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201 会心の一撃


「き、貴様、不敬だぞ!」

「王太子殿下に対してなんということを!」


 私が怒声を浴びせても、騎士たちの勢いは止まらない。

 発言内容が完全に虎の威を借る狐になってるけど、とりあえず『王太子殿下』を盾にして苛立ちをこっちにぶつけたいらしい。


(苛立ってんのはこっちだ)


 何とか平静に戻ろうとこっそり深呼吸していると、青い顔をしたジークフリードが口を開いた。


「き、君は…」


 途端、騎士たちが一斉に静かになった。場が静まり返る中、ジークフリードは何故か気遣わしげにこちらを見る。


「その…強がる必要は、ないんじゃないかな? …女性が一人で暮らしていくのは大変だろう? 冒険者の仕事だって、女性がやるような事じゃない。いくら頑張ったところで…」


 鼻をすする音が聞こえて来た。

 親切心全開の上から目線で語られる言葉を聞いて、騎士たちが感動に(むせ)び泣いている。


 ──残念ながら、私は全身に鳥肌が立ってるんだけど。


「──それ、全世界の女性冒険者を敵に回す発言だって自覚ある?」

「………え? ──い、いや、そんなつもりは! ただ、君のような女性が冒険者を続けるのは大変だろうと」

「『君のような』ってどんな人間?」

「え」

「私は今、初めて、あんたと会ったんだけど。生まれも育ちも全く共通点の無い初対面の人間が、なんで私のこと理解してる前提で話してんの?」


 スッと目を細めたら、ジークフリードは呆けた顔のまま、ちょっと青くなった。

 騎士連中やケネスやアレクシスが親の仇みたいな目でこっち見て来るけど無視。


「少なくとも、あんたに私のことが理解できるとは思えない。理解してもらうつもりもない。私の今後の人生に、誰かの配偶者になる選択肢は存在しない。分かったらさっさと騎士団引き連れて城に帰れ。二度と私に関わるな」


 ぶん殴りたい衝動を堪えて、何とか言葉だけに押しとどめる。


 どんなに考えなしで粗忽者の大馬鹿野郎でも、一国の王太子だ。

 スキル『カリスマ』の影響もある以上、ぶん殴ったら余計面倒なことになるのは目に見えているし、今後一切関わらずに済むなら穏便に済ませた方が良い。


 …私、温厚になったなあ…。


 無理矢理思考を明後日の方向に飛ばして感慨に耽っていると、で、でも、とジークフリードが食い下がってきた。



「このままだと、君も、君の周囲の人たちも、捕縛される恐れがあって──」


(あ゛?)



 ビシリと音を立てて額に青筋が走った。

 他人事みたいに言ってるけど──その原因を作ったのはお前だろうが。


(前言撤回。殴ろう)


 一瞬で心に決めて、右拳を握り締めて軽く腰を落とした、瞬間──



《ふっっっざけんじゃ、ないわよ──!!》



 ──ドゴォッ!!



 脳みそを貫く念話が響き、灰色のケットシー──の姿をした水精霊の飛び蹴りがジークフリードの左頬にめり込んだ。



「ブフッ!?」



 変顔になったジークフリードはケネスとアレクシスと騎士数人を巻き込んで盛大に吹っ飛び、石畳に倒れる。

 サラはジークフリードが立っていた場所に華麗に着地し、後ろ足で立ち上がって右前脚をジークフリードに突き付けた。



《さっきから聞いてれば、身勝手なことをベラベラベラベラうるっさいのよ!! 『ボクのせいじゃないけどボクの言う通りにしてくれるよね』?『じゃないと大変なことになるよ』? ──馬鹿じゃないの!? 一から十まで全っ部アンタが原因だっての! ユウがこっちの国に脱出することになったのも、勅命とやらが発行されたのも、今ここに完全武装の騎士が詰め掛けてるのも、全部あんたのせい!! ちょっとは自覚しなさいこの無責任男が!!》



 尻尾どころか全身の毛が逆立って、藍色の目に金色の輝きが見え隠れしている。

 首に巻かれていたはずのマーキュリーはどこかに行っていた。飛び蹴りの衝撃で吹っ飛んだんだろうか。


(…サラ、すごい剣幕だなあ…)


 あまりの勢いに、こちらの毒気が抜かれてしまった。

 エルドレッドとギルド長は唖然としているし、ケネスとアレクシスは目を白黒させている。ジークフリードは──



「…………あれ?」



 奇妙なことに気付き、私は思わず呻いた。

 呆然としているジークフリードに視線を向けても、あの独特の不快感が無い。ついさっきまでは確かにあったはずなのに。


(もしかして──)


 ギルド長を見遣ると、丁度そちらも気付いたようだった。胡乱な表情でジークフリードを眺めている。


「ギルド長」

「ああ」


 声を掛けると、ギルド長はすぐに動き出した。ジークフリードの前に立ち、鑑定魔法を使う。


 程なく、


「──…やっぱりか」


 ギルド長は困惑気味の表情で呟いた。



「スキル『カリスマ』が、『キャンセル』状態になってやがる」

「……えっ?」



 ジークフリードが呆然と呻いた。エルドレッドが眉間に深いシワを刻む。


「どういうことだ」

「言葉通りの意味だ。今現在、スキル『カリスマ』は働いていない」


 と言っても──


「お、王太子殿下! ご無事ですか!?」

「ユウだけでなく、連れのケダモノまで無礼とは!!」


「……魅了状態は解けてないみたいだよ?」


 ジークフリードを必死に助け起こし、殺気立った視線をこちらに向ける騎士たちを目で示すと、ギルド長が溜息をつく。


「そっちは個別に解除する必要があるってことだな。とりあえず、これ以上被害が広がることはないだろうが…」


 その呟きに反応したのは、当のジークフリードだった。



「…スキル『カリスマ』が、働かなくなった?」



 ぴたりと喧騒が止む。真顔のジークフリードに、ギルド長が頷いた。


「間違いない。独特の気配が無くなってる」

「……ほ、本当に?」

「ああ」


 すると──



「…………よ、よかった……!!」


『…………は?』



 心底安堵した表情で膝から崩れ落ちたジークフリードに、私たちの目が点になった。


 …え、『よかった』? 何、どういうこと?


「……ずっと、困っていたんだ…」


 ジークフリードは俯いたまま、涙声で語り始めた。


「私が何を言ってもことが大きくなるばかりで…そこまでしなくて良いと言っても止まらなくて…だから、だからっ…!」


 時折ズビッと鼻をすする音が混じる。

 何か本人的にも大変だったらしい、けど──


 ──欠片も同情する気が起きないのは何故だろう。


《馬鹿なの?》


 サラの怒気を含んだ念話が響いた。


《あんた、命令する側でしょ? 『そこまでしなくて良い』じゃなくて、『それはやるな』って言わなきゃ聞くわけないじゃないの! 止まらないんなら止まるまで言いなさいよ! 伝わらないなら伝わるまで言葉を尽くしなさいよ!! 何のための口なのよ!?》

「そこまで言わなくても良いじゃないか…っ」


 ジークフリードはショックを受けているが、


「サラに同感。大体、周囲が暴走すんの放置すれば最終的に()()()良い思い出来るんだもんね。どうにもならないとか止まらないとか、ただの言い訳でしょ」

「全くだな。他人に責任擦り付けてるだけだろ」

「いい歳こいた大人が聞いて呆れるぜ」


 私たちは迷わずトドメを刺しに行った。


「そ、そんな…!」

「お、王太子殿下、落ち着いてください!」

「そうです! そのような言葉に耳を貸す必要はありません!」


 涙と鼻水でボロボロなアラフォー王太子を何とか宥めようと、ケネスとアレクシスと騎士たちが必死になっているのが大変シュールだった。








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