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196 名付けと小麦粉とイノセント・アイ


 腕輪の空枠にオレンジ色と水色の魔石を嵌め込み、再び隠蔽魔法を起動させると、腕輪は完全に見えなくなった。


「後で他の魔法も試し撃ちしとけよ。上手く使えないようなら調整してやる」

「分かった。ありがとう」


 いちいち偉そうだけど、ティル・ナ・ノーグが製作者として一流なのは間違いない。私は素直に頷いた。


 サラの横で待機していた元アクアゴーレムが、そわ、と動き出す。サラの正面に回り、何やらもじもじと行ったり来たり。


「なんだ、落ち着きがないな」

《昨日サラが約束したからな。待ってるんだろ》


 ルーンの指摘に、元アクアゴーレムがビクッと反応した。サラが溜息をつく。


《分かってるわよ》


 水人形に向き直り、真面目な表情になって、



《貴方の名前は、『マーキュリー』。愛称は『マーク』。良いわね?》


 …!!



 元アクアゴーレム──マーキュリーがビョッと跳ねた。サラの目の前でくるくると華麗に回った後、ビシッと敬礼する。

 顔に当たる部分にぼんやり光る目が、サラと同じ藍色に変わっていた。


「おー…」

「名付け完了だな」

「完全にサラの魔力が馴染みましたね」


 私はマーキュリーの挙動に感嘆してただけだけど、ギルド長やマグダレナには違うものが認識できたらしい。とても興味深そうにマーキュリーを見下ろしている。


 視線を受けたマーキュリーが、そそくさとサラの背後に隠れた。


《…マーク、貴方は形を変えて私の首にでも巻き付いてなさい》

 …!


 サラが言った途端、人型が崩れた。あっという間に縮んで、しゅるりとリボン状になってサラの首に巻き付く。

 背中側に可愛らしい蝶結びを作ると、透明だったのが濃い藍色に変わった。ブルーグレーの被毛にサテンのような艶やかな藍色のリボン。よく分かっていらっしゃる。


「マーク、グッジョブ!」

 …!


 私がグッと拳を握って親指を立てると、蝶結びの端がひらひらと揺れた。心が通じ合った気がする。


《お前、本当ケットシー好きだよなー》

「そりゃあ、ケットシーの腹に顔埋めて深呼吸したい派だからね、私は」


 ルーンの呆れ顔には、敢えて胸を張っておく。

 すると何故か、ルーンとサラがそっ…と私から距離を取った。解せぬ。


「──さて、それでは行きましょうか」


 用事は済んだとばかり、マグダレナが立ち上がった。

 この後は城に取って返して、もう一度ライオネルと面会することになっている。後ろ盾になるための手続きだ。


「ティル・ナ・ノーグ、ご苦労様でした。いつもの業務に戻ってください」

「おう! じゃあなお騒がせ冒険者ども! 珍しい魔物の提供、待ってるぜー!」


 ティル・ナ・ノーグはどこまで行ってもティル・ナ・ノーグだった。

 ひらりと浮かび上がって去って行く妖精を見送り、私たちも地下室を出る。ギルドマスターのフォルクに挨拶した後、また秘密の通路を通って城に戻った。


(…慣れてしまった自分が怖い)


 このルートで大国の中枢に向かうことに、もうそんなに違和感を覚えない。

 多分、正規ルートで入ったら逆に滅茶苦茶緊張するんじゃないだろうか。そんな機会ないと思いたいけど。


 国王とライオネルと面会した平屋の建物に入り、少し早めの昼食をいただく。

 メニューは、マグダレナのお気に入りだというベーコンとトマトと卵のサンドイッチだ。ゆで卵じゃなくて目玉焼きなのがポイントだそうで、粒マスタードのピリッとした風味にベーコンの塩気と脂の甘み、トマトのさっぱり感と目玉焼きの半熟加減がたまらない逸品だった。


「これ本当に美味しいですね」

「そうでしょう? これだけは、他ではなかなか食べられないのですよ」


 頬張るマグダレナはとても幸せそうだ。


 デザートにはパウンドケーキが出て来た。生地に紅茶の茶葉が入っていて、添えられたマーマレードとの相性が抜群だ。ギルド長もものすごく味わって食べていた。


「…こんなのマジで久しぶりだな…」

「ギルド長、こういうの家で出て来ないの?」


 王位継承権を放棄しているとはいえ、ギルド長は小王国の第三王子だ。自宅も『お屋敷』と呼べる規模で、何人か使用人も居る。…まあ家も使用人も、国から提供された、いわば『借り物』らしいけど。


 私が首を傾げると、ギルド長は溜息をついた。


「あっちじゃ小麦粉もバターも高級品だろ? 一応国から予算が下りるとは言え、贅沢は出来ないからな。ぶっちゃけ、食生活は一般人とそんなに変わらないぞ」

「そういうもんなんだ」


 ちょっと意外だ。てっきり、貴族はパンにパスタにピザにケーキに…と、小麦粉祭りを開催してると思ってたんだけど。


 私がそう言うと、ギルド長は半眼になった。


「よーく思い出してみろ。お前が入った当初、醤油を使った料理に感動してただろ、オレも。で、醤油は小麦粉と並んで高級食材だよな?」

「…なるほど、そういえば」

《けど、カルヴィンはともかく他の貴族連中は小麦粉狂いだよな? 米とか賤民(せんみん)の食いモンだってほざいてるヤツ、結構居るぞ》


 私が納得する横で、ルーンが片耳を倒した。

 ちなみにルーンとサラには茹でササミが振る舞われ、スープを含めて綺麗に平らげた後だ。


 サラがキュッと瞳孔を細くする。


《自分で食生活の幅を狭めるなんて、世の中には馬鹿も居るものね》

「ホントだよねー」


 そういうこと言う奴は、米の真価を知らないんだろう。まあ好きにしなよって感じだけど、『賤民の食べ物』とか言われるとちょっと腹立つな。


「小王国の貴族の祖先は、ユライト王国の貴族ですからね」


 マグダレナが苦笑する。


「小王国の初代王に付き従ってあの地に根付いた後も、ユライト王国式の食生活を無理矢理続けていたのですよ。だから、あの国では小麦粉こそが『貴族の食べ物』なのです」

《滅茶苦茶不毛だな》

「だね」


 ルーンと私が頷き合っていると、ギルド長がまあなと同意した。


「貴族の食べ物だからって、わざわざ高い関税掛けて平民の手が届きにくい値段にしてるって面もあるくらいだからな」

「なぬ」


 それじゃあピザとかパスタが手軽に食べられないのって、お貴族様のせいじゃんか…。


 ──そんな感じで談笑しながら待っていると、程なくライオネルがやって来た。後ろに付き従う初老の男性が、何やら高級そうな箱を捧げ持っている。


「お待たせしました」


 ライオネルがソファーに座ると、男性がテーブルの上に箱を置き、私たちに向けてそっと蓋を開いた。


「早速ですがユウさん、私が後ろ盾になるという証──ユライト王家王太子の紋章です。受け取ってください」


 箱の中に入っていたのは、鷲と槍を象ったエンブレムだった。

 全体が赤みを帯びた金色の金属製で、鷲の目は深い青色の宝石。槍の穂先は不思議な光沢のある白い宝石で、光の加減でラメのような金色の反射光が見えた。


 ギルド長がギョッとした顔になる。


「オリハルコンにサファイアに…イノセント・アイ…?」

「ええ。いざという時の換金用も兼ねていますから」


 ライオネルはさらりと言うけど、確か『イノセント・アイ』は滅茶苦茶お高い宝石だったはずだ。

 この大陸では産出せず、東大陸の一部地域でしか採れない。しかも、すでに大方採り尽くしたと言われていて、今では昔のクズ石──ゴミの山の中からまだマシな品質のものを拾い上げているとか。


「…初めて本物見た…」


 恐る恐る受け取ると、手のひらより小さいエンブレムなのに、ずっしりと重かった。


 本の挿絵でしか見たことのない、正真正銘の高級宝石。しかも土台はオリハルコンだ。サファイアの色も透明感のある深い青だし、どう考えても一財産どころじゃない。


(換金用ったって、即金で買い取り出来るような店、存在しないんじゃ…)


 普通に素手で受け取ったけど、触るのも恐れ多い。私はエンブレムをそっとハンカチで包み、ウエストポーチの中に仕舞い込んだ。


「──さて、これで私が貴女の後ろ盾になりました。その紋章を見せればこの城にはほぼフリーパスで入れますし、ユライト王国の国境も素通り出来ます。…国境に関しては、特級冒険者の腕輪でも素通り出来ますが」


 ライオネルが苦笑する。


「小王国の重鎮も、この紋章を無視するのは難しいでしょう。活用してください」

「ありがとうございます、ライオネル殿下」


 私が深く頭を下げていると、横でルーンがピクッとヒゲを動かした。







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