180 研究者は大抵イロモノ
魔法を込めた魔石というのはとても特殊だそうで、マグダレナも作れない──ということで、私たちはマグダレナに連れられて、ギルド本部の地下1階にやって来た。
ちなみに先程まで居たギルドマスターの執務室は地上3階だ。城から地下道を通って来たはずなのに出口が3階とか、凝ってるにも程がある。いいぞもっとやれ。
(…じゃなくて)
ギルド本部は元々国が保有していた建物を改装して使っているそうで、そういうギミックが色々な所にあるらしい。うっかり迷い込むと元の場所に戻れないようなやつも含めて。
「ティル・ナ・ノーグ、居ますか」
マグダレナが古めかしい木の扉をノックすると、はいよー、と軽い声が応じた。
「どしたどしたマグダレナ。新しいサンプルか? 新種の魔物か?」
ガチャリと扉が開くが──そこには誰も居ない。
「…?」
「違いますよ。錬金術師としての貴方に、依頼です」
マグダレナはごく普通に話している。…いや、よく見ると目線が下を向いている。
そっと下を見ると、扉の向こうに小さな人影があった。『小さな』というのは比喩ではなく、本当に私のふくらはぎの位置に頭がある。
「…妖精族か?」
ギルド長がぼそりと呟いた途端、その人影が勢いよく飛び上がった。
「『か?』ではなく、妖精族だ! こんな可愛らしいジャストサイズの種族が妖精族以外に居るわけないだろ!」
「お、おう、スマン」
「まったく、昨今のヒューマンは失礼で困る…」
鮮やかなピーコックグリーンのふわふわの髪に、ひまわりのような明るい黄色の瞳。背中にはトンボのような透明な羽が生えていて、忙しなく羽ばたいている。憤慨していても可愛らしく見えるのは、多分大きさのせいだろう。
「それで、依頼ですが」
マグダレナはさっさと本題に入る。
「ユウの腕輪に、隠蔽魔法の魔石を付けたいのです。腕輪を隠したいそうで」
「ええ、またそっちの依頼………って、ユウ?」
あからさまに顔を顰めた妖精が、ピタリと動きを止める。羽ばたきも止まったのに浮いてるんだけど、実は浮かぶのに羽は使ってないとか、そういうオチか。
「ユウ……」
「俺じゃないぞ」
期待を込めた目でギルド長を見て、即座に否定される。妖精は不思議そうな顔になり、マグダレナ、ルーン、サラと順に見遣って──最後に私を見た。
そして。
「………は? まさかこのちっこいのがユウなのか? 冗談だろ!?」
あん?
「ちょっとは自分の言動に気を付けようか、ちっこいの」
「ちっこい言うなー!」
単語をそのまま返したら、案の定妖精は大袈裟に怒り始めた。うるさかったのか、ルーンがぺたりと耳を伏せて抗議の視線を向けて来る。
《おいユウ、分かりやすい挑発するなよ》
「分かった次はもう少し分かりにくく挑発する」
「なお悪い!」
キイッ!と叫ぶ妖精が、
「ティル」
「!」
マグダレナが声を掛けた途端、ビタッとその場に硬直した。
「…はあ。ユウ、彼は魔物研究班班長のティル・ナ・ノーグ。妖精族はフルネームを呼ぶのが礼儀ですが、彼に関してはティルで構いません」
「んな!?」
「何か問題がありますか?」
「アリマセン」
「よろしい」
マグダレナが半眼で見遣ると、ティル・ナ・ノーグは再びビシッと直立不動の姿勢に戻る。躾が行き届いてるな。
「ティル・ナ・ノーグ、彼女がハンマーヘッドのサンプルを提供してくれたユウです。これからも希少な魔物のサンプルが欲しければ、くれぐれも失礼のないように。以前から言っていますが、相手の容姿や身体的特徴を揶揄するのは厳禁です。よろしいですね?」
「ハイ」
真顔で返事をしているが、納得してないのが見え見えだ。以前から言ってるってことは、何度言っても直らないってことだろう。…ならば。
「私は別に構いませんよマグダレナ様。暴言吐かれたら徐々に対応をぞんざいにしていくだけなんで」
「へ」
「『蚊トンボ』呼びになる前に直ればいいんですけどねぇ…」
「か、蚊トンボ…!?」
「そう呼ばれたくなきゃ自分で気を付けろって話。『魔物研究班班長』なんて御大層な肩書持った、いい大人なんだから」
「うっぐう…!」
ティル・ナ・ノーグがビビビと羽を震わせる。言い返したいけど言い返せないって感じか。
その様子を見て、マグダレナが顎に手を当てた。
「なるほど、それは良い方法ですね。日頃ティルに手を焼いている職員たちにも伝えておきましょうか」
「なー!?」
「冗談です」
冗談に聞こえなかったけど…まあ本人が言うんだから冗談なんだろう、きっと。
…何かこの数分で、ティル・ナ・ノーグの立ち位置が分かったような気がするなあ…。必要だけど面倒みたいな、そんな感じ。
(…ん?)
ふと視線を感じて顔を上げると、ギルド長がドン引きしていた。
「………お前、本部の役職持ちに容赦なさすぎだろ…」
「容赦すべき相手とそうじゃない相手が居ると思う」
《そうね》
《真理だな》
「お前らも遠慮なさすぎだ!」
真顔で返したらサラとルーンが追随し、ギルド長が頭を抱える。大変だね。
「…コホン。話を先に進めても?」
「あ、はい。すみません」
とりあえず、全員で部屋に入って扉を閉める。途端、奥の方から独特の匂いが漂って来た。これは──
「…干物臭…?」
海産物を干した時の匂いだ。それも、もう結構乾いてる時の匂い。ギルド長が鼻の頭にシワを寄せる。
「干物? この臭いのが?」
まあ海産物に馴染みがない人は『臭い』と感じるかも知れないけど。
「いつぞやのどこぞの小王国支部の激臭よりかーなーりー大人しいと思うよ」
「古傷を抉るな!」
などと言い合いながら、衝立の奥のソファに腰を下ろす。ティルのサイズだとソファが巨人仕様に見えるのがちょっと面白い。
「──では改めて。ティル、隠蔽魔法の入った魔石を作ってください。これはサブマスターからの正式な要請です」
マグダレナが表情を改めて言うと、ティルはやたら偉そうに腕組みした。
「やってやらんこともないが、面倒だぞ、それ」
「面倒なのは承知の上です」
「えっ」
私がきょとんとしていると、マグダレナが説明してくれる。
魔法を封じ込めた魔石というのは、錬金術師にしか作れない。しかも使い切りではなく外部から魔力を取り込んで繰り返し継続して使えるようにするとなると、普通の錬金術師には作成不可能。そんな物を作れる高位の錬金術師は、世界でも数人しか居ない。
「──そのうちの一人が、このティル・ナ・ノーグというわけです」
皆の視線を受けて、ティルがふんぞり返った。
「ふふん。崇め奉ってもいいぞ?」
(そう言われると絶対崇めたくないと思っちゃうのは何故だろう…)
自分の性根がひねくれているから──とは思いたくないが。
とりあえず、全く別のことを訊いてみる。
「そんな超絶技巧持ちの錬金術師が、なんで『魔物研究班の班長』なの?」
「決まってるだろ!」
ティルがソファから勢いよく飛び上がり、空中で叫んだ。
「魔物こそ、この世界で一番輝いている研究対象だからだ!!」
『……』
………うん。
とりあえず、何処の世界の研究者も大体どっかのネジが飛んでるってことは分かった。