206 状況確認とドワーフの長
翌日、ライオネルとマグダレナは朝一番に第1休憩所にやって来た。
予想はしてたけど、乗合馬車の時間ガン無視のスケジュールは心臓に悪い。ヘンドリックなんかライオネルの姿を見た瞬間、喉の奥で変な声上げてたし。
「本日はお忙しいところすみません。皆、楽にしてください」
集まった皆の前で名乗ったライオネルは笑顔で言う。とてもフレンドリーな態度だけど、基本、物腰が丁寧で上品だから、マグダレナがライオネルに皆を紹介する間もヘンドリックたちはガチガチなままだ。
「では早速、現場を見せていただけますか?」
そんな周囲の反応もいつものことなのか、マグダレナがさっさと本題に入った。私は頷いて、2人を洞窟の立体模型の前に誘導する。
「現地を見る前に、これを」
「こちらは?」
ライオネルが首を傾げた。目が興味深そうに輝いている。
「レディ・マーブルが作ってくれた、この洞窟の立体地図です。洞窟の入口がここ、私たちが今居る第1休憩所がここです」
私が説明すると、ライオネルは立体模型をまじまじと見詰め、感嘆の溜息をついた。
「これは素晴らしいですね…普通の地図より圧倒的に分かりやすい」
「ええ。この洞窟の主であるレディ・マーブルだからこそ作ることが出来たのでしょうね」
マグダレナが笑顔で褒める。
遠巻きに見守っていたレディ・マーブルが挙動不審になった。両手で頬を挟み、キョロキョロと周囲を見渡している。
ちなみに私がすらすら説明出来るのは、昨日、立体模型の中のどれがどこなのかみんなと一緒に確認したからだ。
…みんなが『王太子殿下の前で説明するなんて無理だ』って言うから私が対応せざるを得なくなったんだけど。
本当なら、地図が読めるベテランのヘンドリックあたりがやればいいと思うんだけどねー…あ、目ェ逸らした。くそう。
「長年調査が行われていただけあって、広いですね。このまま研究施設に転用したら、迷子になる研究員が続出しそうです」
「有り得ますね」
ライオネルの言葉にマグダレナが頷く。広すぎるのも問題なのか。
「じゃあ、レディ・マーブルに作り変えてもらえば良いんじゃないですか?」
「そのようなことが出来るのですか?」
「はい多分」
目を見開くライオネルに肯定を返して、レディ・マーブルに視線を向ける。
「レディ・マーブル、この洞窟の部屋数を減らすことって出来る?」
《えっ!?》
ビクッと肩を揺らしたレディ・マーブルは、ちょいちょいと手招きするとおっかなびっくり近付いて来た。
《部屋数を減らす…?》
「減らすと言うか、もっと単純な構造にすると言うか」
《…出来なくはないけど…》
数を減らすだけなら、例えば2つの部屋を拡張して一つにしたり、通路に壁を作って奥に行けないようにしたり、部屋自体を埋めてしまえば良い。ただ、とレディ・マーブルは続けた。
《強度の問題があるから際限なく大きい部屋は作れないし、床や天井が薄くなっても危ないわよ》
「それは確かに」
考えなしに構造を変えて落盤事故でも起きたら目も当てられない。
レディ・マーブル曰く、今の洞窟はその辺りも考えて結構緻密に作られているらしい。
そういえばレディ・マーブル、施工失敗して何回か生き埋めになってたんだっけ。ガーゴイルだから無事だったけど、人間が巻き込まれたら一巻の終わりか。
なるほど、とライオネルが頷いた。
「そうなると、気軽に構造を変えるわけにもいきませんね。改装に掛かる労力も相当なものでしょうし…」
《それは大丈夫だと思うわよ》
サラがレディ・マーブルの肩に飛び乗って、模型を覗き込む。
《暇を持て余して、結構気軽に拡張してたもの。無計画に大部屋作ったり、部屋の真下に部屋を作ったりしなければ何とかなるんじゃないかしら》
《さ、サラ!》
レディ・マーブルが焦り出すが、後の祭り。ライオネルが苦笑した。
「そうなのですね。…とはいえ、折角洞窟の形があるのですから、現状を元に必要最低限の改装で済むよう、相談させてください。レディ・マーブル」
《え、私!?》
《そりゃ、洞窟の主だもんな》
「当然だよね」
あっという間に洞窟改装の主要人物認定されて、レディ・マーブルは目を白黒させていた。
その後、構造を把握したライオネルたちと共に洞窟内を見回る。
同行者はマグダレナと私とルーンとサラ、ヘンドリック、そしてレディ・マーブルだ。ヘンドリックは顔を引き攣らせてたけど、私が強引に連れて来た。何故なら、
「洞窟内は大体これで回り切ったでしょうか」
「そうですね」
第3層の一番奥、地下通路への入口前で私が肯定を返すと、ライオネルは笑顔で地下通路を見遣る。
「──では、この流れで地下通路も見ておきたいのですが、よろしいですか?」
「!」
ヘンドリックが一瞬肩を揺らした。
…まあ効率重視だったら当然こうなるよね。他国と繋がる地下通路こそ、絶対見ておきたいだろうし。
予想した事態だったので、私は笑顔で頷く。
「勿論です。──というわけでよろしく、ヘンドリック」
「………お、おう」
ものすごく物言いたげな顔で──でもライオネルの前で私に抗議することも出来ず、ヘンドリックがぎくしゃくした動きでランプを掲げ、案内に立った。
「では、こちらへ」
そうして、地下通路に足を踏み入れる。
入ってすぐは洞窟と変わらない、凹凸の少ない岩の壁だけど、すぐに全面が白い石材で覆われた空間に変わる。ライオネルが目を見開いた。
「これは…聞いていた以上ですね」
地下通路に特別な白い石材を使うことは、マグダレナから説明を受けていたらしい。
「この天井の形状は、皆さんで考えたのですか?」
「いや──っと、いいえ、レディ・マーブルとドワーフのベニトの発案です。この先はユライト山脈の地下を通過することになるので、荷重を分散できる形状にした方が良いとか…」
ヘンドリックが慌てて口調を改めて説明する。
多分ライオネルは全然気にしないと思うんだけど、流石に自分の国の王子様にタメ口は無理か。
…自分の住んでる国の王族に片っ端から暴言吐いてる奴がどっかに居るなー、とか思ってはいけない。
ともあれ、そんな説明を挟みつつ、一行はさらに奥へと進む。白い石材を施工した部分なので、魔物が出て来ることもない。ひたすら歩くのが大変なだけで、状況は平和そのものだ。
そして──
「ここが現在の施工の最前線で──」
ヘンドリックがランプを掲げて場所を示していると、暗闇の向こうから声が上がった。
「──おっ、なんじゃなんじゃ、客かの?」
『!?』
ドスドスと足音が近付いて来て、ランプの明かりの中にニュッと姿を見せたのは──ドワーフの長、ベニト。
「あら、ベニトではありませんか。この間ぶりですね」
マグダレナがにこやかに挨拶する。動揺の欠片もないあたり、多分この御方はとっくの昔にベニトの存在に気付いてたんだろう。
それにしても。
「……明かりも持たずにホイホイこっち来てどうすんのさ、ベニト…」
私が思わず呻いたら、ベニトは豪快に笑った。
「おっと、スマンスマン! 前に言ったじゃろ、ドワーフは夜目が利くんじゃよ! ライトを持ち歩くのも面倒でなあ!」




