205 偉い人が来る時は大体みんな動揺する。
その後、何とか立ち上がれるくらい回復した小王国の連中は、エルドレッドとギルド長に連れられて小王国へ帰って行った。
ちなみに後々聞いたところによると、小王国側の関所の兵士もジークフリードの『カリスマ』の影響を受けてたけど、まだ軽い方だったからギルド長が一瞬凍らせて正気に戻したそうだ。苦いお薬の出番がなくてよかったね。
他の面子──マグダレナとライオネルとルーンとサラと私はユライト王国側に戻り、関所の兵士に問題が解決したことを伝えて、ロセフラーヴァの街へ向かった。
なお岩だった砂の山はそのまま残してきた。今頃関所の兵士たちが必死に片付けていることだろう。
スピリタスはライオネルが走り書きした報告書を持って、そのまま王都にトンボ返りだ。『横暴やー!』とか叫んでたけど、王都の小屋でウイスキーの樽が待ってるからとマグダレナが言い包めていた。
(…精霊馬に『アル中』の概念はあるんだろうか)
《ユウ、どーした?》
変なことを考えていると、ルーンが首を傾げて訊いてきた。何でもないよと応じて、私は思考を目の前のことに戻す。
冒険者ギルドロセフラーヴァ支部の会議室で、ライオネルとマグダレナが書類をテーブルに広げて楽しそうに議論していた。
「やはり一度、現場を見てみなければ。ロセアズレア大洞窟をそのまま研究施設に転用するにしても、強度と広さと環境が整っていることが大前提ですから」
「ええ、それは勿論です。ですがライオネル殿下、書記官も測量士も伴っていない状況では、現状把握は困難ですよ」
「測量も記録も私がやります」
(嘘やん)
胸を張るライオネルに、私は内心でドン引きする。この王太子殿下、どこまで有能なんだ。
マグダレナが溜息をついた。
「……言い出したら聞かないのは昔のままですね…。──分かりました。明日、ロセアズレア大洞窟の視察に行きましょう。猶予は一日だけです。よろしいですね?」
「ありがとうございます、師匠」
マグダレナが折れて、ライオネルが笑みを浮かべる。
…これ、ヘンドリックとかレディ・マーブルとか、あっちに居る面子が大変なことになる気がする…。
「ユウ。疲れているところ申し訳ありませんが、今から先行してロセアズレア大洞窟に向かうことは出来ますか? あちらの面々に、明日、ライオネル殿下が視察に行くことを伝えて欲しいのですが…」
「分かりました」
マグダレナも同じことを思っていたらしい。私はすぐに頷いた。
王都からの移動はスピリタスに乗ってただけだし、関所でも大したことはしていない。体力は有り余ってる。
「あっちで用意しておいた方が良いことはありますか?」
「道具はこちらから持参しますし、大丈夫です。汚れていても、ライオネル殿下なら気にしませんから」
訊いたら、マグダレナは首を横に振った。
…本当かな。『綺麗』の基準が違うってこと、ない?
疑問が顔に出ていたらしい。ライオネルが苦笑する。
「農村の視察で冠水被害を受けた畑に入ることもありますし、大型魔物の解体の陣頭指揮を執ることもあります。洞窟なら何度か経験がありますから、そう身構えないでください」
「わお」
想像以上にアグレッシブな王子様だった。すごいなユライト王国。
「了解しました。じゃあ、みんなに伝えておきますね」
「ええ、よろしくお願いします」
「ではまた明日、お会いしましょう」
「はい。気を付けていらしてください」
挨拶を交わして、私はロセアズレア大洞窟へ向かう。
勿論、ルーンとサラも一緒だ。
《仕事が出来る王子は違うよなー》
《そうね。それについて行かなきゃいけない周囲は大変そうだけど》
「それ本人には言っちゃダメだよ」
移動中、そんな会話を交わしつつ。
そんなこんなで洞窟まで帰って来た私は、滅茶苦茶早かったなとヘンドリックたちに驚かれた。
「マグダレナ様の呼び出しだから、もっと掛かるか、もう戻って来ないと思ってたんだが」
「あーうん、何か予想外のことが重なってね」
とりあえず私が巻き込まれていた小王国の問題は解決したとだけ説明して、
「で、明日ユライト王国のライオネル王太子殿下がこの洞窟の視察に来るって」
『…………は?』
案の定、ヘンドリックたちはポカンと口を開けた。
最初に再起動したのは、レナだ。
「……待って。なんでいきなり!?」
「いきなりだけど…来ちゃったから」
「来ちゃったから、じゃないでしょ!? 普通はもっと下っ端のお役人とかが下見に来て色々準備して、諸々整ってからちゃーんと予定を組んで来るもんなんじゃないの!?」
《まあそう思うよな》
《普通はそうよね》
「ライオネル殿下は色々普通じゃなかったんだよ…」
私がぼそりと呟いたら、ヘンドリックとフェイが顔を引き攣らせる。
「お前にそう言われるって相当だな」
「ですね…」
どういう意味だ。
私が半眼になると、落ち着いてください、とクレアが声を上げた。
「あの、ライオネル殿下は何を見にいらっしゃるんですか?」
「ええと…研究施設がどうこう言ってたから、多分洞窟の造りを見たいんだと思う。そのまま使えるかどうか、とか」
「なら、地下通路の工事中の部分まで来ることはなさそうだな。案内役は当然、レディ・マーブルとユウだろ?」
ヘンドリックが胸を撫で下ろすと、今度はレディ・マーブルが悲鳴を上げる。
《わ、私!? どうして!?》
「そりゃあ、作ったヤツが案内するべきだろ」
《私、魔物よ!?》
「そんなんあちらさんも折り込み済みだ」
《王子様の対応なんか出来ないわよ! 礼儀作法なんか知らないもの!》
《あー、その辺に関しては心配しなくて良いと思うぞ》
ルーンが顔を洗いながらフォローを入れる。
《どっかのちっさい国の王子みたいに自分の意見が優先されるとか思い込んでるタイプじゃないし、ユウに『非公式の場ならタメ口で話して大丈夫』とか言ってたしな。多少礼儀がなってなくても気にしないし、話も聞いてくれるだろ》
「そ、そんな感じなんですか?」
フェイが目を瞬いた。私はライオネルの態度を思い返して頷く。
「結構気さくな王子様だったよ。上品な感じではあるけど、ウチのギルド長──ええと、カルヴィンが目の前で私に盛大にツッコミ入れてても笑って流してたし」
「ねえそれ、どういう状況?」
《大体想像の通りだと思うわよ》
サラがくあ、と欠伸をして、若干呆れた目で皆を見渡す。
《もう来ることは決まってるんだから、ウダウダ言ってても仕方ないでしょ。とりあえず、洞窟の構造が説明できる資料を用意して、洞窟内で変なことが起きてないか確認しておけば良いんじゃない?》
「そ、そうだな」
ヘンドリックがちょっと落ち着かない顔で同意する。
今私たちが拠点としているのは、第3層奥の魔蛍石の貯蔵室だった場所。魔蛍石は白い石材の作成に使うので、既に施工現場に持ち出されている。
「じゃあ第1休憩室に色々用意しておく? ほら、レディ・マーブルが作ってくれた洞窟の模型もあっちにあるし」
「そうね。紙の地図で説明するのも大変だもの」
私の提案にレナが頷き、全員が一斉に立ち上がった。
「テーブルはそのまま残ってたよな? 簡易トイレは作り直しが必要か…一応用意しておいた方が良いよな」
「それじゃ、そっちは私が対応するわ。ここと同じ造りのトイレとか手洗いで良いわよね?」
ヘンドリックの言葉にレナが即応し、その後次々に役割が決まって行く。
「俺は第3層の見回りに行って来る。フェイ、クレア、第1層から見回りを頼む。レナは作業が終わり次第2人に合流して、余裕があったら第2層も確認を進めてくれ。俺も奥側から調べて行くから。レディ・マーブルは基本、レナと一緒に行動して、後で補修とかが必要な場所が見付かったら対応を頼む」
「分かりました」
「了解です」
「任せて」
《分かったわ》
今現在、洞窟内には比較的弱い魔物しか居ないから、状況確認はヘンドリックたちで十分だ。ならばと、私はルーンとサラに視線を向ける。
「じゃ、私とルーンとサラは地下通路の状況を確認して来るよ。あの王太子殿下、地下通路も見たいって言う気がするし…」
時間的猶予はそれほど無いけど、それを理由に確認を省略するようなタイプとも思えない。
「ああ、よろしく頼む」
ヘンドリックがまるで他人事みたいな顔で頷いたので、ぼそりと付け足す。
「…ちなみに当然、地下通路を視察することになったら案内役はヘンドリックだよね?」
「……は!? なんで俺が!?」
「レディ・マーブルと私は洞窟を案内するし、ずーっと地下通路の施工してる面子で中心になって動いてたの、ヘンドリックじゃん」
「確かに」
「そうですね」
「はい」
「うっぐう…!」




