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193 ユライト王家


 翌日朝早く、私たちは城の中に居た。


 昨夜はマグダレナの屋敷に泊まり、夜明け前に起きて日が昇る頃にギルド本部へ出向き、秘密の通路を通って城へ。

 分かっちゃいたけどものすごく後ろめたいことをしてる気分になる。


 ちなみに昨日はハウンドとヒューゴの案内で王都の街を巡り、ガレットとパンケーキをご馳走になった。ユライト王国の西部は比較的乾燥していて、小麦だけでなく蕎麦の生産も盛んなんだそうだ。

 ハムエッグとレタスを包んだ焼き立てのガレットはとても美味しかった。


「ユウ、行きますよ」

「あ、はい」


 マグダレナの声で意識が現在に引き戻される。


 ここはマグダレナの研究棟。城の敷地内ではあるけど、多分端の方だろう。王族に会うなら、多分遠くに見える一番高い尖塔の方面に行く──


「……あれ?」


 …と思ったら、マグダレナは研究棟のすぐ隣の、平屋の建物に入って行った。


 慌てて後に続くと、扉をくぐった先は狭い玄関ホール。さらにその奥の扉を開けると──



「おお、来たか」


(………はい?)



 呻き声を出さなかったのを褒めて欲しい。


 何か見た目からして『偉い人』だと分かる壮年の男性と青年が、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。

 どちらも、金糸の縁取りと刺繍が入ったいかにも高級そうな服を着ている。ティーカップを置く動作がとても上品だ。

 マグダレナとはまた違うが、思わず背筋を伸ばしたくなるような雰囲気がある。服装が高級すぎて布張りのシンプルなソファーとのミスマッチ感がすごい。


 壮年の男性が片手を挙げると、控えていたメイドがティーカップを回収し、綺麗な所作で一礼して音もなく部屋を出て行った。

 残ったのは、どう考えても護衛とか従僕とか引き連れてないとおかしいやんごとなき身分(推定)の2人とマグダレナ、そして私たちだけ。


 いくら王城の敷地内とはいえ、玄関開けたら10秒でお偉いさんとか絶対おかしい…。


「ユウ、カルヴィン、こちらへ。あくまで非公式の場ですから、作法も言葉遣いも気にしなくて大丈夫ですよ」

「…いや、気にするでしょう」


 マグダレナに促されてソファー──壮年の男性の対面に座りながら、ギルド長がしかめっ面で呟く。それを壮年の男性が面白そうに見ているのに気付き、すぐに表情を改めて一礼した。


「──ご無沙汰しております、国王陛下、ライオネル殿下。小王国現国王が第三子、カルヴィンにございます。本日は冒険者ギルド小王国支部のギルド長として馳せ参じましたゆえ、諸々、礼節に欠く点についてはご容赦ください」

(うっわ)


 予想通り、目の前の男性2人はこの国の滅茶苦茶偉い人たちだった。


 でもむしろ私が驚いたのはギルド長だ。その所作と言葉遣いに、私は隣に座りながら目を見開いてしまった。ちょっと普段とのギャップがあり過ぎる。もはや別人格じゃないだろうか。


「こちらは我が小王国支部所属、特級冒険者のユウで──オイ」

「へ?」


 畏まった態度は、私を見た途端、一瞬にしてどこかに消えた。半眼で睨み付けて来る顔は完全にいつものギルド長だ。


「なんでそんな知らない生き物見るみたいな顔してんだよ」

「え、だって完全に知らない生き物になってたよね、ギルド長」

「どういう意味だ!」

「そのまんまの意味だけど」

「…ああもう…こういう時くらいちゃんとしろ!」


 思わず素直に答えたら、ギルド長に盛大に突っ込まれた。ちゃんとしろと言われましても。

 私が渋面で『ええ…』と呟いていると、正面から押し殺した笑い声が聞こえて来た。


「…ふふ…ああ、失礼」


 青年はすぐにコホンと咳払いして表情を整える。


「ユライト王国王太子のライオネルです。貴女のことは我が師よりよく聞いていますよ、ユウさん」


 端正な顔だが、よく見ると口の端が笑み崩れそうになっている。藤色の髪に碧眼の、ギルド長とは違ったタイプの美丈夫だ。


「お初にお目に掛かります、国王陛下、ライオネル殿下。小王国支部所属、冒険者のユウです」


 一礼した後、ユライト国王とライオネルと順に握手を交わす。


 国王は言うに及ばず、ライオネルの手も存外大きかった。指は細く、口調も丁寧で、とても穏やかな雰囲気だ。

 とはいえ──マグダレナを師と仰ぐ以上、それだけではないだろう。国王と同じ青い目は底が知れない。


 それにしても、大国のトップとその後継者が護衛も連れずに冒険者と直接握手するって、かなり異例の対応じゃないだろうか。


 そんなことを考えていると、ギルド長が渋面になった。


「…お前、態度が違い過ぎるだろ」

「ちゃんとしろって言われたからちゃんとしたのに文句言われるって理不尽だと思う」

《それは確かになー》

《そうよねー》

「茶々を入れるな!」


 私の両側に陣取ったルーンとサラは、いつも同じ態度だ。人間の身分なんて全く関係ない立場だし、当然か。ルーンとサラが名乗ると、国王とライオネルは笑顔で頷いてくれた。


(…何となくだけど、ケットシー好きの気配がする)


 私やギルド長に対するのより笑顔が一段階深いのは気のせいではあるまい。私も似たようなもんだから文句はないと言うか、ちょっと親近感が湧く。


 コホン、とマグダレナが咳払いした。


「陛下、早速本題を」

「──ああ、そうだな」


 国王は即座に頷いて、ローテーブルの上に置いてあった箱を手に取った。漆塗りのような艶やかな黒の箱の中は深紅のビロード張りで、いかにも高級感がある。

 そこに納められていたのは、縁取りに金の箔押しがある書類だった。流麗な文字で『ユライト王国-フィオレンティーナ多種族経済共同体直結交易路の整備・管理協定』と長いお題目が書かれている。


「これが、此度お主が発案した交易路の協定締結書だ。内容を確認してくれ」

「はい」


 私がサインするわけじゃないらしい。内心ホッとしながら目を通して行くと、交易路の建設や整備は両国が協力して行うことが明記され、さらに交易路の近傍、ユライト王国側で魔蛍石その他諸々の共同研究を行うこともさらっと追記されていた。


 私は国と国の協定に関しては素人だけど、ここ1ヶ月で急浮上した計画だとは思えないくらい整った書類なのは分かる。


 ──が。


「………ええと…」


 書類の最後の最後、米粒より小さい字で書かれた注釈の中にとてもじゃないが読み飛ばせない文言を見付け、私は顔を引き攣らせた。


 不審そうに眉を寄せたギルド長が同じように書類に視線を走らせ、同じようにひくっと口の端を引き攣らせる。


「……国王陛下、これは一体…」

「これ、とは?」


 ライオネルとマグダレナは面白そうに私たちの様子を見守っている。国王は平然と訊き返して来たけど、青い目が楽しそうに細められていた。

 くそう、このお偉いさんども、愉快犯か。


 私は一回深呼吸して、意を決して突っ込んだ。



「…なんで関税の1割を私がいただくことになってるんですか…!?」








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