192 ハウンドとヒューゴ
その後フォルクからアクアゴーレム討伐の報酬を受け取り、私たちは執務室を出た。
厳密には討伐じゃなくて討伐と捕獲──というか眷属化だけど、『アクアゴーレムが居なくなった』のは事実なので全部討伐扱いで良いらしい。サラが水精霊だってことは隠しておきたいので、とてもありがたい。
それにしても──
「簡単だったわりに報酬太っ腹だったね」
私が呟くと、一緒に部屋を出たマグダレナが苦笑する。
「貴女の基準ではそうなるでしょうね。──アクアゴーレムは、王都周辺で観測される中ではトップクラスの討伐難易度を誇る魔物です。物理攻撃はほぼ無効、魔法攻撃にもある程度耐性がありますし、何より『急所が移動する』という特性がありますから」
そもそも『急所の位置』を感知出来る人間が希少で、感知出来たとしてもそこをピンポイントで叩ける手段が無い。
今回は空中戦が出来るスピリタスが居て、私とルーンとサラがコアの位置を感知出来たから何とかなったけど、どれかが欠けていたら無理だっただろう。
「これだけの条件が揃っていたのは幸運でした」
《つまりはワイのおかげやな》
「はいはい」
マグダレナの解説にスピリタスが偉そうに鼻を鳴らすので、適当に頷いておく。
2階まで降りたところで、マグダレナがこちらを振り返った。
「私はこのまま執務に戻ります。ユウたちは街の見物でもしていてください。今日は私の屋敷に部屋を用意していますから、夕方になったらここに戻って来てくださいね」
明日は城でユライト王国のお偉いさんと会合だ。かなり朝早いので、普通の宿屋だと対応できないという。
泊めてくれるのはありがたいけど、『屋敷』ってなんだ。
(…いや、『ユライト王国魔導部隊外部顧問』なんて肩書き持ってるくらいだから、お屋敷に住んでたって不思議じゃないか)
深く考えないことにする。
《レーナ、ワイへの報酬は?》
「小屋に蒸留酒を届けるよう手配してあります」
《流石はレーナ、分かっとるなー!》
マグダレナの言葉にスピリタスがぱあっと顔を輝かせ、じゃあな、おつかれさん!と挨拶もそこそこに階下へと駆け出した。多分裏庭から城の小屋に戻るんだろう。
《忙しいヤツだな…》
見送るルーンが呆れている。
私たちもマグダレナと別れ、本部の正面扉から外に出た。
途端、隣の建物──ユライト王国中央支部の入口にたむろしていた冒険者たちが、一斉にこちらを向く。
「出た…!」
「あいつだ」
「マジかよ」
ひそひそと話す声が聞こえて来るが、誰一人として近寄って来ようとはしない。いや、来られても正直困るんだけど。
「ユウ、行くぞ」
「うん」
呆れ顔のギルド長がサッと目を逸らして、支部とは反対方向に足を向けた。私もそれに続こうとして──行く手にハウンドと壮年の剣士が立っているのを見て、思わず足を止める。
目が合って、ハウンドが気さくに片手を挙げた。
「おつかれさんだったね、二人とも」
「よっ、やっと出て来たか」
どうやら私たちのことを待っていたようだ。ギルド長が片眉を上げる。
「ハウンドに──そっちはヒューゴか。改めて、半年振りだな」
「覚えててくれたか」
壮年の剣士が相好を崩し、ギルド長と握手を交わす。
「あ、そっか。ヒューゴか」
私がポンと手を打つと、ルーンが半眼になった。
《名前、覚えてなかったのかよ》
「人の名前覚えるの、苦手なんだよね」
正直に申告しておく。
人数が少ないならまだしも、一度に5人以上の顔と名前を覚えろなんて私にとっては無茶振りもいいところだ。特に冒険者は大体みんな似たような感じだし、人数が多いと特徴が被るし。
なので正直、新人研修の時に一緒だった子たちとか魔物大量発生事件の時の助っ人冒険者はほとんど、『顔は覚えてるけど名前は微妙』という状態だったりする。
…フェイはソルジャーアントの卵を盗み出した件で印象に残ってたし、ヘンドリックは『長剣と火属性の魔力を帯びた短剣』っていう珍しい組み合わせの双剣使いだったから、ギリ覚えてた。『変な武器持った冒険者=変ドリック』っていう図式で。
《ユウってそういうところあるわよね》
サラが溜息をつく。『そういうところ』ってどういうところだろうな。
「ヒューゴ、さっきはありがとう。さり気なくフォローしてくれてたよね?」
「まあ、昔の誼ってやつだ」
私が礼を述べると、ヒューゴは名前を覚えていなかったことに気を悪くした風もなく頷いてくれた。これぞベテラン、上級冒険者って感じだ。
「あんたたち、この後予定は決まってるのかい?」
ハウンドの問いに、ギルド長は軽く首を捻った。
「折角だからこいつに王都を見学させてやりたいんだが…生憎オレも王都はかなり前に来たっきりで、それほど土地勘がなくてな」
「なら丁度良い。よかったら、私たちと一緒に街を回らないかい?」
「良いの?」
「勿論だ」
ハウンドとヒューゴがにやりと笑う。
「代わりと言っちゃなんだが、さっきの討伐の話を聞かせてくれ。あんな鮮やかな手際は見たことなくてな。どうやって倒したのか、みんな興味津々なんだ」
みんな、の部分で視線が支部の前の冒険者たちを示した。なるほど、別に彼らは私たちに敵意があるわけじゃなくて、討伐方法が知りたくて集まっていただけらしい。
でも話し掛け難いから、代表として顔馴染みのハウンドとヒューゴが来たって感じか。
「分かった。あんまり役に立つ情報じゃないと思うけど、それでも良ければいくらでも話すよ」
「ああ! よろしく頼むよ」
私が頷くと、ハウンドが嬉しそうに破顔した。
王都の街並みは、小王国の首都アルバトリアとも、ユライト王国有数の商業都市ロセフラーヴァとも一線を画す景観だった。
まず、大通りが広い。歩道を確保した上で大型の馬車が余裕ですれ違えるくらいの幅がある。
不定形の平たい石を敷き詰めた石畳は主に明るい灰色だけど、赤褐色や濃灰色、透明感のある白色の石も入っている。不定形のモザイクタイルみたいだ。
これを人力で敷き詰めたんだと思うと、職人芸にちょっと気が遠くなる。
建物は大体赤褐色や褐色のレンガ造りで、白っぽい瓦屋根が多い。明るい色の瓦はこの地方の特産品で、ユライト湖から流れる川の底に溜まる白い泥を使って作るんだそうだ。
「魔力を込めると強度が増す特殊な泥でね、これを使って作った瓦は耐久力も耐候性も軽さも段違いなのさ」
「そんな不思議な泥が…小王国の方じゃ作れないのかな?」
小王国の首都アルバトリアの建物の屋根は、大体褐色とか赤褐色の瓦葺きだ。村だと瓦じゃなくてかやぶき屋根の建物も多い。
ユライト湖の下流の川で採れる泥が材料なら、白い瓦があってもおかしくないと思うんだけど。
私が首を傾げると、ヒューゴが顎に手を当てた。
「そういや、東の方じゃこういう色の瓦はあんま見ねぇな。あっちじゃ材料が採れないんじゃないか?」
「だろうな。オレの記憶にある限り、あっちの川底は濃い灰色か茶色っぽい泥ばっかりだ」
同じユライト湖でも、西と東でかなり状況が違うらしい。ギルド長の言葉に、ルーンがひらりと尻尾を振った。
《あっちは遠浅で、こっちはドン深だもんな。多分だけど、瓦の材料になるって白い泥、大元は大型魔物の死体だと思うぞ》
「えっ」
「し、死体?」
《死体っつーか、牙とか骨とか表皮とか?》
指摘されて、改めて近くの建物を見上げる。白っぽい屋根瓦はとても綺麗だけど、言われてみると確かに薄ら魔素っぽい気配を感じた。
「そっか。ユライト湖の西半分には大型魔物が棲んでるから、その死体も溜まるのか」
私が呟くと、ギルド長がちょっと顔を引き攣らせた。
「お前、平然と言うなよ」
「世の中には家畜のフンで建物作る文化もあったりするんだよ? 骨とか表皮を屋根瓦に加工してたって驚くことじゃないって」
「いや、俺たちは十分驚いたんだが」
「…知らなければいいことってのも、あるもんだねぇ…」
──ちなみに。
その後アクアゴーレムの討伐方法を説明したら、ハウンドとヒューゴは遠い目になった。
「なんでコアの位置を特定出来る上に水の層をぶち破ってコアごと吹っ飛ばせるんだよ…」
「…それ以前に、アクアゴーレムを一部とはいえ『凍らせる』ってのが信じられないんだがね…」
《やっぱりユウとカルヴィンはおかしいわよね》
《お前も大概だぞ、サラ》
「心配すんな、お前ら全員おかしいから」
「間違いないね」
ヒューゴが真顔でルーンに突っ込み、ハウンドは大きく頷いた。
…解せぬ。




