183 難癖
「──どういうことだよ!?」
ハウンドと和やかに話していると、突然、男の怒声が響いた。
振り向くと、私と同じくらいの年齢の男性がこちらを睨み付けている。
藤色の短髪が印象的な、ちょっと背の低い青年だ。背中に2本の剣をクロスさせて背負っているところを見ると、双剣士だろうか。ベテランっぽい雰囲気と落ち着きのなさが絶妙に同居している。
「なんでそんなチビが、特級冒険者の腕輪着けてんだ!」
『!?』
「げっ」
ハウンドとの会話に夢中で、腕輪をちゃんと隠せていなかった。周囲の視線が一斉にこちらを向き、私は顔を引き攣らせる。
ハウンドが溜息をついた。
「話を聞いてただろ。この子はユウ。今日付けで特級冒険者になった、小王国支部の冒険者だよ。迂闊な発言は慎みな」
「はあ!?」
ハウンドの言葉に萎縮するどころか、青年は分かりやすく逆上する。
多分こいつもハウンドと同格、上級冒険者なんだろう。…ただ単に礼儀がなってないだけって可能性もあるけど。
(礼儀知らず筆頭の私が言えたことじゃないけどね)
一応、自覚はある。直す気は、ない。
《…ねえユウ、あいつ水没させていいかしら》
サラが目を細めながら不穏なことを言い出して、私は我に返った。さり気なく、周囲に小さな水滴がいくつも浮かんでいる。
「やめておきなって、サラ。あんな小物相手にすることないよ」
「手前ェ、聞こえてるぞ!!」
「おっと」
声が大きかったか。失敬失敬。
「…なあ、お前それわざとだろ」
ギルド長が顔を引き攣らせて突っ込んでくるので、肩を竦めて応じる。
「初対面の相手をチビ呼ばわりする失礼極まりない阿呆には気を遣わないって決めてるから」
言った途端、周囲から失笑が漏れた。青年が顔を真っ赤にして怒り出す。
「なんだと!?」
「だから、やめな。ドラゴンの尾を全力で踏み抜くんじゃないよ」
ハウンドが眉間にシワを寄せて静止すると、でもよ、と様子を見守っていた壮年の冒険者から声が上がった。
「多分みんな同じようなことは思ってるぜ。今回は昇格の発表も急すぎたしな」
(あれ、この人…)
その顔にどうも見覚えがある気がして、私はじっと壮年の剣士を見詰める。ちらりとこちらを見遣った彼は、だらりと下げた右手を一瞬だけこっそりサムズアップの形にした。
(あっ)
その仕草で思い出した。
小王国の魔物大量発生事件の時、ヘンドリックたちと一緒に応援に来てくれたロセフラーヴァ支部の上級冒険者の一人だ。腕の立つ剣士で、とても観察力が高く視野も広く、何より冷静と評判のベテラン冒険者。
あっちで姿を見ないと思ったら、まさかユライト王国中央支部に来ていたとは。
一見批判してるような口調だけど、多分こっちの援護をしてくれてるんだろう。
(助かる)
こっちも一瞬片手の親指をグッと立てると、壮年の剣士は僅かに口の端を上げた後、視線を逸らした。
さて、味方が居ると分かったところで──
「…事前に発表なんかあったの?」
心当たりがなくて訊いてみたら、ギルド長は曖昧に首を横に振った。
「オレたちにはもうちょっと前に連絡があったけどな。対外発表はギリギリになったんだろ」
《一応補足しとくけど、普通、特級冒険者への昇格は1ヶ月以上前に全ギルド支部に向けて発表があるからな》
「わお」
ルーンの説明で、私はようやく状況を理解する。
そりゃ発表を聞いた側は疑問に思って当然だ。今回は例外中の例外だったから、対応が後手後手に回ったんだろう。本部の職員、大変だっただろうなあ…。
ちょっと遠い目をしていると、ハウンドが腰に手を当てて周囲を睨み据えた。
「発表文を読んだだろ。最上位種相当の大型魔物の討伐に新種の発見、ロゼアズレア大洞窟の踏破。理由としちゃ十分だ」
途端、別の冒険者が茶々を入れる。
「眉唾じゃないのか?」
「アタシもこの目で見たんだよ。この子は普通じゃない。あのエルドレッドが手も足も出なかった。初撃で大剣を弾き飛ばされて、奥の手の魔法も粉砕されて終わりさ。あんたたちだったら出来るかい?」
エルドレッドの名前はこっちでも有名らしい。ハウンドの説明を聞いて、冒険者たちがどよめいた。
「エルドレッドって…あの大剣使いの?」
「いや物理的に無理だろ。身体の嵩の時点で倍以上違うじゃねぇか」
「待て。あいつの背負ってるウォーハンマー、あれが特殊なんじゃないか?」
「確かに、変な気配がするな…」
口々に呟く。
まあ確かに、私のウォーハンマーが変なのは認める。
ほぼ総ミスリルで芯材は謎金属。『変な気配がする』っていうのは、材料がほぼ魔力を帯びた特殊金属だからだろう。…一応、ミスリルだって分らないように表面が加工されてるんだけど…感知能力が高い人には何となくわかるらしい。
でも、ちょっと考えて欲しい。
『新種の発見』とか、ウォーハンマー関係無いよね?
「……お前、エルドレッドの魔法粉砕してたのか」
「ふふーん」
一方、ギルド長が引っ掛かったのはそこだったらしい。半眼でこちらを見下ろしてきた。
詳しく説明するのは面倒なので、鼻歌で誤魔化しておく。
…エルドレッドに勝てたのは、単に相性の問題だと思うけどね。火魔法とか風魔法ならともかく、地属性魔法対ウォーハンマーだもん。
あと、私の見た目で油断してたんだろ、あいつ。
これで収まるかと思いきや、若い冒険者は険のある顔のまま呟いた。
「そんなん信じられるかよ」
サラがすうっと目を細める。
《ねえ、やっぱり水責めしましょ、こいつ》
「………ダメ」
一瞬『やってしまえ』と言い掛けたせいで、返事が一拍、いや数秒遅れた。危ない危ない。
《…今、相当迷ったな》
「ルーン、余計なこと言わないの」
察しのいいケットシーにはバレバレだった。
折角自制したんだから、そこは褒めて欲しい。
「やるなよ、ここは他所の支部なんだからな」
ギルド長の制止もテレビ番組の『押すなよ、絶対押すなよ』的なニュアンスを含んでいるように聞こえてしまうあたり、ちょっとヤバい。
端的に言えば──こいつ、ムカつく。
(なんで初対面の人間に文句言われなきゃならないんだ)
私がサラに負けず劣らず冷たい目で不満そうな輩を眺めていると、ハウンドが深く溜息をついた。
「──なら、その目で確かめればいい」
『?』
視線でギルドの奥の方を示し、肩を竦める。
「訓練場で、測定でもしてみな。それではっきりするだろ」
良いかい?とハウンドが聞いてきたので、私は特に悩むこともなく頷いた。
「良いよ、それで絡まれなくなるなら」
「決まりだね」
ハウンドが犬歯を見せて笑い、視線を向けると、受付カウンターで様子をうかがっていたギルド職員たちが慌ただしく動き出した。何をするのか分かったらしい。
「…おい、大丈夫なのか?」
ギルド長が耳打ちしてきたので、肩を竦めて応じる。
「測定だって言ってたし、大丈夫だと思うよ。対人戦だったら色々と自信がないけど」
「…」
ギルド長が若干青い顔で沈黙した。『色々』の部分に不穏な空気を感じ取ったんだろう。
理解のある責任者で何よりだ。




