182 ユライト王国中央支部
その後、ティルとマグダレナがあーでもないこーでもないと魔法の構成について議論を交わし、概ね方向性が決まったところで一旦解散となった。
なお別れ際、ティルに『明日には出来るから取りに来い』のついでに『珍しい魔物と遭遇したら欠片でも良いから死体を寄越せ』と言われてとても困った。
だって素材ならともかく、魔物の死体なんて持ち歩きたくない。腐るし。
──ともあれ。
仕事に戻るというマグダレナと別れ、ギルド本部から『ユライト王国中央支部』に移動する。
と言っても、ドアを2枚くぐるだけだ。
冒険者ギルドの本部とユライト王国中央支部は隣り合っていて、2階と3階がそれぞれ渡り廊下で繋がっている。そこまでするならいっそ建物自体を一体化させれば良いのにと思ったけど、本部と支部が別々の建物になってるのにはちゃんと理由があるらしい。
「本部は全支部の統制を取る場所だからな。特定の支部と距離が近すぎると、色々と問題があるんだよ」
ギルド長が訳知り顔で解説する。
癒着とか贔屓とか、そういうのか。だったら渡り廊下があるのもマズイんじゃ…いや、これは単に利便性を追求した結果かな。
(矛盾してるとか言っちゃいけないんだろうな…)
人間社会は得てしてこういうモノである。
ちなみに今、ギルドの中はギルド長が案内してくれている。本部には何回か来たことがあって、その流れで中央支部のこともある程度知ってるらしい。しかし…
(…視線が痛い…)
ギルド職員っぽい人とすれ違うと、最初はギルド長に視線を向け──女性の場合は大抵頬を染め──次に私の顔を見て不審そうな顔になり、左手首の腕輪を見付けるとギョッと目を見開いて慌てて廊下の端に寄る。
ギルド長は全く気にしてないみたいだけど、正直居た堪れない。特級冒険者がこんな珍獣とか危険人物みたいな反応をされる立場だとは知らなんだ。
…そんなに逃げないでよ。敢えて知らない振りして通り過ぎてよ…。
階段を降りると、広いホールに出た。手前側にはテーブルが並んでいて、冒険者らしい何人かが食事をしている。ギルド付属の食堂だろう。
その向こうは多分受付ホールだ。突き当たりの壁に大きな掲示板があって、それを熱心に眺めている冒険者が居る。
ちょっと観察していると、そのうち一人が掲示板からメモのような物を剥がし、受付カウンターへ持って行った。
なるほど、依頼は本来、ああやって自分で選ぶものらしい。話には聞いてたけど、実際見ると何だか新鮮だ。
(小王国支部は、毎朝みんなで依頼確認してたもんなあ…)
何だか小王国支部が懐かしくなってしまう。
「せっかくだから、ちょっと見学して行くか」
「え、いいの?」
「見るだけならタダだからな」
私の視線の先に気付いたのか、ギルド長が提案してくれた。
左手首の腕輪を右手で隠しつつ、掲示板に近寄る。冒険者たちが胡乱な目でこちらを見てるけど、まあ気にするだけ無駄だ、無駄。
「…逃げた飼い犬探し、買い物の手伝い、側溝掃除…」
一番右端には、街の中での依頼が並んでいた。初心者の頃に私もよくやったなあ…としみじみ眺めていると、私の肩から身を乗り出したサラが眉間にシワを寄せる。
《家の中のランプ交換…って、これ冒険者の仕事なの?》
《よく見ろサラ、備考に『ネクラコウモリの討伐含む』って書いてあるだろ? 家に棲みついた魔物の駆除も兼ねてるやつだ》
《ああ、そういう…》
ルーンの解説は今日も的確だ。…いや、待て。
「ネクラコウモリって、一般家屋に棲みつくもんなの?」
若干間の抜けた名前だけど、ネクラコウモリはれっきとした魔物だ。確か、普通は洞窟や洞穴に棲んでいる。
「いや、下水道で遭遇するケースはあるが…」
私とギルド長が首を傾げていると、横からハスキーな声がした。
「王都じゃ最近、地下室にネクラコウモリが出たって例が増えてるのさ」
「えっ」
振り向くと、つい先日まで行動を共にしていた女性拳闘士が立っていた。
「ハウンド!」
「よう、先日ぶりだねユウにサラにルーン」
ハウンドが腕組みしてニヤリと笑う。私は笑顔でハウンドに駆け寄った。
「この間ぶり、ハウンド」
私に続いて、ルーンとサラも挨拶を交わす。
《よっ、元気そうだな》
《こっちで会えるとは思わなかったわ》
「ああ、おかげさまでね。アタシも、まさか自分の本拠地であんたらに会えるとは思ってなかったよ。──で、そっちの色男は?」
笑顔で応じたハウンドの視線の先には、ギルド長。…そういえば世間一般では美形扱いだったね。
「小王国支部のギルド長だよ。諸事情あって、一緒に来てもらった」
ここで特級冒険者なり地下道なりの話をするわけにはいかないので、濁して答える。ああなるほど、と片眉を上げてるところを見ると、ハウンドには色々とお見通しっぽいけど。
「アタシはユライト王国中央支部所属、上級冒険者のポーリーンだ。『猟犬』って二つ名の方が通りが良いから、よければそっちで呼んどくれ」
「ああ、分かった。──オレは小王国支部ギルド長のカルヴィンだ。ユウたちが世話になったそうだな。礼を言わせてくれ、ハウンド」
「なんの、貴重な体験をさせてもらったのはこっちの方さ」
笑顔で握手を交わす。
…って言うかハウンド、背が高いなと思ってたらギルド長と同じくらいだよ。すごいな。
(羨ましい…)
その身長、ちょっと分けて欲しい…などと思いつつハウンドの周囲に視線を巡らせて、私は首を傾げた。
「…ところで、ラグナは一緒じゃないの?」
見る限り、ハウンドの相棒であるはずのラグナの姿がない。トイレだろうかと思っていたら、ハウンドは若干荒んだ笑みを浮かべた。
「…あの馬鹿、ロセフラーヴァでも馬鹿やってたんでね。気絶させて『ルネ送り』にしてやったよ」
「る、ルネ送り?」
何だか響きが不穏だ。うわー、とルーンが耳を伏せて呟く。
《ルネ送りか。プラチナシャークか?》
「いーや、シーサーペントさ」
《うっわ、やばいな》
えーと、何のことだか。
私とサラが困惑して顔を見合わせていると、ギルド長がゴホンと咳払いする。
「あー、『ルネ』っつーのはロセフラーヴァの運河の先──南の方にある『港湾都市ルネ』のことだ。交易船が出入りする大きな港なんだが、近海に出没する魔物から船を守る戦力が常に不足してるんだよ。だから、訳アリの冒険者なんかを積極的に受け入れて、船に乗り込ませてんだ」
積極的に受け入れるというか、ハウンドの口振りからするに半分くらいは『本人の意志に関わらず』って注釈が付きそうだ。まあラグナは同情の余地なさそうだけど。
「魔剣買うのに借金したって聞いてたけど、ロセフラーヴァでもやったの?」
訊くと、ハウンドは眉間に深いシワを刻む。
「ああ。武器屋巡りをして一番高い魔剣を買いやがった。私の名前を出して、ツケ払いでね」
「うえっ!?」
自分で払うんじゃなくて、後でハウンドに払わせるつもりだったのか。
「…それ、さっさと見限った方が良いんじゃ…」
《私もそう思う》
「そうなんだがねえ…」
私とサラが半眼で呟くと、ハウンドは苦笑した。
「十年来の腐れ縁は、なかなか断ち切るのが難しいんだよ。──まっ、シーサーペントの討伐船に乗せたんだ。多少は性根も叩き直されるさ」
プラチナシャークだのシーサーペントだの言ってたのは、何をターゲットにしているかを示していたらしい。
シーサーペント…最大体長50メートルを超える海棲の大型魔物だったか。
討伐船は色んな意味で凄腕の船長が率いるので、性質の悪い冒険者もある程度矯正されるらしい。シーサーペントなんてヤバい魔物を相手にするならなおさらだ。とはいえ──
「……叩き直せると思う?」
ぼそり、ルーンとサラに訊いてみたら、
《まあ無理だろ》
《陸に戻って来たらすぐ元に戻るんじゃない?》
大変辛口の評価が返って来た。
…だよね。




