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189 アクアゴーレム


 ティル・ナ・ノーグは、何故か頭上に宝石箱のような豪華な小箱を掲げている。


「ユウ! 魔物研究班から依頼だ! これにアクアゴーレムのコアを回収しろ! 出来れば生きたまま!」

「無視して構いませんよ、ユウ」


 マグダレナが笑顔で即座に言い放つ。


「秒で切り捨てるな! 大事な研究なんだぞ!」

「時と場合を考えてください。この少人数で最上位種複数体に挑むのに、そんなことにまで気を遣う余裕があるわけがないでしょう」

「やだー! 魔法込めた魔石作ってやらないぞ!!」


 ティルが空中で地団駄を踏み始めた。

 小箱を掲げたままだし、スピリタスのスピードに合わせて飛んでるのになんでそんな動作が出来るのか、不思議で仕方ない。妖精族ってみんなこんなん?


「その依頼分は既に報酬を受け取っているでしょう。今更我儘を言うものではありません」


 マグダレナが目を細めても、ティル・ナ・ノーグは一歩も引かない。


「我儘じゃないやい! 魔物研究班の総意だ! せめて『努力します』くらいは言ってくれよー!」


 あまりにもうるさいので、私はティル・ナ・ノーグから小箱を取り上げ、平坦な声で応じた。


「努力シマス」

「気持ちが籠もってなーい!」

「要求が多すぎると提供した魔物の魔石含めて全部キャンセルするけど良い?」


 瞬間、ティル・ナ・ノーグはビシッと敬礼した。


「努力のみで結構です、マム!」

《…切り替えが早いな》


 ルーンが呆れている。


《ところで、生きたままのコアなんてこんな小箱に入れられるの?》


 サラが私の持つ小箱を見上げて半眼になると、ティル・ナ・ノーグは腕組みして頷いた。


「そのために作った魔封じの箱だ。蓋をして鍵をかけると、中身を密封して魔力や魔素も遮断する。アクアゴーレムは水がなきゃ体を作れないから、コアだけならこの箱で十分間に合うはずだ」


 言動はともかく、技術者または研究者として優秀なのは間違いないようだ。

 …それが良いことなのかは別として。


 ともあれ──


「コアだけ確保するなら、サラに水を剥いでもらうしかないよねぇ…」


 私が呟くと、スピリタスの首によじ登りながらルーンが頷いた。


《そーだな。とりあえず、先に数を減らした方が良いんじゃないか?》


 スピリタスの頭の上に腹這いになり、前脚でスピリタスの側頭部を、後ろ脚で後頭部あたりをキュッと挟んで、


《3体も居たら安全に捕獲できないだろ》

「そうだね」


 真面目な顔で提案するので、私も真面目に応じたけど……ごめん、その姿勢、可愛すぎて意識が持って行かれる…。

 アレだ。ネコが腰壁とかソファーの背もたれとかに垂れて脱力してる時のポーズ。


 …ルーン、狙ってやってるでしょ…。


《………言っとくけど、この姿勢、別にウケ狙いじゃないからな?》


 私がじーっと『垂れネコ』と化したルーンを見詰めていたら、ルーンが半眼になった。


「大丈夫、ルーンが己の可愛さを武器にするタイプだってことは把握してる」

「どこが大丈夫なんだよ」


 そんな緊張感のない会話を繰り広げていると、私が乗るスピリタスが呆れたように鼻を鳴らした。


《呑気なのはエエけど、そろそろヤバいんちゃう? 一番近いヤツ、こっち見とるやん》

《せやな》

《フリートーク終了やで》


 ギルド長を乗せたスピリタスと、マグダレナを乗せたスピリタスも頷く。元は同じ個体なのに、分裂するとそれぞれ別個体みたいにやり取りするのがちょっと面白い。


(…面白がってる場合じゃないか)


 もうアクアゴーレムは目と鼻の先だ。

 スピリタスが指摘した通り、一番近い個体ののっぺりとした顔がこちらを向いている。顔の中央付近に、薄ら赤く光る一対の目が見えた。


 私が小箱をウエストポーチに突っ込み、ウォーハンマーを構えると、ギルド長も剣を抜いた。マグダレナが小さく片手を挙げる。


「私は見届け人なので下がります。危なくなったら参戦しますので、そのつもりで」

「分かりました」

「コア、頼んだからなー!」


 マグダレナを乗せたスピリタスが減速して、ティル・ナ・ノーグもその横につく。


「──じゃ、行くよ! ギルド長、ルーン、よろしく!」

《任せとけ!》

「そっちもヘマするなよ!」


 私の掛け声で、私とサラを乗せたのとギルド長とルーンを乗せたの、2体のスピリタスがパッと散開した。

 ギルド長は一番近いアクアゴーレムに真っ直ぐ向かい、私は横に回り込みながら下降する。


 すぐにルーンの念話が響いた。


《カルヴィン、右上腕だ!》

凍れる吐息(フリーズ・ブリーズ)!」


 青白い光がアクアゴーレムの右腕を包み込み、上腕はおろか右肩から先を丸ごと氷漬けにする。

 私を乗せたスピリタスが、すかさずそこに突進した。


「──はあっ!」


 嫌な気配がする部分に、ウォーハンマーを力一杯叩き付ける。

 衝撃が意図した通りに拡散し、右腕が粉々に砕け散った。さらに、余波で右半身も水滴になって弾け飛び──そこから崩壊が広がるように、全身が一気に形を失って川面に落ちて行った。


 ものすごい飛沫が上がる。


「わっ!?」


 スピリタスがくるりと身を翻し、その飛沫を回避する。

 残る2体が一斉にこちらを向いた。淡く光る赤い目に、背中が一気に冷える。


「スピリタス、上へ!」

《!》


 スピリタスが全速力で空中を駆け上がった直後、川面から突き出た水の槍が一瞬前まで居た空間を貫いた。さらにそこから伸び上がり──まるで昇り龍のように、こちらを追って来る。


《アカンて!》

《させないわよ!》


 スピリタスの悲鳴とサラの怒声が交錯し、水の槍がバチンと音を立てて弾け飛んだ。サラの能力だ。


《水の攻撃なら全部無効化してやるわ! さっさと倒しなさい!》

《おう! カルヴィン、次は左のやつ、左膝!》

「任せろ!」


 ルーンの念話が再度響き、ギルド長の魔法が瞬時に発動する。が──


《外した!?》


 嫌な気配は凍り付く直前、胴体の方まで移動していた。さっきまでとはまるで違う、すごい速さだ。

 でも、


「そのまま突っ込め!」

《任せい!》


 私が叫ぶと、スピリタスは一瞬の躊躇もなく片足が凍ったアクアゴーレムに向けて突進した。

 ウォーハンマーを恐れるように、コアの気配がさらに上に向かって移動する。スピリタスにもそれが分かるのか、鮮やかな弧を描いて急上昇した。



「──っ!!」



 コアが首の位置に差し掛かった瞬間、首ごと刈る勢いでウォーハンマーを振り抜く。ゴバッと音を立てて首から上が水飛沫と化し、その中に確かに手応えを感じた。


 首から上を失ったアクアゴーレムの全身に震えが走り、一気に形が崩れる。

 水の塊が川面に叩き付けられ、滝壺のように飛沫が散った。


「次、サラ!」

《ええ!》


 アクアゴーレムは残り1体。

 私はウォーハンマーを背中のホルダーに戻し、ウエストポーチから小箱を取り出す。

 サラが藍色の瞳で敵を睨み据え、ブワッと全身の毛を逆立たせる。



《──行くわよ!》



 サラの背中に添えた手から、ものすごい勢いで魔力が流れて行く。

 アクアゴーレムの体にさざ波が立った。赤い目が輝き、振り上げた両手から水の槍が何本も射出される。


《させるか!》

氷壁(アイスウォール)!」


 ルーンの風魔法が何本かを弾き飛ばし、残りはギルド長が出現させた氷の壁が受け止める。

 アクアゴーレムの胴体、へそのあたりが渦巻いて、それがぐわっと広がった。


《今よ!》

《よっしゃ!》


 サラの合図でスピリタスが突進する。


 胴体に開いた大穴、その真ん中に野球ボールより小さいくらいの透明な玉が浮いていた。

 さっきまで確かに嫌な気配を放っていたはずのそれは、戸惑うように震えている。



「えい!」



 両手で構えた小箱の蓋を大きく開けて、その玉を叩き付ける勢いで中に収める。

 箱の中にべしゃっと貼り付いたのを確認して、私は思い切り蓋を閉めた。


「オッケー捕まえた! ──ぶわっ!?」


 直後、アクアゴーレムの体を構成していた水が頭から降って来て、私たちはものの見事に空中で水没した。


《うっわ冷たあっ!?》


 スピリタスが急加速して、水塊から脱出する。

 ちょっと息が詰まるくらい冷たい。ああこれまた風邪ひくコースか?と思っていたら、すぐに温風が吹いた。


《お前ら大丈夫か!?》

「ルーン、神!」

《まあな》


 ふふん、と反らす胸がモフモフだ。ギルド長側は水没せずに済んだらしい。良いぞもっとやれ。



「……とりあえず、討伐完了か?」


 ギルド長が溜息をつきながら周囲を見渡す。マグダレナを乗せたスピリタスとティル・ナ・ノーグが近付いて来た。


「みなさん、お疲れさまです。お見事でした」

《せやろ? 流石やろ?》


 何故かスピリタスが胸を張る。

 いやまあ、今回の作戦はスピリタスが居たから成り立ったのは確かだけど。地上からじゃ、直接コアを狙えないもんね。


《はいはい流石流石》

《もっと感情込めてぇや!》


 ルーンとスピリタスがじゃれ合い始めた。

 それを綺麗に無視して、ティル・ナ・ノーグが私に向けて両手を突き出す。


「捕まえたんだろ? 成功だろ? くれ!!」


 目が爛々と輝いている。その頭を、マグダレナが錫杖で小突いた。


「せめて街に戻るまで待ちなさい。今ここで受け渡して、途中で落としたらどうするのですか」

「そんなヘマするか!」

「今にも小躍りしそうな足捌きですが、その姿のどこに説得力が?」

「……はっ!?」


 確かに、ティル・ナ・ノーグの足は空中でパタパタとステップを踏んでいた。

 ビシッと姿勢を正しても、数秒もしないうちにもじもじし始める。とても落ち着きがない。


「…分かった。本部に戻るまで預かっとく」

「そ、そんなあ!?」


 私が小箱をきゅっと抱え直したら、ティル・ナ・ノーグは悲鳴を上げた。








あけましておめでとうございます。

いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

今年もマイペースに更新して行きますので、お付き合いいただければ幸いです。

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