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208 エピローグ 帰還


 ライオネルたちが帰った10日後には、ユライト王国とフィオレンティーナ多種族経済共同体を繋ぐ地下通路の計画が正式に公表され、各国に大変な衝撃を与えた──らしい。


 『らしい』というのは、その頃私たちはひたすら地下通路の施工を続けていて、世間一般の反応なんか気にしている余裕がなかったからだ。

 食料の買い出しをするのにロセフラーヴァの街に行った時、チンピラだか暗殺者だかストーカーだかよく分からない奴らに絡まれて一悶着あったりしたけど。


 2人掛かりで押さえつけられそうになったから、それぞれ片手で胸倉掴んでまとめて投げ飛ばしたら、勢い余って水路に落としてしまった。

 それをサラ──と言うかマーキュリーが速やかに体内に回収して、街の衛兵に突き出して終わりだ。正直、衛兵にマーキュリーのことを説明するのが一番大変だった。



 街道整備が公式発表されてから20日後、ユライト王国王都で街道整備の協定書への調印式が行われた。それでようやく大っぴらな工事が可能になり、地属性魔法に長けた魔法使いの一団と街道の整備を行う専門業者がユライト王国王都から派遣されて来た。


 …ちなみにこのプロ集団、調印式の翌日には洞窟に来ていたわけで…多分ライオネルがスケジュールを逆算して諸々を手配したんだと思う。すごいけどちょっと怖い。


 ロセフラーヴァの街での騒ぎがあったからか、ロセアズレア大洞窟の警備と関係者の護衛の名目でユライト王国騎士団の中隊が同行していた。

 冒険者の私たちにもきちんと礼を尽くしてくれて『流石、大国の騎士団は違う』って感心してたんだけど、実はユライト王国の騎士団はマグダレナがきっちり躾けてあって冒険者ギルド本部とも協力関係にあるから、敬意を払うのは当然だったらしい。


 それに比べて小王国の騎士団は……と内心で呻いたのは秘密だ。


 ちなみに、プロの参入ですぐに私たちはお役御免──とはならなかった。


 なにせ過去に例のない地下通路、小王国でしか知られていない特殊な石材を使った施工だ。魔法使いたちはレディ・マーブルとレナの指導で何とか石材作成のコツを掴んだけど、そしたら今度は材料の供給が追い付かなくなった。

 スピリタスは一度はこっちに来たものの、王都とこの洞窟とドワーフの里と…と伝書鳩よろしく駆けずり回っていたので、材料の運搬に専念するのも難しかったのだ。


 ベニトとも改めて連絡を取り合った結果、石英と大理石はドワーフたちが、ユライト湖畔の泥はユライト王国騎士団の面々が定期的に運搬してくれることになり、数日後にようやく材料の安定供給の目途が立った。


 なお、大活躍したのは騎士団が持ち込んだ大容量の圧縮バッグだ。本来は食材の運搬に使ってたらしいんだけど、中隊長の判断で2袋が空にされ、それぞれ運搬に割り振られた。


 圧縮バッグから取り出された大量の根菜と干し肉は、私とフェイとクレアと若い騎士たちで協力して、カレーに加工させてもらった。

 ユライト王国の騎士たちには大変好評だったけど、その後しばらく洞窟内にカレーの匂いが充満してしまい、換気設備を導入するべきかレディ・マーブルと施工業者のおっちゃんが真面目に議論していた。


 


 ──そして、関所での一件から2ヶ月後。



 白い石壁を見上げ、私は大きく伸びをした。


「──帰って来たねぇ…!」

《そーだなー…!》


 ルーンも私の肩から飛び降りて伸びをする。前脚を順に伸ばした後、後脚もぐいっと伸ばして、ビビビと震える尻尾がいかにも気持ち良さそうだ。


 ものすごく久しぶりな小王国首都、アルバトリア──の、外。相変わらず、街の周囲を囲う石壁の白さが眩しい。

 …所々汚れてるのは、経年劣化というか、味ということでひとつ。


《『帰る』ってちゃんと伝えてないのに、着いちゃったわね》


 サラが溜息をついた。


 一応、数日前にルーンを通して『そろそろ帰るかも』とは伝えてあるけど、具体的な日にちは言ってない。

 その時点では向こうでの仕事の引き継ぎがまだ終わっていなかったし、ロセフラーヴァ支部での遠征終了手続きにどれだけ時間が掛かるか分からなかったし、帰るのに普通に乗合馬車を使うか他の伝手を頼るかも決まっていなかったからだ。


 …小王国に入った時点でルーンに伝言頼めって?

 ……それじゃつまらな──ゲフンゲフン。


「まあほら、そろそろ帰るとは言ってあるしさ。大丈夫でしょ」

《それは良いとしても、わざわざベイジルに頼んで商会の馬車に乗せてもらって来て、街の外で降りる必要はないだろ。ユウ、絶対みんなのこと驚かせようとしてるよな?》


 そう。今回私たちは、フェルマー商会のベイジル──イーノックの父上に頼んで商会の馬車に同乗させてもらい、今朝方早くにロセフラーヴァの街を出てきた。

 おかげで、乗合馬車だったら夕方到着のところ、お昼前のこの時間にアルバトリアに到着できた。


 ちなみに、乗合馬車の停車場は街に入ってすぐ、冒険者ギルド小王国支部からバッチリ見える位置にある。乗合馬車を使ったら、ギルドのみんなに帰還がバレバレだ。


 ルーンの指摘に、私は思い切り目を逸らして口笛を吹いた。サラが溜息をつく。


《たまにびっくりするほど子どもっぽいことするわよね、ユウって》

「黙らっしゃい」


 たまには良いじゃないか、やっと帰って来れたんだから。


 ──小王国を脱出してから、3ヶ月。


 短いようで、とても長い3ヶ月だった。あまりにも立場が変わりすぎて、まだ半分夢の中に居るみたいだ。

 白い外壁も、ユライト湖から吹く湿った風も、申し訳程度に敷かれた街道の石畳も、見慣れたもののはずなのにとても眩しく感じる。


「──よし、行こう!」


 勝手に上がりそうになる口角を引き締め、足元のルーンとサラを確認して、私は街の門に向かう。

 街に入る手続きを担当している兵士が、私を見た途端、ギョッと目を見開いた。


「…小さな巨人(スモール・ジャイア)っ……いえっ、失礼しました!」


 こちらが突っ込む前に、兵士が青い顔で敬礼する。


 …私、何かしたかな。

 この人、顔は見たことあるけどそんなに関わりはなかった気がするんだけど。


 兵士はそのままギクシャクと手続きを進め、私が何も言わないうちに通用門が開いた。普通は名前とか街に入る目的とか伝えないといけないはずなのに、どういうことだろうか。


(……もしかして、これが俗に言う『顔パス』?)


 内心首を傾げつつも、何事もなく門を通過する。


 街の中は、3ヶ月前とそう変わらない光景が広がっていた。


 ロセフラーヴァに比べたらちょっと狭い、明るい灰色の石畳の大通り。ぎっしり並んだ白い建物に晴れ渡った空が映える。

 道行く人の足取りはどこかのんびりしていて、その空気がとても懐かしく感じる。


《ユウ、早く行こうぜ》


 ルーンの念話が、感慨に耽る思考を現実に引き戻した。私の足元にまとわりついて、脛を尻尾でパシパシと叩いている。


「はいはい」


 冒険者ギルド小王国支部はすぐそこだ。

 近付いて、私は違和感に気付いた。



「…あれ、明かりが点いてない?」



 いつもなら昼間でも室内のランプが点いているはずなのに、今日は窓からその光が見えない。

 私が首を傾げると、サラが片耳を倒した。


《点け忘れてるだけじゃないの?》

「うーん…?」


 まあ今は真っ昼間だし、点けなくても支障はないんだろうけど…。

 不思議に思いつつも、ルーンに急かされて扉を開ける。


 中はちょっと薄暗かった。それに、


「…?」


 受付カウンターに、誰も居ない。


 一歩踏み込み、上げようとした声が喉の奥で消える。

 無人の小王国支部なんて初めてだ。エレノアも、ノエルも、イーノックも居ない。


 背中がちょっとヒヤリとしたところで──



「──ユウさん!」


「おわっ!?」



 横手から思い切り抱き付かれて、私は思わず声を上げた。


 よろけそうになって何とか踏み留まり、相手を確認する。私より微妙に高い位置に頭がある、その相手は…


「シャノン!?」


 私が名前を呼ぶと、抱き締める力がさらに強くなった。いつの間にこんなパワー系になったんだこの子…?



「…くくく…」

「んっ?」



 背後から聞こえた笑い声にはっと視線を巡らすと、扉の真横、左右に分かれて小王国支部の面々が壁際に張り付いていた。


 扉を開けたらカウンターに目が行くから、壁の方までは確認していなかった。なんでこんなスパイ大作戦みたいなことしてるんだ。


「…ちょっと、なにしてんのさ」


 私が半眼になると、シャノンが笑って身を離した。


「ユウさんをびっくりさせようと思って」


 笑み崩れるその目尻に、涙が浮かんでいる。

 近付いて来たギルド長が、やたら偉そうな態度で腰に手を当てた。


「良い作戦だったろ」

「ほほう、つまりギルド長の差し金だと」


 すっと腰を落として右手をグーにした途端、ギルド長は慌てた様子で後退る。


「オレじゃねえよ! 言い出しっぺはルーンだ!」

「なぬ」


 ルーンはいつの間にかカウンターの上まで退避して、涼しい顔で顔を洗っていた。


《ユウがこっそり帰って来ようとするのが悪いんだろ。俺は親切にも到着時間を逐一連絡してやってただけだ》


 なっ、と話を振った先は、白黒ハチワレのケットシー──ルーンの娘のサクラ。彼女はカウンター裏に隠れていたらしく、ルーンの隣で困ったように耳を伏せている。


《ユウもみんなも悪ノリしすぎだと思うわ》

「うっ」


 そもそも私が具体的な日程を知らせずに帰って来ようとしたのが発端なわけで、淡々と突っ込まれると反論出来ない。

 私が言葉に詰まると、ギルド長たちも若干決まり悪そうに目を逸らした。


 ま、まあでも、とイーノックが話題を変える。


「ユウさんがお元気そうで良かったです。ご飯の準備も出来てますよ」


 なんという手回しの良さ。流石は小王国支部の料理番だ。

 私が感動していると、デールとサイラスも頷いた。


「俺たちが魔物討伐に出てる間に国外脱出したって聞いた時はどうなることかと思いましたけど」

「まあ姐さんだし、ちっとやそっとじゃ倒れないって信じてましたよ」

「むしろ一通り障害を薙ぎ払って来たからな、こいつは」

「ギルド長、一言余計」


 じろりと睨むと、サッと目を逸らす。


 エレノアがニコニコと笑った。


「こういうの、久しぶりですね!」

「ええ、やっとみんなが元に戻った感じがするわね」


 ノエルも笑顔で同意する。が、


「…元に戻った?」


 私はともかく、みんなが?


 その疑問に答えたのはキャロルとジャスパーだった。


「みんな、気もそぞろだったのよ。デールは田んぼに立ってる案山子をユウと間違えるし」

「ちょっ」

「サイラスは紺色の髪の通行人に気を取られて他人の家の壁に真っ正面からぶつかるしな」

「そ、それは…!」


 引き合いに出された2人が狼狽える。


 どうやら、私は自分が考えている以上に心配されていたらしい。そりゃあルーンもこっちに来るか…。


「その…心配かけてゴメン」


 私が苦笑いしながら頭を下げると、分かってないね、とグレナがわざとらしく腰に手を当てた。


「ユウ、こういう時は『ゴメン』じゃないだろう?」

「へっ?」


 ぽかんと口を開ける私をよそに、みんなが訳知り顔で視線を交わす。

 頷き合ってこちらを向くと、シャノンが満面の笑みを浮かべた。


 そして、



「──ユウさん!」


『おかえり!!』



 笑顔を浮かべたみんなの声が、綺麗に唱和する。



「あ…」



 私は目を見開いた。


 ──おかえり。

 ついこの間まで、当たり前に使っていた言葉。


 仲間がギルドに帰って来たら、『おかえり』と迎える。それが、誰が決めたわけでもない、この小王国支部の暗黙のルールだ。


 ごくごく当たり前の、いつもの台詞が──今、こんなにも嬉しい。



(…私、ちゃんと帰って来たんだ)



 どこか気を張ったままだった心が、じんわりと融けて行く。


 ようやく分かった。


 ユライト王国のみんなとも随分親しくなったし、居心地が悪いわけじゃなかったけど…やっぱり私は、ここに帰って来たかったのだ。


 胸に迫るものを押し留め、思い切り息を吸い込む。


 口にするのは、勿論──



「ただいま!」



 心からの笑顔を浮かべて、私はそう応えた。






 ──私の居場所は、ここにある。


 今までも。


 これからも…きっと。










か、帰って来た…!!


──というわけで、剛力主婦ことユウの物語、これにて終幕となります。


例によって例のごとく、『本編は』と注釈が入りますが。

ええ。おまけはあります。小ネタのストックがそれなりにあるので…。


ただ、連載にするほどではないので、小説としては『完結済み』のまま、気が付いたら話数が増えてるスタイルで行きたいと思っております(卑怯とか言ってはいけない)

気長にお付き合いいただけますと幸いです。


おまけエピソード早う!と期待してくださる方は、☆での評価やブックマーク、リアクションボタン、レビューなどで応援していただけると、作者が良い感じに調子に乗るかと思います(笑)





それでは以下、毎回恒例の蛇足です。




第2章は、第1章で影も形もなかった『小王国の後継者』に着目したお話でした。

まあ肝心の当人の出番は本当にちょろっとしかないんですが、存在感は抜群…だったらいいなと思います。ハイ。


あと、『一度結婚してひどい目にあったユウは、今後どうするのか?』というテーマもありました。


普通だったら、理想の王子様みたいな人が出て来るとか、既存のキャラクターと良い感じの関係になるとか、そんなストーリーが入って来るんでしょうけどね……『♯恋愛要素皆無』のタグの時点でお察しですが、最初からそっち系の要素を入れる予定はありませんでした。だってユウさんだもの(何)


そんなユウさんは特級冒険者になってしまったので、多分今後は今まで以上に忙しくワールドワイドに活躍することになるんじゃないでしょうか。

マグダレナ様の指揮下に入ったようなもんですからね。スピリタスにも乗り放題ですからね。大陸の端から端まで1日で行っちゃいますからね…。


割と無意識にブラックですが、本人が気付いてないのが不幸中の幸い…幸いって言って良いのかちょっと微妙ですが…。


『働かずに楽して暮らしたい』って言ってる人が実は一番働いてないと落ち着かないタイプ。

あると思います。



ちなみにこの作品、現在、拙作の中では最多話数となっております。

ええ。実は最長なんです。閑話まで『1話』としてカウントすると、ここまでで217話。次点は、最初に書き始めて昨年完結した『丸耳エルフとねこドラゴン』で合計174話。

世の中には余裕で1000話以上書く作家様もいらっしゃいますが、200話超えは私的にはすごいことでして…。

とりあえず、後で自分へのご褒美としてウチの猫のおなかに顔面埋めて深呼吸してきます(←とても静かに嫌がられる未来が見える)




改めて、ここまでお付き合いくださったみなさま、本当にありがとうございました。

ユウのエピソードはもうちょっとポロポロ出て来ると思いますので、お付き合いいただけますと幸いです。


なお、もうちょっと構想が固まったら新作も投稿を始める予定です。

現時点で、それなりに毛色の違う話になる予定ではありますが、ノリは今作とそんなに変わりません。

振り回されるのが周囲か主人公かの違いだけです(何)



それではまた、どこかでお会いできることを願いつつ…。






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