次からは物理で対処する』って言ったじゃん、私」
「余計なところで有言実行すな!」
力一杯突っ込まれて、舌打ちしながら拳を下ろす。
あからさまに安堵の表情を浮かべるのは、この国の王太子にしてギルド長の異母兄、ジークフリード。
当然ながら、こんな真っ昼間に冒険者ギルドの支部に居るはずのない人間だ。
……はずなんだけど、例の一件以来、何故か結構な頻度で小王国支部に出没する。
最初は泡を食って探し回っていた騎士たちも、最近では大通りから支部の中を覗いて、確認だけして何も言わずに帰って行く始末。連れて帰れよ。
私は出来るだけ出くわさないように避けてるんだけど、あまりにも頻繁に来るせいでこうしてかち合うことも結構ある。まるで、追い出しても追い出しても戻って来る害虫みたいだ。
そろそろいっぺん叩き潰したい、と密かに思っている。
「兄の相手は弟がすればいいと思うよ。こうして足繁く通って来てるわけだし」
「限度があるわ」
私が投げ遣りにコメントすると、ギルド長が負けず劣らずうんざりした顔で応じた。本人の前で言うあたり、ギルド長も結構キてるみたいだ。
ジークフリードがうっと言葉に詰まった。
「…そ、そんなに迷惑かな…?」
「そりゃあな」
「仕事の時間だしね」
「……うう……」
この王太子、一応、多分、多少は反省したらしいんだけど、如何せんストレス耐性が皆無だった。
城でケネスや他の重鎮たちにちょっとでも苦言を呈されると、こうして城を抜け出してギルド長に泣きつくのだ。
正直に言おう。泣きつく相手を間違ってると思う。
(…なんだかんだ言って、一通り弱音吐いたら城に戻るあたりは頑張ってるなーとは思うけど…)
先の一件の責任を問われ、ジークフリードは王位継承権を剥奪される可能性もあった。実際、『カリスマ』の魅了から解き放たれた重鎮たちからそういう意見も出ていたらしい。
でも結局、小王国の王太子はジークフリードのまま。
理由は簡単。他の2人の王子──エルドレッドとギルド長ことカルヴィンが、全力で王太子の地位を拒否したからだ。
エルドレッドは『長年この国を離れていた人間を国のトップに据えようとするな』とお偉方を恫喝し、ギルド長は『側妃の子どもに王位継承権は不要だっつったのはそっちだろ。言われた通りに王族から抜けたのに、今更戻れとか何言ってやがる』と過去の重鎮たちの発言を引き合いに出して嘲笑した。
お貴族様たちはその昔、盛大に墓穴を掘っていたらしい。
ちなみに私も何故かその場に呼ばれてて、宰相さんに『何とかしてくれ』みたいな目で見られたんだけど、気付かないふりをしておいた。お家騒動に首を突っ込む趣味はない。
「一緒に来てくれないか、カルヴィン」
「断る。自分の仕事は自分でやれ」
ジークフリードが縋るのを、いつものようにギルド長が一蹴する。
…そう言うギルド長は、この前ノエルに書類仕事丸投げしようとしてグレナに怒られてたんだけど…身内の情けで黙っててあげよう。
《あっ》
ルーンがピクッと耳を動かした。虚空を見上げて数秒後、思わせ振りな顔でこちらを見る。
私は頷き、黙ってそっとドアを開けた。
程なく、
「──ジークフリード様」
「っ!?」
カツカツカツとヒールのある靴特有の足音を立てて、紅茶色の髪の女性が入って来た。
それはそれは穏やかな声で名前を呼ばれたジークフリードが、ビクッと飛び上がって振り返る。
「……ディ、ディアボラ……」
見るからに仕立ての良いロングワンピースに、きちんとしたジャケット。これでもかなり街歩き向けの服装なんだろうけど、姿勢や所作がとても洗練されていて、一目で高貴な身分だと分かる。
それもそのはず。
「扉を開けてくださってありがとう存じます、ユウ」
「勿体ないお言葉です、ディアボラ様」
私が一礼すると、女性──ジークフリードの妻、王太子妃ディアボラは柔らかく微笑んだ。
この御方、ややぽっちゃりとした体型とおっとりとした雰囲気とは裏腹に、かなり出来る女性である。
私が小王国支部に帰還したその日に『明日、支部にお伺いしてもよろしいか』と先触れの連絡を寄越し、翌日本当にやって来たのだ。
開口一番、『このたびは我が夫君が小王国支部のみなさんに大変なご迷惑をお掛けしました。平に謝罪いたします』と真剣な表情で私たちに頭を下げるディアボラに、小王国支部の面々は大混乱に陥った。
さらにディアボラは、迷惑料として国が所有していた圧縮バッグや高級食材の味噌・醤油、海の魚の干物などを『小王国支部に』と渡してきた。
多分、私個人宛てだと受け取ってもらえないと思ったんだろう。品物のチョイスといい渡す相手の選定といい、大正解だ。
ウチが味噌とか醤油とかガンガン使うってどうして知ってるのか、って考えると、ちょっと空恐ろしくもあるけど。
ともあれその時ディアボラは、今後ジークフリードが小王国支部に迷惑を掛けるようであれば自分が責任を持って対処すると約束してくれた。つまり、後始末はディアボラに任せて良いってことだ。
彼女はユライト王国の公爵家出身で、ライオネルとも親しいらしい。
あっちの国の貴族って、みんなちょっとおかし──いや何でもない。
「ジークフリード様、執務が滞っております」
ディアボラはこちらの内心を見透かしたように意味ありげに微笑んだ後、何事もなかったかのようにジークフリードに歩み寄った。
「ケネスたちも待っておりますから、早急にお帰りくださいませ」
「………ハイ…」
ジークフリードがギクシャクとした動きで立ち上がる。こうなっては、ジークフリードも抵抗出来ない。
何せこの奥さま、実は最初からスキル『カリスマ』の影響を受けていなかったらしいのだ。その上でジークフリードと結婚して、子どもを産んだ。
その事実を、ジークフリードはスキルを失ってから初めて知り──惚れ直すと同時に、完全に尻に敷かれたらしい。
まあそれはそれで幸せなことだと思う。
「では、私たちはこれで」
トボトボと出口へ向かうジークフリードの背中にそっと手を添えていたディアボラが、にこやかにこちらを振り返る。
「──ああそうでした。ユウ、カルヴィン。間もなく城に水牛のチーズが納品されます。こちらに届けさせますので、皆で味見をしていただけませんか?」
「味見、ですか?」
ギルド長がちょっと畏まって訊き返すと、ディアボラは笑顔で頷いた。
「ユライト王国とフィオレンティーナ多種族経済共同体を結ぶ地下通路で、いずれ交易が始まるでしょう? 我が国からも、特産品を輸出できないかと模索しておりますの。食べて感想を聞かせてくださいな」
なるほど、水牛のチーズなら希少価値もあるし、何より美味しい。色々な料理にもよく合う。
買おうとしてもそもそも店頭に置いてないし在庫があっても滅茶苦茶高いんだけど…試食ってことは、タダでくれるってことだよね…?
チラリと見遣ると、ギルド長が生唾を飲み込んでいた。多分今、私と似たようなことを考えている。
「──分かりました。責任持って、感想をまとめます」
キリッとした表情でギルド長が頷くと、ディアボラは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう存じます。──それでは、また」
そうして高貴な2人が出て行き──私はふと気付いた。
……コレもしかして、当分、あの王太子一家と縁が切れないってこと…?
ディアボラ様は結構前から設定があった方なのですが、ユウさんと絡みがないので出てきませんでした。
どこぞのカリスマ王太子が外国でヘラヘラしてた間も裏方として小王国をひそかに支えていたデキる女性です。女性なので、表立って活躍することはなかった、という…。