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197 フットワークが軽すぎる件について


《……ん?》


「ルーン、どうしたの?」

《いやすまん、サクラからの連絡──………はあ!?》


 念話が響くと同時、ルーンの全身の毛がブワッと逆立った。

 皆が注目するのも構わず、その場に立ち上がって虚空を見上げる。


《…いつだ? ………、分かった。カルヴィンも居るし、こっちで何とか…》


 耳を倒し、首を振り、いつになく焦った表情で呟く。

 どうやら、念話が漏れているのも気付いていないらしい。名前を出されたギルド長が視線を鋭くした。


《……あ? いや、デールとサイラスはマズイ! 絶対出すなよ、地面にでも埋めとけ!》


 2人の扱いがちょっとアレな気がするけど、ルーンの表情は真剣そのものだった。


《いいか、ちゃんと止めろよ! 頼んだからな!》


 ぶるっと頭を震わせて、ルーンが目を開いた。遠隔念話が終わったらしい。


「ルーン、どうした? 何があった?」


 ギルド長が訊くと、ルーンは眉間にシワを寄せて応じる。



《…小王国の騎士団が、ついさっき、お偉方と一緒に街を出たらしい。南へ向かってるって話だ》


「えっ」

「なんだと!?」



 小王国の南と言えば、その先はユライト王国との関所だ。

 ──いや、待て。


「…南の村に用がある、とか…?」

《長距離移動用の馬車と完全武装の騎馬隊だぞ? それに、南の村に向かう道は素通りして、関所に向かう道を南下してるってよ》

『……』


 私が顔を引き攣らせてギルド長を見遣ると、ギルド長は険しい表情で眉間に手を当てる。


「…ルーン、『お偉方』っつーのは誰だか分かるか?」

《サクラが把握した限りじゃ、まず文官のケネス。あと、騎士団長のアレクシス。で──王太子のジークフリード》

「……は?」


 私はぽかんと口を開けた。ちょっと待て、何だその図式。


 完全武装した騎士団を引き連れてジークフリードとケネスとアレクシスが国境に向かう。はたから見ればどう考えても軍事侵攻だ。


 でも残念ながら、その目的が何なのか、私たちには分かってしまった。


「…ユウ一人にそこまでするか…」

「……ねえ、全然違う目的ってことない? こう…狩猟大会とか」


 一縷の望みを賭けて聞いてみたが、マグダレナが無慈悲に首を横に振る。


「残念ながら、そのようなイベントの予定はありません。…特級冒険者への昇格は各国にも通達されますから、それでユウの居場所に見当をつけたのでしょう」

《ストーカーかよ》

「特級冒険者になったと知らせれば、手を出さなくなると思ったのですが…」


 言葉を絞り出すようにマグダレナが呻く。予想とは逆の反応をしたってことか。


「…粗忽者の王太子と魅了状態にどっぷり浸かってる脳みそお花畑の連中に、常識的な対応を期待するほうが間違ってるのかも」

「言ってやるな」


 ギルド長が遠い目をしながら立ち上がった。


「──マグダレナ様、スピリタスに協力を頼んでも良いでしょうか」

「行くのですか?」

「出来れば、顔も合わせたくないですが…そうも言ってられませんので」


 苦悩するようなギルド長の顔を見て、はっと気付いた。

 このままだと、ジークフリードは国境の関所でユライト王国の兵士たちとかち合う。



「…ヤバい。こっちの国の兵士まで『カリスマ』にやられたら、国境もなにもなくなる」



 私が呟くと、マグダレナとライオネルと従者の表情が変わった。


 一般兵の多くは平民だ。

 国境を守る部隊ならある程度魔法の心得がある者も居るだろうけど、魔力量で一国の王太子を上回る人間がゴロゴロ居るとは思えない。ジークフリードを見た瞬間、喜んで扉を全開にするだろう。

 一人二人、魅了を免れた兵士が居たところで、大多数が『汚染』されたら結果は同じだ。


「…それだけならまだ良いが、例えばロセフラーヴァの街まで来ちまったら…」


 ギルド長の仮定に、背中がヒヤリとした。


 初めてジークフリードを見た時、顔が判別出来るくらいの距離になった瞬間にものすごい不快感があった。あれがスキルの気配だとしたら、相当遠くからでも相手を魅了出来るってことになる。

 人口の多いロセフラーヴァに到達したら、一体何人が汚染されるか、見当もつかない。


「──私も行きます」


 ライオネルが真剣な表情で立ち上がった。


「このままではジークフリード殿下の望むと望まざるとに関わらず、国境侵犯になる可能性が高い。出来るだけ穏便に済ませるためにも、私が直接対面した方が良いでしょう」

「で、殿下…!」


 従者が焦った声を上げるが、ライオネルの一瞥でぴたりと静かになった。


「元々、交易路の視察のために現地へ向かう予定でした。私なら彼の『カリスマ』の影響は受けませんし、ついでに国境警備の状況を視察する、という名目なら理屈は通ります」

「理屈は通ってもリスクは下がりませんよ、殿下」


 マグダレナが淡々と指摘しながら立ち上がる。


「私も護衛として同行しましょう。──ついでに、魅了状態を解除する薬も持って行きましょうか。ジークフリード殿下を隔離して、ケネスとアレクシスあたりを一時的にせよ正気に戻せば、騎士団を引き下がらせることは可能なはずです」


 最悪、魔法で吹き飛ばしますが。


 空恐ろしい呟きが聞こえた気がしたけど、気のせいだ、多分。


 すごい勢いで動きが決まっていく。ありがたい、と頷いたギルド長は、私に視線を移した。


「ユウ、お前は──」

「私も当然行くよ」


 私の右肩にルーン、左肩にサラが飛び乗る。右の握りこぶしを左の手のひらにぶつけると、バシッと鋭い音がした。


「何のために特級冒険者になったと思ってるのさ」

「…そうだったな」


 ギルド長が苦笑して、ライオネルが首を傾げる。

 ルーンが『ユウは『ジークフリードの第二妃になれ』って要求を真っ向から突っ撥ねるために特級冒険者を目指したんだぜ』と教えたら、ライオネルは目を見開いた。


「それはまた極端……いえ、『カリスマ』の影響力を考えたら致し方ない選択ですね」

「ご理解いただけたようで何よりです」


 真顔で重々しく頷いておく。


「ライオネル殿下、そのまま行くのは色々と支障があります。遠方の視察用の──そうですね、3泊分くらいの準備をしてきてください。全員の準備ができ次第、出発しましょう」

「承知しました、師匠」


 マグダレナの指示を受けて、ライオネルと従者が足早に部屋を出て行く。急に決まったことなのに、2人の歩みには迷いがなかった。

 私たちも建物を出て、マグダレナの案内で脇の小屋を覗く。


「──スピリタス、仕事です」

《おっ? なんや、もう帰るんか?》


 いつも通り陽気な態度のスピリタスに、マグダレナは首を横に振る。


「急な話になりますが、小王国との国境に向かいます」

《何かあったんか》

「小王国のジークフリード殿下が、完全武装の騎士団を引き連れて関所に向かっているそうです」

《…………は》


 スピリタスが見事に固まった。キョロ、と周囲を見渡し、全員が真顔なのを確認して、



《──あの連中、とうとうアホになったんか!?》



 叫ぶと、ギルド長が深刻な顔で応じる。


「心配すんな、元からだ」

《余計にアカンやん!》


 スピリタスのツッコミが冴え渡る。

 でも、ここで何を言ったところで事態が好転するわけもなく。


「ライオネル殿下の準備が出来次第出発します。お願いできますか?」

《なんや、こっちの御大も行くんか》

「ええ、そうです」

《…エエけど、ワイ、3体までしか分身出来へんで? カルヴィンとユウとレーナは行くんやろ? 誰かが相乗りせなアカン》

「一応、私が護衛役ですから、ライオネル殿下には私と同乗していただきます」


 マグダレナの言葉に、さよか、と頷いて、スピリタスが小屋から出て来る。

 小屋の中に酒樽や瓶が散らばっているのが見えた。完全に呑兵衛の部屋だ。


《あーあ、折角美味い酒呑んでたんやけどなあ》


 呟くスピリタスの足取りが若干怪しい。私は即座にルーンに声を掛けた。


「ルーン、酔い醒ましお願い」

《アイアイ、マム》


 淡い赤色の光がスピリタスを包み込む。あっとスピリタスが目を見開いた。


《わ、ワイのアルコールが…!》

《酔い醒ましの魔法だからな》

《エエ気分やったのにー!》


 地団駄を踏むスピリタスに、マグダレナが溜息をつく。


「酔っていては飛べないでしょう。諦めて準備をしてください、スピリタス」

《うう…》

「この騒動が無事に解決したら、ウイスキーを樽で用意しますから」


 報酬を提示した途端、



《──ほな行こか! 早う!》

《やったるでー!》

《超特急やな!》



 ぐわっと顔を上げたスピリタスが一瞬で分身して、(やかま)しさが3倍になった。


 …分かりやすいな…。







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