199 小王国の王子様
兵士たちの視線を背後に、鉄格子の扉を開ける。
橋に出て数歩進むと、すぐに岩に突き当たった。壁のように左右にずらりと並んだ巨大な岩は、完全に橋の上を塞いでいる。
「…ヤツの魔法だな」
ギルド長が確信を持って呟き、私を見た。
「ユウ、適当な岩を砕いて道を作ってくれ。あっち側に破片が飛ばないように加減してな」
さり気なく無茶を言う。
「…じゃあ端っこの方で」
上空で見た時、人影は橋の真ん中あたりにあった。いくら加減しても破片が飛ぶ先を完全に制御するのは無理なので、多少なりともリスクが少ない場所を選ぶことにする。
右端のすぐ隣の岩の前に立ち、ウォーハンマーを構える。
心得たもので、ルーンとサラがすぐに私の肩から飛び降りて距離を取った。
興味深そうにこちらを見ているマグダレナとライオネルに『もうちょっと離れてください』と警告を飛ばしてから、私は慎重にウォーハンマーを振り下ろした。
──ズン!
橋がわずかに揺れ、叩いた岩だけに細かなヒビが入る。ウォーハンマーの先でツンと突くと、砂煙と共にガラガラと音を立てて岩が崩れて行った。
発破を使ったビルの解体工事みたいな、綺麗な崩れ方だ。
「…お前、器用になったなあ…」
「まあね」
感嘆なのか呆れなのか微妙な顔のギルド長に、ふふんと胸を張ってみる。
「な、何だ!?」
「何が起きた!」
「岩が…!」
まだ砂埃が漂う瓦礫の山の向こうから、どよめきが聞こえて来た。ギルド長が顔を引き締める。
「マグダレナ様とライオネルとスピリタスは、一応ここで待っててくれるか。どうにもならなかったら介入してくれ」
「ええ」
「分かりました」
《任しとき》
「ユウ、行くぞ」
「了解」
ギルド長と共に崩れた岩を踏み越える。
その先には、呆然と目を見開いた騎士たちと馬がずらりと居並んでいた。橋の上を埋め尽くすくらいの大集団だ。
(…これもしかして、小王国の騎士団の騎馬隊、ほとんど全員出動してる…?)
騎士団には、馬を駆る騎馬隊と普通の兵士が居る。兵士の方が人数は多いけど、主戦力扱いされているのは騎馬隊の方だ。
国の守りはどうした、と突っ込みを入れたいところだけど…考えてみたらこの騎士団、そもそも国防もマトモに出来てないんだった。
『カリスマ』の影響で考えなしに突進するようになってるだろうし、自分たちがこっちに来た後の首都の防衛のこととか治安維持のこととか国と国との関係悪化のリスクとか、何も考えてないんだろうな…。
内心げっそりして、視線を左に向ける。
岩の前に立っていたのは、予想通りの人物だった。ギルド長が片手を挙げる。
「よう、久しぶりだなエルドレッド」
「な…お前ら、なんでこっち側から…!?」
上級冒険者にして小王国第2王子の、エルドレッド。ユライト王国側の兵士の報告通りだ。
エルドレッドは大剣使いだけど、地属性魔法の使い手でもある。十中八九、橋を塞ぐ岩を出現させたのはこの男だろう。
目を剥くエルドレッドに、ギルド長が肩を竦める。
「ちょっと用があってユライト王国に行ってたんだよ。知らせを受けて慌てて帰って来たんだ。──まさかお前が足止めしてくれてるとは思わなかったが」
何だか含みのある言い方だ。エルドレッドが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「…偶然居合わせただけだ」
ちらりと私を見遣る。
(…もしかして、私の要求に応えようとしてた?)
ロセアズレア大洞窟でエルドレッドから調査資料を引き継いだ後、私は彼に『あのはた迷惑な王太子殿下とその取り巻きども、抑えるとかできない?』と尋ねた。
当時エルドレッドは思い切り目を逸らしてたけど、今ここに居るのを見るに、私の言葉が何かの切っ掛けになって行動してくれたんじゃないだろうか。見た目に似合わず律儀な男だ。
一方。
「あれは…冒険者のユウ!」
「見付けたぞ!」
「捕らえて王太子殿下に献上しろ!」
騎士たちは私を見て目の色を変えていた。明らかに普通じゃない顔に、ぞわっと鳥肌が立つ。
(うっげえ…!)
目がイってる。滅茶苦茶気持ち悪い…!
顔を引き攣らせていると、騎士たちの後ろにある豪奢な馬車の扉が開いた。
「──捕らえる必要はありません」
声が響くと同時、騎士たちがザッと場所を空けた。
馬車から見覚えのある人影が複数、進み出て来る。
先頭に立つのは、小王国の筆頭文官。『勇者()』と『せいじょ』を元の世界に帰す時にも一役買った、ケネスだ。あの時は苦労人の印象が強かったけど、今は──
「お久しぶりですね、ユウさん」
ケネスはエルドレッドとギルド長をまるっと無視して私の前に立ち、いかにも貴族っぽい、それはそれは上品な笑みを浮かべた。
「──喜んでください。貴女のために、我らが王太子殿下がここまでおいでくださったのです! さあ、大人しく王太子殿下の第二妃におなりなさい!」
(あ、ダメだこいつ)
一瞬で理解して、スン…と心が平坦になる。
分かっちゃいた。分かっちゃいたけど、何だろう、この落胆とも軽蔑ともつかない感情は。もう完全にテンションについて行けないんだけど。
芝居掛かった動作でケネスが振り向く先、どこか気弱そうな微笑みを浮かべた金髪の優男が、周囲の熱っぽい視線を一身に集めながら歩いて来る。
一歩、また一歩と距離が縮むたび、ぞわっと全身が総毛立つ。やっぱりこれが、スキル『カリスマ』の気配なんだろう。
残念ながら私には無効なので、気持ち悪い以外の何ものでもない。
ちらりと見遣ると、エルドレッドとギルド長が眉間に深いしわを寄せていた。半分は血の繋がった兄弟だからか、表情がそっくりだ。
ケネスがしずしずと場所を空け、入れ替わりに優男が私の前に立つ。
そうして──
「ええと…はじめまして」
小王国の王太子、ジークフリードの第一声は、目の前に立っているのに妙に遠くに聞こえた。
碧眼がきょろきょろと自信なさげに泳ぎ、遠慮がちにこちらを向く。
私より断然背が高いのに、上目遣いでこっち見てるってどういう仕組みなんだろうな。
「そ、その…こんなことになってゴメンね? でも、どうにもならないから、君も諦めて従ってくれると良いなー、なんて…」
瞬間、ケネスたちが感極まったようにどよめいた。
「殿下、なんとお優しい…!」
「命令ではなく勧誘とは!」
「流石は王太子殿下!」
「我らの誉れ!」
完全に別世界に突入している小王国御一行をよそに──
『……………あ゛?』
エルドレッドとギルド長と私、3人の殺気混じりの呻きが、全く同時に口から零れた。




