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207 突発的首脳会談


「お久しぶりですね、『稀なる藍青』ベニト殿」

「おお、ユライト王国のライオネル殿か! 久しいの!」


 ライオネルとベニトは知り合いだったらしい。大国の王太子とドワーフ族の長だし、そりゃそうか。


 笑顔で握手を交わすと、ベニトは背負っていたバックパックを地面に下ろし、蓋を開けて逆さまにした。

 ガラガラと音を立てて、石英と大理石が山積みになって行く。毎度のことながらすごい量だ。


 …まあこれも、施工してたらすぐ無くなっちゃうんだけど…。


「これがドワーフ謹製の人工石英ですか。結晶の形が少し違うのですね」


 山の中から手のひら大の石英を一つ手に取って、ライオネルが呟く。ベニトが楽しそうに目を輝かせた。


「分かってくれるか! 純度は天然物よりはるかに高いんじゃが、どうしても綺麗な六角柱状にはならんでのう」


 無色透明ではあるけど、目の前の人工石英は表面に不思議な凹凸があって、全体の形も六角柱状と言うよりは分厚い板のように見える。

 板の厚みの方向から見たら断面は辛うじて六角形かな?くらいの感じだ。

 天然物の石英──と言うか六角柱状の『水晶』とは似ても似つかない。


 全部そんな感じなので、実験で大量に作ったは良いけど宝石としては売り出せず、長年ドワーフの里の倉庫で眠っていたそうだ。


 今回、白い石材の材料として脚光を浴びたことで在庫は全て消費され、現在はドワーフの里の研究所で大量生産されている。

 今まではスピリタスが運んでいたのだが、私たちを王都に乗せて行ったっきり帰って来ないので、こうしてベニトが運んで来てくれたらしい。


「…で、ユウ。スピリタスは帰って来るのかの?」

「あー…、ゴメン。一回はこっちに来たんだけど、書類持ってまた王都に行っちゃったから、暫く帰って来ないかも…」


 多分今頃は城の小屋でウイスキーに溺れてる…とは言えないので言葉を濁しておく。


 ベニトはちょっと呆れた顔をした。


「なんじゃ、折角とっておきの酒を用意しとったんじゃが…まあ良い。それなら帰って来るまでは、ウチの資材はわしらが交代で運んで来るとするかの」


 マグダレナが笑顔で頷く。


「ありがとうございます、ベニト。スピリタスには早急にこちらに来るよう連絡しておきます。──ドワーフ側の泥はまだありますか?」

「ああ、問題ない。あと5日分くらいはあるじゃろ」


 ユライト湖東岸の泥は、こっちからドワーフの里の方にも提供している。距離が距離なので、人力で運ぶのは厳しい。やっぱりスピリタスには早めに帰って来て欲しいところだ。


 それに──


「ベニト、道中、魔物は大丈夫だったの?」


 以前ベニトがこの穴を通ってドワーフの里に帰った時は、スピリタスが背中に乗せて超特急で帰って行ったから魔物のことは気にしなくて良かった。

 でも今回、どうもベニトは徒歩で来たようだ。結構な無茶をしたんではなかろうか。


「ああ、そこは心配要らんぞ」


 ベニトは得意気に懐から鈴のようなものを取り出した。揺らしても音がしない──と思ったら、ルーンがものすごく不快そうな顔で後退る。


《なんだそれ、滅茶苦茶うるさい》

「おお、お前さんには聞こえるか」


 鈴を手の中に握り込んで、


「コウモリ系の魔物に効果がある、魔物除けの鈴じゃ。普通の人間には聞こえない音を出して、やつらの知覚を狂わせるんじゃよ。他の魔物はそれほど攻撃的でもなし、つつかなければ襲われることもないんじゃ」


 この地下通路で一番厄介なのはコウモリっぽい魔物だ。何せ飛ぶので、攻撃を当てにくい。

 私たちはレナやルーン、サラの魔法で対処してたけど、ドワーフはそもそも魔物を寄せ付けない方法を取っていたらしい。


 …でも、他の魔物はそれほど攻撃的じゃないって…前に飛び掛かって来たGの化け物みたいなやつはなんだったんだろ。あれ、攻撃じゃなかったの?


「そのような方法があるのですね。安全確保にとても役立ちそうです」


 ライオネルが感心して呟く。


 討伐目的の冒険者には不要だけど、一般人が身を守るのには便利そうだ。が、


「地上で鳴らすとウルフ系の魔物が寄って来るがの」

「ダメじゃん」


 しれっと付け足された補足に、私は思わず突っ込んだ。


 うっかり鳴る状態のまま地上に出たら大惨事だ。ドワーフは使い慣れてるから大丈夫だろうけど、この国の一般人に持たせたら一人二人は地上で盛大に鳴らすと思う。

 我が国で使うにはリスクが高すぎますね、とライオネルが苦笑した。


「それにしても、ドワーフの皆さんには我が国では知られていない知識が豊富にありそうですね。この地下通路が開通したら、輸出入や魔蛍石の研究以外に、知識・文化面でも積極的に交流を持ちたいところです。──勿論、お互いの価値観を尊重した上で、ですが」


 ライオネルが言うと、ベニトがカラリと笑う。


「相変わらずお前さんは優しい顔して貪欲じゃのう! 無論、わしらにもその用意はあるぞい! ユライト王国のワインは絶品じゃからの、是非とも文化交流と行こうではないか!」

「ええ、喜んで」

(……ドワーフの『文化交流』って、確か…)


 度数の強い酒をストレートで飲み続ける、『飲み比べ』の意ではなかったか。


 それを知らないはずがないライオネルは、ベニトの誘いを笑顔で受けて、がっしりと握手を交わした。




 ──なお、後に聞いた話だが。


 ユライト王国の王家はそれこそドワーフとタメが張れるくらいとんでもない酒豪の一族で、ライオネルは歴代五指に入るくらい酒に強いそうだ。


 種族的に酒に強いドワーフと血筋的に酒に強いヒューマン、飲み比べでどちらが勝ったかは──神のみぞ知る、というやつである。





 既にお昼を大分過ぎていたので、一旦拠点──魔石貯蔵庫だった場所に戻り、全員で遅めの昼食を取ることにする。


 メニューはすっかりお馴染みになった、カレーだ。フェイたち待機組が作ってくれたんだけど、レナとクレアも参加していたので、激辛カレーは免れてるはず。多分。


 …ヘンドリックとかフェイに任せると、控えめに言って辛口、ってレベルになるからね…。


「これが噂の『カレー』ですか」


 簡素な石のテーブルについたライオネルが目を輝かせる。曰く、マグダレナに話を聞いて、いつか食べたいと思っていたらしい。


 リップサービスかと思ったら、目がマジだ。一体どんな風に伝わったんだろう…。


 ライオネルと一緒にテーブルを囲むのは、ベニトとマグダレナと私、そしてルーンと、ちゃっかり人型に戻ったサラ。

 サラは面倒事を嫌ってライオネルの前ではケットシーの姿を保ってたんだけど、カレーの誘惑には勝てなかったらしい。ライオネルは驚きもしなかったけど。


 なおベニトも『カレーを食べてみたい』という理由でわざわざここまで来た。…長の帰りを待ってるドワーフの里の人たち、スマン…。


『いただきます』


 食事前の挨拶は小王国と同じだ。皆で唱和し、気持ちを切り替えてスプーンを手に取る。


「おお、これは…!」


 一口食べたベニトが目を見開いた。カレーは予想通り若干辛口寄りで、辛い物が苦手な人にはちょっと厳しいくらいの味になっている。これでもかなりマシな方だけど。

 一応、辛さ対策にチーズやウインナーも用意してある。ベニトに声を掛けようとしたら、


「これは……酒が進みそうじゃな!」

(そっちかい)


 ドワーフの長は、むしろ辛い方が好みだったらしい。とても楽しそうなベニトに、ライオネルも笑顔で頷いた。


「ええ、どんどん食べたくなりますね」

(マジか)


 思わず出そうになった呟きを喉の奥で押し留める。この2人、ちょっとおかしいかも知れない。


「クレア、チーズ要る?」

「うん、ちょっとだけ」


 隣のテーブルのレナとクレアは、慣れた様子でトッピングを始めていた。レディ・マーブルも粉チーズを多めにかけている。


「ユウさんはどうしますか?」

「私も欲しい──ありがと」


 自分の分にかけるついでに、物言いたげな顔をしていたマグダレナのカレーにもチーズをかける。

 ちなみにルーンはカレーではなく焼きササミを食べているので不要、サラは筋金入りの辛い物好きなので最初から除外だ。


 粉チーズを足して食べると、かなりマイルドになった。


 …まあこの食べ方、味を誤魔化すだけでスパイスの量自体は変わらないし、むしろチーズの塩分と脂質が加わる分、健康にはあんまりよろしくないんだけど…まあ美味しいから良いよね。たまには。



 ──そんなこんなで、全員でカレーを堪能した後。



 ライオネルとベニトとマグダレナは諸々の打ち合わせをして、ついでに街道整備の協定書の調印式の日取りまで決めて、それぞれ帰って行った。










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