186 冷や水を浴びせる(物理)
「何の冗談だよ!?」
「単位間違ってんだろそれ!」
「馬鹿! マグダレナ様が間違うわけあるか!」
「じゃあなんでケタが2つ違うんだよ!?」
言いたいことは分かるけど、とにかくうるさい。
私は可能な限りそれを視界に入れないようにして、ギルド長たちに話し掛けた。
「2800点って、高いの?」
「え?」
「は?」
マグダレナとハウンドがぽかんと口を開け、ギルド長があっと声を上げる。
「…そうか。お前、初っ端からミスリルの力量測定器ぶっ壊したから、そもそもどういう結果が出るか知らないのか」
「うん」
冒険者登録をした当時、力一杯ぶん殴ったミスリルの力量測定器に表示されていたのは『OVER KILL』──何故か英語だったけど、『測定不能』を意味する8文字。
正常に計測された時の結果の出方を、私は知らない。
私が頷くと、ハウンドが乾いた笑みを浮かべた。
「…そりゃあまた…すごいもんだねえ…」
《ユウだもの》
《ユウだからな》
ルーンとサラは平然としている。
全部『ユウだから』で片付けようとする件に関しては少々お話し合いが必要なんじゃないだろうか。
「──ミスリル製の通常の力量測定器の場合、結果は1から100までの数値で表示される。見たままの数値が点数だ」
ギルド長はもはや呆れるでもなく、周囲の騒ぎを完全に無視して淡々と説明してくれた。
「普通の、一般男性で20点から30点程度。腕力に自信のある素人で40点前後。本職の拳闘士になるとグッと数値が上がって、大体80点以上。ただし、測定上限を上回る人間はほぼ居ない」
と、半眼になって付け足す。
「お前みたいな規格外じゃない限りは」
「規格外って言うな」
私が負けず劣らず半眼になって反論すると、そうよね、とサラが訳知り顔で頷いた。
《ユウの場合、『規格外』って言うより、『そもそも規格に収まる部分の方が少ない』もの》
《おっ、上手いこと言うなぁ、サラ》
「理解のあるフリして理解を放棄しないでくれるかな!?」
《仕方ないでしょ、もう一々考えるのも面倒なのよ》
サラがやさぐれている。何故だ。
一方ギルド長たちは、
「規格に収まる部分の方が少ない…なるほどな」
「上手い例えですね」
「確かに、そう考えると納得出来るよ」
「……」
…味方なんて居やしなかった。くそう。
ちなみにこんな間抜けなやり取りをしている間も、周囲の騒ぎは続いている。
周囲はうるさいし、ギルド長たちは変に納得してるし、もはや収拾がつかない。どうすんだ、これ。
「2800点って、どう考えても人間の出せる結果じゃねぇだろ!」
「人間の皮被った魔物か!?」
「有り得るな…小王国はとんでもねぇ辺境だって言うし…」
「魔物が紛れ込んでてもおかしくないよな」
「そもそもあの見た目で元主婦とか無ぇよ」
ギャラリーの会話の中に、色々と引っ掛かる言葉が混ざりだした。サラが耳を伏せ、キュッと瞳孔が開く。
あっ、そういう仕草も可愛い──などと意識を取られた、次の瞬間──
《うるさいわ》
サラの念話が響くと同時、その不穏な会話を繰り広げていた一角に大量の水が降り注ぎ、先程までとは違う悲鳴が上がった。
「なんだ!?」
「つ、冷たっ!?」
《お黙り》
念話は肉声ではないので、騒いでいてもよく聞こえる。イラつきが最高潮に達しているらしいサラの圧力に、冒険者たちは文字通り水を打ったように静まり返った。
…この子、昔から『馬鹿やってる同級生男子を黙らせる』とか、そういうのに定評があったからなあ…。
私がそっと遠い目をしていると、サラはびしょ濡れの連中に向けて一歩、踏み出した。
《100歩譲って、ユウの実力を疑うのはまだ分かるわ。この見た目だし、威厳もなければ凄味もないし》
「おーい」
どさくさに紛れて酷いこと言われてる気がする。…否定はしないけど。
私が半眼になるのを綺麗に無視して、サラは続けた。
《でも、貴方たちの本拠地の設備を使って出た結果に対して難癖つけるって何なの? 吹っ飛んだのが何かの間違いだって言うなら、まず自分で殴って確かめてみなさいよ》
『……』
冒険者たちが気まずそうに顔を見合わせる。私の測定結果には文句をつけたいけど、自分が検証する気にはなれないって感じか。
(それでショボい結果が出たら赤っ恥だもんね)
そこで躊躇するあたり、本当はこの結果が間違ってるわけじゃないと内心では理解してるんだろう。…面倒な。
黙ったままの冒険者たちに、サラは容赦なく畳み掛ける。
《大体何よ、魔物って。腕力で男を上回る女は人間じゃないとでも言うつもり? それって無意識に『女は非力なもの』って思い込んでるってことよね。馬鹿馬鹿しいにも程があるわ》
《まーまーまー、そのへんにしとけよサラ》
ぶわっと暖かい風が吹いて、濡れネズミだった連中があっさりと乾いた。むすっと眉間にシワを寄せるサラを、ルーンがひらりとしっぽで撫でる。
《どうせユウの活動拠点はここじゃないんだ。誰に疑われようが関係ないだろ?》
「えっ…」
乾かされた冒険者の一人、藤色の髪の青年がぽかんと口を開けた。ルーンを見て、マグダレナを見て、私を見て、
「…特級冒険者は、本部所属のはずじゃ…」
「基本的にはその通りです」
その呟きにはマグダレナが答えた。
「ですが、状況によっては活動拠点を王都に移すこと自体が現実的ではない場合もあります。ユウはその典型例です」
王都には過剰なくらい人材が集まっているが、小王国支部は人手が足りていない。何より私自身が、他支部に赴く際、わざわざ『長期遠征』の体を取る程度には所属支部のことを気に入っている。
よって小王国支部所属のままにした方が、ギルド的にも本人的にもメリットが大きい。
マグダレナの説明に、私はちょっと感動した。こちらの事情にも配慮してくれる上層部って、結構貴重だと思う。
「…人手不足なんて、王都から何人か飛ばせば良いだけなんじゃ…」
青年が言うと、マグダレナはそれはそれはイイ笑顔で即答した。
「はっきり言って、小王国支部で活動するのにはユライト王国中央支部の上級冒険者では力不足です」
「は!?」
「なっ…!」
言葉を失う冒険者たちをよそに、マグダレナはギルド長に視線を向け、
「カルヴィン。小王国に出現する魔物に基本種は存在しますか?」
「いえ。小王国に現れるのは、上位種のユライトゴブリンとユライトゴーレム、最上位種のユライトウルフだけです」
「出現頻度は?」
「各種族、2、3日に1回程度です。討伐自体はほぼ毎日依頼が来ます」
「一度に出現する個体数は?」
「ユライトゴーレムなら5体から10体、ユライトゴブリンなら大抵5体以上、ユライトウルフなら20体程度です」
ギルド長がすらすらと答えるにつれ、段々周囲が静かになって行く。
…ああ、なるほど。




