200 他責型身勝手野郎
「…!?」
私たちの殺気に気付いたのか、ジークフリードがビクッと肩を揺らして後退った。一国の王太子とは思えない態度だ。
「王太子殿下、いかがなさいました!?」
目敏くそれに気付いたケネスが大袈裟に駆け寄る。キッと険しい目でこちらを睨み付け、
「冒険者風情が、なんと不敬な!」
「あ゛あ゛?」
「…っ!」
エルドレッドがずいっと身を乗り出し、ケネスを見下ろす。ただでさえ体格の良いエルドレッドの圧力に、ケネスが怯んだ。
「な、なにを…」
「それはこっちの台詞だ。お前、俺が誰かも忘れたのか? 筆頭文官ってーのは、いつから第2王子より偉くなったんだ? ああ?」
「だ、第2王子? …──エルドレッド殿下!?」
「な…!」
「嘘だろ!?」
ケネスが目を見開いて叫び、騎士団が動揺した。
「…え、気付いてなかったの?」
「…エルドレッドって名前自体はわりとよくあるし、城に居た頃はここまで大柄じゃなかったからなあ…」
私がぼそりと呟くと、ギルド長が呆れた顔でコメントする。
エルドレッドのあのマッチョな体格は、冒険者になってから培われたものだったらしい。
それにしたって、金髪碧眼の色合いがジークフリードと同じだし、そもそも顔立ちで分かりそうなもんだけど。
《…一応、カルヴィンも元王族だぞって突っ込んどいた方が良いか?》
「やめとけ、面倒だ」
片耳を倒すルーンを止め、ギルド長が一歩前に踏み出した。
ジークフリードを冷たい目で見遣り、
「わざわざ国境まで来たとこ悪いけどな、ユウは特級冒険者だ。命令だろうと要請だろうと、従う義務はない。諦めろ」
「え…」
小王国御一行の視線がこちらを向く。ギルド長に視線で促されて、私は腕輪の隠蔽魔法を解除した。
左腕を掲げると、ケネスが目を剥く。
「特級冒険者の腕輪…!? な、何故!?」
(おたくらが無駄に外堀埋めようとしてくれたからだよ)
思わず半眼になる。狼狽えたケネスは、数秒後、ハッと何かに気付いた顔になった。
「…で、ですが、彼女への勅令は彼女が特級冒険者になるより前に出されたものです! そちらが優先されるはずでしょう!」
「ンなわけあるか! そもそもその勅令、本人が受け取ってねぇんだよ!」
ズバッとギルド長が突っ込んだ。
ケネスが言う勅令は、私が小王国を脱出するきっかけになったやつだろう。あの時、ケネスは私と入れ違いに小王国支部に来たらしいから、確かに私は勅令とやらを受け取っていないし、その中身も知らない。
「馬鹿言ってねぇでさっさと騎士団を退却させろ。このままだと侵略行為だと見なされるぞ」
エルドレッドが頭痛を堪える表情で言った。視線の先、騎士団が動揺してざわめく。
「し、侵略行為など、我々はそんなつもりでは」
呟いたのは、ジークフリードの後ろに控える全身鎧──騎士団長のアレクシスだ。完全武装で国境まで詰め掛けて来ておいて、説得力が欠片もない。
が…アレクシスが助けを求めるようにジークフリードを見た途端、戸惑っていたはずの表情が一変した。
「──そもそも、そちらのユウが逃げ出さなければ我々がここまで来ることもなかったのだ!」
いきなりこちらに指を突き付け、居丈高に叫び始める。何言ってんだコイツ。
「せめて王太子殿下に誠心誠意謝罪し、我々の命に従うのが道理であろう!」
「何の道理だ! 大体手前ェらは──」
「ギルド長、ストップ」
即座に反論しようとするギルド長を手で制して、私は一歩踏み出した。
庇ってくれるのは嬉しいけど、ケネスやアレクシスと言い合いをしていたところで意味がない。
こいつら、いくら言葉で説得しようとしてもジークフリードを視界に入れた瞬間に常識も道理もマナーも全部吹っ飛ぶみたいだし。
──つまり、話すだけ無駄。
「ユウ──…」
私の顔を見たギルド長が口を噤み、アレクシスとケネスが喜色を浮かべてこちらを見る。
でも、残念ながら私が話すべき相手はケネスでもアレクシスでもない。
「ようやく分かったようですね! さあ、早く服従を誓い」
「黙ってろ部外者」
「……………は?」
「部外者でしょ? 血縁者でも上司でも何でもないんだから」
ひたすら偉そうに命令して来るケネスに、吐き捨てるようにきっぱりと言い放つ。
…そもそも血縁者であろうと上司であろうと、他人の婚姻に口出す権利なんかないけど。
ケネスがぽかんと口を開け、数秒後、その顔がみるみるうちに赤くなった。
「──王太子殿下の右腕たる私に、なんという口の利き方を──!」
「右腕なら『腕』らしく黙ってろ。いつから腕がゴシュジンサマ差し置いて喋り倒すようになったんだよ、そっちの国は」
「……~~~っ!!」
冷たい目で一瞥すると、ケネスは真っ赤な顔で唸りながら沈黙した。
ギルド長とエルドレッドがヒクッと口の端を引き攣らせる。多分笑うのを堪えたんだろう。
「ユウ! そのような暴言、我らとて見過ごすわけには」
「暴言?」
今度はアレクシスが噛み付いて来た。私は遠慮なく全身鎧を睨み付ける。
「自分たちの行動がどんな風に見えるのか考えもせずに完全武装で国境に突進して来た挙げ句それを他人のせいにするクソ野郎に文句を言われる筋合いは無いね」
「…く、クソ野郎…!?」
アレクシスが絶句する。
それに満足して、私はジークフリードに向き直った。
一歩下がっていた小王国の王太子殿下は、視線を受けてビクッと肩を揺らした後、何かを期待する目をしてちょっとだけこっちに近付いて来る。
その表情で確信した。こいつは──
(被害者ヅラして自分のせいじゃないとか言いながら、最終的には周囲がお膳立てして全部自分の思う通りにしてくれるって『信じてる』んだろうな…)
先程の『そ、その…こんなことになってゴメンね? でも、どうにもならないから、君も諦めて従ってくれると良いなー、なんて…』という発言が象徴している。
『どうにもならない』なんて、命じる側が口にして良い言葉じゃない。どうにもならないんじゃなくて、どうにかする気がないんだろう。何もしなければ全部自分の思い通りになるから。
(…次期国王でアラフォー妻子持ちのオッサンが、コレか…)
一周回って感心する。
何をどうしたらこんな風に育つのか、ちょっとあの国王の胸倉掴んでガクガク揺さぶって問い質したい。
「…その、答えは出たかい?」
私が黙っていると、ジークフリードは期待を込めた顔で訊いて来た。
アラフォーの王位継承権持ちだと思うと、この幼い──と言うか、幼子に言って聞かせるような妙に距離感の近い口調も鼻につく。まさかいつもこの口調じゃないだろうな。
私は息を吸い込み、真顔ではっきりと言い放った。
「──あんたの第2妃にはならない。絶対に、断固として、お断りだ」
敬語なんか要らない。こんな連中に敬語を使うだけ労力の無駄。
「……………え」
『な…!』
『はあ!?』
結果、ものすごい騒ぎになった。
ジークフリードがぽかんと口を開け、ケネスとアレクシスと騎士たちが叫ぶ。
その騒ぎをかき消す勢いで、私は声を張り上げた。
「──何でもかんでも自分の思い通りになると思い込んでる父つぁん坊やの嫁になんぞ、誰がなるか、ド阿呆どもが!!」